
2026年09月24日
KDDIが挑むスタートアップ支援の新たな形
2026年9月4日にナゴヤイノベーターズガレージで開催された「第32回中部CVC連絡会」にて、KDDIオープンイノベーション推進本部の清水氏が登壇した。中部CVC連絡会は、MTG Ventures代表取締役の藤田豪氏が中心となり、中部地方を中心にCVCや事業会社の新規事業担当者を集め、スタートアップ投資判断や支援のノウハウを定期的に共有するイベントだ。
2011年から15年以上にわたりスタートアップとの共創に取り組んできたKDDIは、近年その活動領域をさらに広げている。Googleとの協業によるAIスタートアップ支援、海外有力VCとの連携強化、日本企業の米国進出を後押しする新たなアクセラレータープログラムなど、その取り組みは従来のCVC活動の枠を超えつつある。
スタートアップとともに新しい価値を創る」という考え方は、多くの企業が掲げている。一方で、それを十年以上継続し、組織の文化として定着させることは容易ではない。なぜKDDIは長期にわたりオープンイノベーションを推進し続けることができたのか。そして、AI時代を迎えた今、その視線はどこへ向かっているのか。イベントで語られた内容から、その現在地と次なる挑戦をひも解く。
目次
「私たちもスタートアップだった」──KDDIに根付くオープンイノベーションの原点
講演の冒頭、清水氏はKDDIのオープンイノベーションに対する考え方について語った。その背景として紹介されたのが、KDDI創業の歴史だ。
現在のKDDIは国内約7,000万人の通信契約者を抱え、40万社を超える法人顧客を持つ日本有数の通信事業者である。しかし、その原点は1984年に設立された第二電電(DDI)にある。当時の日本では通信市場の自由化が始まったばかりだった。
京セラ創業者の稲盛和夫氏らは、「通信料金をもっと安くし、日本の社会を豊かにしたい」という思いのもと、新たな通信会社の立ち上げに挑戦した。つまり、現在のKDDI自身が40年前には既存市場へ挑戦するスタートアップだったのである。
清水氏は、「世の中を変える原動力は常にスタートアップにある」と語る。
大企業が新しい価値を生み出すのではなく、大胆な発想や技術を持つスタートアップが新しい市場を切り開き、その成長を大企業が支援することで社会全体が前進していく。その考え方は、KDDIのオープンイノベーション活動の根底に流れているという。
KDDI株式会社 オープンイノベーション推進本部 グループリーダー 清水 一仁氏
この思想は現在の事業戦略にも色濃く反映されている。SpaceXとの提携によるStarlinkの国内展開はその代表例だ。
衛星とスマートフォンを直接接続し、圏外をなくすという構想は、自社だけでは実現できない。世界最先端の宇宙企業とのパートナーシップがあったからこそ生まれた取り組みである。
また、ローソンとの資本業務提携も同様だ。通信事業の枠を超え、小売という生活接点を持つ企業と組むことで、新たな顧客価値の創出を目指している。
AI時代の到来によって産業構造が大きく変化しようとしている今、KDDIはあらためて「自前主義ではなく共創によって価値を生み出す」という姿勢を強めている。その源流には、自らがスタートアップとして始まった企業であるという記憶がある。
15年かけて築いてきたスタートアップエコシステム
KDDIのオープンイノベーション活動は2011年にスタートした。当時立ち上げられたのが、スタートアップ支援プログラム「KDDI ∞ Labo」だ。興味深いのは、CVC設立よりも先にスタートアップ支援プログラムが始まっている点である。
多くの企業がまず投資機能を整備するのに対し、KDDIは起業家との接点をつくり、共創の場を育てることから始めた。その翌年には「KDDI Open Innovation Fund」を立ち上げ、本格的な投資活動を開始している。
15年にわたる活動の結果、投資先は170社を超え、IPO実績は15社、M&A支援実績は40件以上にのぼる。
さらにスタートアップ向け調査では9年連続で高い評価を獲得しており、国内有数のオープンイノベーション推進企業として知られる存在となった。
