
2026年10月27日
日本進出のリアルとは? 米国市場に挑む日本人起業家が語る、日本市場攻略の3つのポイント
2026年9月16日、KDDIとDigital Garageは、サンフランシスコ市内の「DG717」で、日本進出に関心を持つ現地スタートアップ向けイベント「Japan Sake and Startup in San Francisco」を共同開催した。日本酒を楽しみながら、日本市場への進出や顧客開拓のポイントを知ってもらうことを目的としたイベントだ。
日本では企業のAI導入が進み、投資余力を持つ大企業も多い。一方、言語や商習慣、意思決定プロセスの違いが参入障壁となり、海外企業による市場攻略は容易ではない。今回のイベントでは、まさにその「日本市場をどう攻略するか」をテーマにパネルディスカッションが行われた。
登壇したのは、AIを活用したサイバーセキュリティプラットフォームを提供するAironWorksの寺田彼日氏と、企業のAI活用や業務の仕組み化を支援するプロダクトを手がけるLRの路承融氏。いずれも日本発のスタートアップを率い、現在は米国市場での顧客開拓に挑んでいる。日本企業との協業を経験してきた彼らが、日本市場を攻略するためのポイントを“現場のリアル”とともに語った。
目次
いきなり大企業を狙わず、現地の声でプロダクトを磨く
スタートアップにとって最初の顧客獲得はどの市場でも困難だ。しかし日本市場では、その難しさがさらに増す。LRの路氏は、日本企業特有の意思決定プロセスをこう説明する。
「アメリカではディレクターや事業責任者が導入を決めれば、そのまま契約まで進むことがあります。しかし日本では担当者、マネージャー、部長、役員というように合意形成を積み重ねながら進める必要があります」
LR 路氏
優れたプロダクトでも、現場担当者の評価だけでは契約に進まない。社内の複数部門を巻き込み、理解を広げる必要がある。その結果、エンタープライズ向けソリューションでは契約まで3カ月から6カ月ほどかかるケースも珍しくないという。
AironWorksの寺田氏は、日本進出初期の戦略について、まず小規模な顧客との実績を積み重ねることが重要だと指摘した。
「まずは中小企業やスタートアップに使ってもらい、日本の顧客からフィードバックを集める必要があります」
AironWorks 寺田氏
日本と米国では、言語だけでなく、サポート体制や業務フロー、求められる機能も異なる。海外で成功したプロダクトが、そのまま日本で受け入れられるとは限らない。
だからこそ、現地企業の意見を聞きながら、プロダクトの調整やサポート、カスタマーサクセスの体制を整えるプロセスが欠かせない。そこで得た導入実績が、大企業に提案する際の信頼にもなる。
寺田氏は、日本企業の顧客基盤を持つスタートアップの買収や、現地パートナーとの小規模なPoC、デザインパートナーシップも有効な入り口になると語った。
イベントの様子
SNS、現地パートナー、海外イベントを生かした顧客開拓
議論は、プロダクト主導型(PLG)と営業主導型(Sales-led)の違いにも及んだ。
路氏は、日本市場ではSNSが非常に強い影響力を持つと話した。例に挙げられたのがNotionだ。日本ではX(旧Twitter)を通じて認知が広がり、利用者が増えていった。
「日本はXの利用者が非常に多い市場です。PLG型の企業には、プロモーションやマーケティングを始める大きなチャンスがあります」
LR 路氏
開発者向けツールやAIサービスなど、ユーザーが自ら使い始められるプロダクトでは、SNS上の口コミやコミュニティが市場浸透の起点になり得る。
一方、営業主導型のサービスでは、現地パートナーや日本人メンバーの存在が重要になる。路氏は、海外企業が日本企業との連携や買収を通じて現地チームを獲得した例を紹介した。議論が日本ならではの営業文化に及ぶと、会場からは共感の声が上がった。
「日本ではビジネスディナーや飲み会がとても重要です。お酒を飲むかどうかではなく、そこで関係性をつくることで、契約に向けた最初の関門を越えられます」
LR 路氏
商談以外の場は、相手の人柄や価値観に触れ、信頼を築く機会にもなる。寺田氏は、トヨタが拠点を置く愛知県、パナソニックなどの企業が集まる大阪周辺、企業集積のある九州を例に挙げ、将来的には地域ごとの拠点やネットワークも必要になると話した。
「これまでの経験で、もう一度やるなら何を変えるか」という問いに対し、寺田氏は意外な気づきを共有した。かつては日本企業へ営業するなら日本にいなければならないと考えていたが、実際には米国でも接点を作れるという。
「Salesforceが主催する世界最大級のビジネスイベントDreamforceや世界最大級のサイバーセキュリティイベントRSA Conferenceなどには、日本企業の意思決定者も多く来ています。ラスベガスやサンフランシスコでJapan Nightを開催すれば、多くの意思決定者に来てもらえる可能性があります」
AironWorks 寺田氏
国際カンファレンスに参加する日本企業との接点を活用すれば、日本に拠点を置く前から関係づくりを始められる。海外イベントに合わせて日本企業向けの場を設けることも、差別化につながる。
AironWorks 寺田氏
時間はかかるが定着しやすい、日本企業の意思決定
寺田氏が挙げたのが、日本企業特有の予算サイクルである。多くの日本企業は3月に年度末を迎え、10月から11月ごろに予算の検討を始め、12月から1月ごろに確定する。新たな予算を正式に確保できる機会は、基本的に年に一度だという。
