
2026年09月16日
「スタートアップの現場に飛び込んだから見えた」 ── キヤノンマーケティングジャパン根元氏が語る“越境学習”が事業共創にもたらす価値
- 株式会社ローンディール
東 香織 - 最高品質責任者 兼 side project 事業責任者
- キヤノンマーケティングジャパン株式会社
根元 理子 - R&B推進本部 イノベーション推進グループ
オープンイノベーションを推進する企業にとって、スタートアップとの接点づくりは重要なテーマの一つだ。しかし、ピッチイベントや商談、出資検討だけで、スタートアップを本当に理解できているだろうか。
MUGENLABOパートナー企業DAYで開催されたセッションでは、越境学習プログラム「side project」を展開するローンディールの東香織氏と、実際にスタートアップへ参画したキヤノンマーケティングジャパンの根元理子氏が登壇し、「越境学習を事業共創にどう生かすか」をテーマに、その可能性について語った。
セッションを通じて浮かび上がったのは、越境学習が単なる人材育成施策ではなく、スタートアップとの新たな関係構築や事業共創の入り口にもなり得るということだった。
目次
「越境学習」が持つ、もう一つの価値
ローンディールが提供する「side project」は、企業に所属する人材が週1日程度、約3カ月間スタートアップのプロジェクトへ参画するプログラムだ。参加者は普段の業務を続けながら、スタートアップの現場で事業開発や営業戦略、マーケティングなどのプロジェクトに関わる。
東氏は、この取り組みについて「人材育成の枠組みとして語られることが多いが、それだけではない」と語る。スタートアップの中に入り込むことで、その企業が抱えている課題や意思決定のスピード感、事業づくりの考え方を当事者として理解できるようになる。その経験は、人材育成だけでなく、将来的な事業共創やスタートアップ連携にも大きく生きてくるという。
近年、多くの企業がオープンイノベーションに取り組む一方で、スタートアップとの関係がイベントや商談の場に留まり、本質的な相互理解まで至らないケースも少なくない。ピッチや面談だけでは見えないスタートアップの意思決定や事業づくりの現場を知ることこそが、共創の土台になると東氏は話す。
出資先や協業先として外から見るのではなく、実際に中で働く。その経験こそがスタートアップへの解像度を飛躍的に高め、事業共創の可能性を広げていくのである。
株式会社ローンディール 東 香織氏
事業開発人材の育成という課題
キヤノンマーケティングジャパンでは2024年、未来の社会課題を起点とした新規事業の創出を担う専門組織「R&B推進本部」を発足した。社内外のステークホルダーとの共創を通じて、中長期的な視点で新たな価値を生み出すため、「R&B推進本部」には事業開発経験を持つ多様なメンバーが集まっている。
一方で、既存事業部門から異動してきた社員にとっては、事業開発の実践経験をどのように積むかが課題となっていた。根元氏もその一人だ。
2012年の入社以来、法人営業や人材育成領域を中心にキャリアを重ねてきた。顧客課題に向き合う経験や組織運営の経験は豊富だったものの、新規事業をゼロから立ち上げる現場を経験する機会は限られていた。事業開発経験者が多く在籍する組織の中で、自身も事業開発人材として成長していく必要性を感じていたという。
そうした背景から、同社では人材育成の新たな取り組みとしてside projectへの参加を試験的に実施。根元氏がその第一号としてスタートアップの現場へ飛び込むこととなった。
スタートアップで求められたのは「答え」ではなく「仮説」
根元氏が参画したのは、AIと行動科学を掛け合わせた技術を開発するスタートアップGodotだ。同社は人のモチベーションや行動変容に着目した独自技術を持ち、その技術を活用した新規プロダクトの事業化を進めていた。根元氏に与えられたミッションは、その技術を企業向けサービスとして展開するための販売戦略や市場仮説を構築することだった。
しかし、参画当初は戸惑いもあったという。
本業を担いながら20%の時間を確保することに加え、大企業とスタートアップでは仕事の進め方そのものが異なっていたからだ。
大企業では役割や業務範囲が比較的明確に定義されている。一方でスタートアップでは、「何をするべきか」という問い自体がまだ定まっていない場合も多い。
キヤノンマーケティングジャパンでは、キヤノン製品やITソリューションを通じてお客さまの課題解決を支援している。担当する商材や顧客領域の中で課題を深く理解し、最適な解決策を提供していくことが求められる。
一方、スタートアップでは、「誰のどの課題を解決するのか」という事業の前提から仮説検証を繰り返し、市場の反応に合わせてプロダクトや事業モデルを日々見直していく。そのスピード感と、仮説を柔軟に更新し続ける意識が大きく異なる。
