
2026年07月21日
「脆弱性爆発」は本質ではない――ラックCTOが語るフロンティアAI時代のセキュリティ
- 株式会社ラック
倉持 浩明 - 取締役 上席執行役員 CTO 次世代サイバー技術開発本部長
KDDI ∞ Labo7月全体会では、株式会社ラック倉持浩明氏が登壇し、「『脆弱性爆発』は本質ではない~フロンティアAIがもたらす変化と、企業に求められる対策の再定義~」をテーマに講演を行った。
生成AIやフロンティアAIの進化により、サイバー攻撃の高度化や脆弱性の急増を懸念する声が高まっている。一方で倉持氏は、ラックが日々行う監視・インシデント対応・脅威分析の結果から、「本当に向き合うべき課題は脆弱性そのものではなく、運用や管理の不備にある」と指摘した。本記事では、その内容をレポートする。
目次
ラックのセキュリティ事業の特徴
講演の冒頭では、ラックのセキュリティ事業の特徴が紹介された。ラックでは、「JSOC」、「サイバー救急センター」、そして「JTAP(Japan Threat Analysis Platform)」の3つを中核にサービスを展開している。
ラックのセキュリティ事業の特徴
JSOCでは1日あたり約19億件のセキュリティログを監視している。ここで扱うのは各種セキュリティ機器から発せられるアラートであり、その中から本当に対応が必要な事象を抽出しているという。大量のアラートには誤検知や過検知も含まれるため、AIによる選別だけでなく、実際の攻撃成立可能性まで確認した上で顧客へ通知している点が特徴だ。
また、日本国内で観測される脅威に対しては独自シグネチャも開発している。海外ベンダーの対応を待つだけでなく、国内で実際に確認された攻撃を迅速に監視へ反映することで、日本企業向けの防御体制を強化している。
サイバー救急センターでは、ランサムウェア感染や内部不正などの事故発生時に対応を行う。講演では、マルウェアの挙動を解析し、どこまで情報が漏えいしたのか、システムやネットワークのどこまで侵害されたのかを調査する「コンピューターフォレンジック」の取り組みについても紹介された。
さらにラックは、独自の脅威インテリジェンス基盤であるJTAP(Japan Threat Analysis Platform)を運用している。公開情報、ダークウェブ、セキュリティベンダーのレポート、そしてJSOCやサイバー救急センターで得られた知見を集約し、業界や攻撃者ごとの傾向分析を行っている。
攻撃者が狙うのは「脆弱性」ではなく「認証情報」
JSOCやサイバー救急センター、JTAPの分析結果から共通して見えてきた事実がある。それは、攻撃者が必ずしも高度なゼロデイ脆弱性ばかりを狙っているわけではないという点である。ネットワーク監視では現在もクロスサイトスクリプティング(XSS)やSQLインジェクションといった古典的な攻撃を多く観測している。
一方で、実際に発生したインシデントを見ると、認証情報の悪用が非常に大きな割合を占めているという。VPN機器の脆弱性悪用も引き続き確認されているが、それ以上に多いのが正規のID・パスワードを不正取得して侵入するケースだ。フィッシングやテクニカルサポート詐欺など、ユーザーを騙して認証情報を窃取する手法は年々多様化している。初期侵入やアカウント取得に関する活動が多く確認されており、攻撃者にとっては難易度の高い脆弱性探索よりも、認証情報を入手する方が効率的だからである。
また、内部不正の問題も継続して発生している。USBデバイスやオンラインストレージサービスを利用した機密情報の持ち出しは依然として多く、技術的対策だけでなく組織的な対策も求められている。倉持氏はさらに、攻撃構造の変化にも言及した。これまでランサムウェア攻撃では、侵入後にネットワークを探索し、ラテラルムーブメント(攻撃者が侵入後に社内ネットワークを横断的に移動し、被害を拡大する行為)によって重要サーバーへ到達することが一般的だと考えられていた。
しかし現在は、正規アカウントを利用してERPやSaaSなどの重要システムへ直接アクセスするケースが増えているという。つまり、侵入された後に対応するための時間的猶予は急速に短くなっている。倉持氏はこれを「侵入即ゴール」の構造変化として説明した。