「一度予算が確定すると、新しい製品を購入するための予算が十分に残っていないことがあります。日本企業は複数年契約を好むので、新しい製品を使いたいと思っていても、導入まで1年以上かかることがあります」
AironWorks 寺田氏
プロダクトへの関心が高くても、提案するタイミングが予算策定の時期と合わなければ、実際の導入は次年度以降になる。海外スタートアップは、商談の進捗だけでなく、顧客企業の予算編成の時期を把握する必要がある。
路氏は、その背景として日本企業のジョブローテーション制度を挙げた。日本企業では3年から4年ごとに担当部署が変わることがあり、営業からマーケティング、さらに別の部門へと異動するケースもある。
「担当者が数年ごとに変わるため、専門知識を社内に長く蓄積することが難しくなります。その結果、運用知識が外部のパートナー企業に蓄積されます」
LR 路氏
製品の使い方や社内の運用フローについて、導入支援を担う外部パートナーの方が詳しく把握していることもある。社内担当者が変わっても、外部に運用知識が残る構造だ。
その結果、「今の製品をやめる」「パートナーを変える」という判断が難しくなる。新しい担当者自身が既存の業務フローを十分に把握しておらず、変更によって何が起こるのか分からないからだ。
スタートアップにとっては、契約を獲得できれば顧客が離れにくいというメリットがある。一方で、既存製品からの乗り換えを促す企業にとっては、高いスイッチングコストが大きな壁になる。日本市場の継続性と参入の難しさは、表裏一体と言える。
モデレーターの清水氏は、日本企業の意思決定には競合他社の動きも影響すると補足した。
「日本企業の多くは競合を見ています。競合が何かを始めると、ほかの企業もそれに続きます。経営層は、競合がどのような意思決定をしているのかに強い関心を持っています」
KDDI 清水氏
日本市場では、先行する導入事例が他社の意思決定を後押しすることがある。最初の数社を獲得する難しさがある一方、そこで築いた実績は、その後の顧客開拓における重要な判断材料になり得る。
日米進出の鍵は、市場を切り開ける人財の採用
最後のテーマは、日本で最初に採用する人財だ。海外スタートアップが日本進出する際、外資系大企業でゼネラルマネージャーやVPを務めた経験者を採用するケースは多い。しかし、登壇者たちはその判断に注意を促した。
「大手外資系企業で10年間マネージャーを務め、その組織の中でビジネスをうまく進められたとしても、ゼロから事業を立ち上げる方法を理解しているとは限りません。日本で事業を始めることは、新しいスタートアップを立ち上げることと同じです」
LR 路氏
必要なのは、整った組織で事業を運営した経験だけではなく、顧客もブランドも十分にない状態から市場を切り開く力だ。路氏は、進出先の市場をよく理解し、スタートアップのマインドで物事を進められる人財こそ、最初に採用すべき人物像だと説明した。
「英語を話せるだけで、起業家としての経験や市場を切り開いた経験がない場合もあります。そうした人ではなく、よりアグレッシブで起業家精神を持つ人財を探すべきです」
AironWorks 寺田氏
肩書や語学力だけでなく、現場で動き、試行錯誤しながら事業をつくれるかを見極める必要があるという。人財の探し方としては、LinkedIn、人財紹介会社、そしてリファラルが挙げられた。中でも紹介は、日本でも重要な採用経路になるという。
また、現地責任者が流暢な英語を話せることを必須条件にする必要はないとの意見も出た。日本の顧客に向き合う役割では、日本語力と現地の商習慣への理解の方が重要になる場合がある。
「日本責任者が完璧な英語を話せなくても問題ありません。米国側に日本語を話せる人がいれば、その人が経営陣と日本チームの間を橋渡しできます」
AironWorks 寺田氏
AironWorksでは、寺田氏が海外チームと日本責任者の間をつないでいる。すべての能力を一人に求めず、チームで日米間のコミュニケーションを支える考え方だ。
路氏は、日本にエンジニアチームを持つ一方、米国では最初の営業担当者を探していると説明した。米国の文化や業務の進め方を理解する人財が必要だが、日本人が米国で営業リードを作ることは簡単ではなく、現地での採用を検討しているという。
寺田氏は、米国でもリファラルが有効で、投資家に営業人財の紹介を依頼していると話した。一方、競合企業からチームごと獲得する方法は、多額の予算が必要になる。
日本に進出する米国企業も、米国に進出する日本企業も、直面する課題は似ている。製品だけでなく、市場を理解し、顧客との関係を一から築ける人財が欠かせない。
LR 路氏
日米をつなぐ挑戦は続く
契約に時間がかかり、地域ごとに商習慣も異なる。現地での信頼づくりに加え、肩書や語学力だけでなく市場を切り開く力が求められる。一方で、一度導入されれば長期的な関係につながりやすく、最初の代表事例が次の顧客を呼ぶ市場でもある。日本市場の攻略には時間が必要だが、その時間をかける価値もある。
セッションの最後に清水氏は、会場に向けてこう呼びかけた。
「将来、日本進出を考える創業者の皆さんを、私たちは喜んで支援したいと思っています。そして会場の皆さんの中には、米国市場に進出する日本の創業者を支援できる方もいると思います。お互いに助け合える、良い関係を築いていきたいです」
KDDI 清水氏
米国から日本へ、日本から米国へ。今回のセッションは、海外進出の知見を共有し、双方の挑戦を支える関係づくりの場となった。