根元氏は、自らのネットワークを活用しながら企業担当者や人事担当者へのヒアリングを重ね、その結果をスタートアップと共有。議論を繰り返しながら仮説をブラッシュアップしていった。
活動を通じて得られた知見や一次情報は、最終的にエンタープライズ向け展開戦略の提案書としてまとめられた。完成された答えを導くというよりも、市場に向けた可能性を共に探るプロセスそのものが、事業開発の醍醐味だったという。
「ヒアリングして、仮説を立てて、議論して、また仮説を更新する。その繰り返しでした」3カ月という限られた期間ではあったが、根元氏にとっては事業開発のリアルに触れる濃密な時間となった。
キヤノンマーケティングジャパン株式会社 根元 理子氏(写真右)
「当たり前」が価値になる
活動を通じて、根元氏にはもう一つ大きな発見があった。
それは、大企業の中で当たり前だと思っている知識や経験そのものが、スタートアップにとって価値になるということだ。
スタートアップからすると、大企業の意思決定プロセスや予算策定の仕組みは見えにくい。どのような流れで稟議が進むのか、どの部署が意思決定に関与するのか、予算はどのような考え方で確保されるのか。そうした情報は市場調査レポートや公開情報からは分からない。根元氏が企業ヒアリングを通じて得た情報を共有すると、スタートアップ側からは驚きの声が上がったという。
「こんな意思決定の流れになっているんですね」
「そのような予算の考え方をするんですね」
大企業で働く人材にとっては日常的な情報であっても、スタートアップにとっては顧客理解を深めるための貴重な一次情報だった。
どのようなタイミングで予算化されるのか。提案から導入までにどれくらいの社内調整が必要なのか。どの部署の理解を得る必要があるのか。そうしたリアルな情報は、営業戦略や事業戦略を考える上で極めて重要なヒントとなる。
根元氏は、自身の専門スキル以上に、大企業で培ってきた経験そのものが価値になっていることを実感したという。
また、この経験はスタートアップへの理解を深めるだけでなく、自社が持つアセットを改めて見つめ直す機会にもなった。顧客基盤や営業網、業界知見、長年培ってきた信頼関係といった大企業ならではの強みが、スタートアップにとっては大きな魅力となり得ることを改めて認識したのである。
事業共創は「紹介したら終わり」ではない
活動期間中、根元氏はプロジェクトだけでなく、自社との接点づくりにも取り組んだ。
スタートアップとの議論を重ねる中で、自部門内で取り組む他の事業テーマとの接点が見えてきたからだ。
そこで、参画先スタートアップを部門メンバーへ紹介し、説明会や情報交換の場を企画。新たな議論が生まれるきっかけをつくった。
こうした活動を始めたのは、参画開始からおよそ1カ月ほど経った頃だったという。
セッションの様子
一方で、事業共創は決して簡単なものではない。
スタートアップは大企業の営業網やブランド力、顧客基盤への期待を持つ。しかし、大企業側にも事業戦略や優先順位、タイミングなどさまざまな事情がある。
だからこそ重要なのが、双方の期待値を丁寧にすり合わせることだ。
何ができるのか。何が難しいのか。どのような条件なら実現できるのか。事業共創を進める上では、そうした対話を積み重ねながら関係性を築いていく必要がある。
実際、今回の活動でも短期間で具体的な協業に至ったわけではない。しかし、その後も継続的な情報交換や議論が続いており、新たな可能性を模索する関係性が生まれているという。事業共創は「紹介したら終わり」ではない。むしろ、そこから始まる対話の積み重ねこそが重要なのである。
越境学習を“個人の学び”で終わらせないために
セッションの終盤、根元氏は越境学習を事業共創に活用する上で重要なポイントとして「出口設計」を挙げた。
スタートアップへ行くこと自体を目的化しないこと。そして、そこで得た知見やネットワークをどのように組織へ還元するかを事前に考えておくことが重要だという。
個人の成長だけで終わらせるのではなく、スタートアップで得た学びを組織の資産へと変えていく。その視点があることで、越境学習の価値はさらに大きなものになる。
スタートアップのリアルを知る。事業開発の最前線を経験する。そして、新たな事業共創の種を見つける。
今回のセッションを通じて見えてきたのは、越境学習が人材育成施策の枠を超え、オープンイノベーションを加速させる有効な手段になり得るという可能性だ。
資料や面談だけでは見えない「現場」がある。
そして、その現場の中にこそ、次の事業共創につながるヒントが眠っているのかもしれない。

https://www.kddi.com/open-innovation-program/mugenlabo/sideproject/
業務の20%を活用して、大企業社員と人手不足に悩むスタートアップをマッチングし人手不足解消と事業共創を目指すプログラム