フロンティアAIがもたらす変化とは
講演後半では、フロンティアAIの進化とサイバーセキュリティへの影響について解説が行われた。倉持氏は、この数カ月はサイバーセキュリティ業界にとって大きな転換期だったと振り返る。
AnthropicによるClaudeシリーズやMythosをはじめとする高性能AIモデルの登場に加え、GoogleやOpenAIも同様の動きを見せており、高度なサイバー能力を持つAIの活用が急速に進んでいるという。
また、日本政府も重要インフラ事業者向けに緊急的な対応強化を進めており、AIが安全保障上の重要技術として位置付けられ始めている点にも言及した。米国で高性能AIへのアクセス規制が議論されたことは、AIが半導体や暗号技術と同じく戦略的重要性を持つ存在になりつつあることを示している。
講演の様子
しかし倉持氏が強調したのは、AIが新しい脅威を生み出したという話ではない。AIによって攻撃側も防御側も効率が向上する一方、これまで人的努力でカバーしていた運用上の課題が顕在化しやすくなっているという点である。
フロンティアAI時代に問われる“セキュリティの基本”
こうした環境変化を受け、金融庁はフロンティアAIによる脅威の変化を踏まえた対応を金融機関へ求めている。講演では、これらの対策をガバナンス、技術的負債、防御手段、事業継続性の観点から整理して紹介した。まず重要なのは、フロンティアAIへの対応をセキュリティ部門だけの課題にしないことである。経営課題として位置付け、優先的に守るべきシステムやサービスを定めた上で対策を進める必要がある。
また、多要素認証(MFA)、EDR、ゼロトラストなど基本的な防御策の強化も求められている。あわせて、停止を前提としないシステムであっても、障害発生を想定したBCPを整備しておく重要性が高まっているという。
さらに、ISACや業界団体との連携、官民協力による情報共有の必要性についても説明された。一企業のみで脅威に対抗するのではなく、エコシステム全体で対応することが重要だという。講演タイトルにもなっているテーマについて、倉持氏は明確な見解を示した。世の中では、「フロンティアAIによって脆弱性が爆発的に増加する」といった見方もある。
しかし同氏は、深刻な意味での脆弱性爆発は起きないのではないかと考えている。もちろん新たな脆弱性は発見され続ける。だが、実際の重大インシデントの多くは未知の脆弱性ではなく、設定ミスや認証管理不備など、基本的な運用課題によって発生している。クラウド設定の誤り、適切に管理されていないアカウント、技術的負債の放置など、本来対処できたはずの問題が被害拡大につながっているケースは少なくない。
そのため倉持氏は、フロンティアAIが生み出しているのは新たな問題ではなく、これまで見過ごされてきた課題の可視化であると説明した。
最後に、企業が今後取り組むべき方向性として、安全に開発する(Design)、状態を把握・維持する(Posture)、継続的に回す(DevOps)の三つが紹介された。
安全に開発する(Design)とは、設計段階から安全性を組み込む考え方である。問題発生後に対策を追加するのではなく、最初から安全な前提で構築することが重要となる。
状態を把握・維持する(Posture)は、クラウド設定や構成管理を継続的に監視し、安全な状態を維持し続ける取り組みである。また継続的に回す(DevOps)ことによって開発と運用を継続的に改善し、迅速な変更や修正を可能にする組織づくりも重要になるという。
企業が今後取り組むべき三つの方向性
講演の締めくくりとして倉持氏は、「フロンティアAIは問題を変えているわけではない。これまで見ないふりをしていた問題を隠せなくした」と語った。
倉持氏が繰り返し強調したのは、「脆弱性爆発」そのものではなく、安全な状態を維持できない組織運用こそが本質的な課題だという点である。
フロンティアAIの進化によって問われているのは、新たな脅威への対応力ではなく、これまで重要視されながらも十分には実践されてこなかったセキュア・バイ・デザインや運用管理を徹底できる組織力なのかもしれない。