
2026年07月28日
フィジカルAIは宇宙でどう使われるのか──NASAが語るロボティクスの最前線【SCRUM CONNECTレポート】
SCRUM CONNECTでは、宇宙・AI・ロボティクスの最前線に関するセッションが行われた。本セッションには、NASAでAIおよびロボティクス開発をリードしてきたIgnacio G. López-Francosが登壇し、宇宙探査におけるロボット技術の役割や「フィジカルAI」の動向について話された。本記事では、その内容を中心にレポートする。
目次
宇宙環境におけるロボティクスの役割
本セッションでは、NASAでAI・ロボティクス開発をリードしてきたIgnacio G. López-Francosが登壇し、宇宙探査におけるロボティクスおよびAIの役割について紹介された。
宇宙環境では、人間が活動するために多くのコストとリスクが伴う。宇宙飛行士の安全確保はもちろん、限られた人数でミッションを遂行しなければならないため、人間を支援するロボティクス技術の重要性は年々高まっているという。そのためNASAでは、ISS(国際宇宙ステーション)における作業補助を目的とした「Robonaut(宇宙飛行士の作業支援を行うロボット)」や、ヒューマノイドロボット「Valkyrie(R5)」の開発を進めてきた。こうしたロボットは、人間に代わって危険な作業や反復的な作業を担うことで、宇宙飛行士がより高度な科学実験や探索活動に集中できる環境を実現することを目指している。
また、米国国防総省の研究機関DARPA(国防高等研究計画局)が主催したロボット競技大会「DARPAロボティクスチャレンジ」を契機に、NASAや企業、大学が連携したロボティクス開発が加速し、その成果が新たなスタートアップの創出や技術の社会実装へとつながっている点についても紹介された。
さらに現在NASAが進める月面探査と将来的な拠点構築を目的としたプロジェクト「Artemis計画」についても言及された。Artemis計画は単なる有人月面探査ではなく、将来的に月面に持続可能な拠点を構築することを見据えた取り組みである。月面では科学研究だけでなく、インフラ整備や資源活用といった活動も想定されており、その多くをロボティクス技術が支えることになる。
このような将来構想の中で、ロボットは宇宙飛行士を補助する存在にとどまらず、ミッションそのものを担う存在として期待されている。特に月面や将来の火星探査では、通信遅延の問題から地球からのリアルタイム操作に限界があるため、ロボットが自ら状況を判断し行動する自律性が重要になると説明された。
セッションの様子
フィジカルAIの進展と可能性
「フィジカルAI」と呼ばれるロボティクスの新たな潮流についても紹介された。従来のロボットは、特定の環境や作業に最適化されたシステムが中心であり、工場の生産ラインのように、条件があらかじめ決められた環境では高い性能を発揮する一方で、想定外の状況への対応には限界があった。
一方で現在は、AIの進化によって、環境や対象が変化する状況でも柔軟に対応できるロボットの実現が期待されている。こうした流れを「フィジカルAI」と呼び、ロボットが実世界の環境を理解しながら行動するための技術として注目が集まっている。
セッションでは、ロボットが単に決められた作業を実行するだけでなく、周囲の状況を認識し、その場で判断を下す能力の重要性についても言及された。また、作業の中で発生した失敗について、その原因を理解し、次の行動を調整するような仕組みの研究も進められているという。
こうした技術は、宇宙探査に限らず、製造、物流、モビリティなどさまざまな産業での活用が期待されている。ただし、その実現にはまだ多くの課題が残されており、NASAでは現在、研究段階の技術を実際の環境で運用できるレベルまで引き上げることに取り組んでいる。
会場の様子
NASAが見る課題:研究と実装のギャップ
一方で、こうしたフィジカルAIの発展について、NASA側の認識として強調されていたのが「研究と実装のギャップ」である。 セッションでは、現在のロボティクスやAIに関する技術の多くが、制御された実験環境では成果を示している一方で、実際の現場での運用にはまだ至っていない状況が指摘された。特に宇宙のような環境では、システムに不具合が生じた際に人間が直接対応できないため、より高い信頼性と耐障害性が求められる。
こうした環境では、ロボットが自ら異常を検知し、原因を特定し、対応する「自己診断」的な能力が必要とされるが、その実用化はまだ初期段階にあるとされる。また、宇宙探査のようにデータが限られた環境では、学習済みモデルだけでは対応できないケースも多く、未知の状況への適応も大きな課題となっている。
この点については、「研究段階ではうまくいっている技術が、そのまま現場で使えるとは限らない」という認識が示されており、技術を実際に使える形に落とし込むことが今後の課題として挙げられた。
さらに将来については、過去10年のAIの進化を踏まえても、今後の展開を正確に予測することは難しいとの見方が示された。その上で、NASAが進める「Moon to Mars Architecture」のように、月を実証環境として活用し、段階的に技術を検証しながら火星探査へとつなげていく戦略が紹介された。
また、技術の実用化に向けては、実環境での検証やパートナーシップによる共同開発の重要性についても言及されており、産業界との連携によって実装を進めていく必要があるとされた。