こうした成果を支えているのは、「投資だけで終わらせない」という考え方だ。ファンド活動と事業共創を並行して推進し、単なる資本関係ではなく事業成長そのものに関与することで、スタートアップとの長期的な関係を築いてきた。
現在のKDDI ∞ Laboには100社を超える大企業が参画しており、日本最大級の事業共創コミュニティへと成長している。
海外VCとの連携を進化させる──KDDIが描くグローバルネットワーク戦略
近年、KDDIが注力している取り組みの一つが、海外VCとの連携強化である。
これまでも海外VCへのLP出資は行ってきたが、現在は単なる投資先としてではなく、明確な目的を共有するパートナーとして関係を構築しているという。
その背景には、15年以上にわたるオープンイノベーション活動を通じて得た学びがある。清水氏は、重要なのは出資そのものではなく、その先でどのような価値を創出できるかだと語る。
そこでKDDIは、従来のような分散的なLP出資から方針を転換し、アンカーLPとして深く関与する形へとシフトしている。
出資契約とあわせて締結するサイドレターには、日本のスタートアップの海外展開支援や現地企業との接点創出など、双方が果たすべき役割が盛り込まれている。
こうした取り組みは、単なる投資リターンの獲得を目的とするものではない。世界のテクノロジー動向や次世代の起業家に早い段階からアクセスするとともに、日本のスタートアップがグローバル市場へ挑戦するための基盤を築くことを目指している。
世界でどのような技術が生まれ、どのような起業家が次の市場を切り拓こうとしているのか。その最前線との接点を持つことが、将来の事業機会やスタートアップ支援につながるという考え方だ。
投資先との共創から見える事業化のリアル
KDDIのスタートアップ支援の特徴は、投資先との協業が実際の事業へと結びついている点にある。
象徴的な事例として紹介されたのがローソンとの取り組みだ。KDDIは高輪本社をはじめとしたローソン店舗を実証フィールドとして活用している。
例えばAIカメラ技術を活用したソリューションでは、来店客の属性や商品選択行動を分析し、一人ひとりに合わせた商品提案や広告表示を行う取り組みが進められている。また、ロボティクス領域では、冷蔵ケース内の商品補充をロボットが担う取り組みも進む。
こうした取り組みは投資先に限らず幅広いスタートアップにも開かれているという。重要なのは投資先かどうかではなく、社会課題や事業課題を解決する技術を持っているかどうかだ。
その意味でKDDIは、通信事業者という枠を超え、大規模な実証フィールドを提供する事業共創パートナーとしての役割を強めている。
次の勝負は「日本発スタートアップの海外展開」
今回の講演で特に注目を集めたのが、日本のスタートアップを海外市場へ送り出す新たな挑戦だった。
KDDIは2026年、「KDDI Beyond Borders Accelerator」を発表した。AI領域を中心とした日本のスタートアップをシリコンバレーへ送り出し、現地企業との商談創出を支援するプログラムである。
特徴的なのは、目的が資金調達ではなく顧客獲得に置かれていることだ。海外VCから資金調達を行うためには、まず海外市場で実績を作る必要がある。
しかし多くの日本企業は、最初の顧客獲得という壁に直面する。
清水氏は「アメリカの投資家から『アメリカに顧客はいるのか』と聞かれた際に、『いる』と答えられる状態を作りたい」と語る。
採択企業に対しては、KDDIが持つ北米ネットワークを活用しながら現地企業との商談機会を創出する。目指しているのは単なる海外進出支援ではなく、海外市場で最初の顧客を獲得することによって事業の再現性を検証し、その先にあるグローバル展開や資金調達への道筋をつくることだ。
日本市場に閉じた成長モデルではなく、世界市場を前提としたスタートアップ育成へ。そこにKDDIは新たな役割を見出している。
Googleとの協業が示す日本AIスタートアップの可能性
https://www.kddi.com/open-innovation-program/koif/aistartup/
もう一つ大きな話題となったのが、Googleとの戦略的な連携だ。
KDDIとGoogleは、AIスタートアップへの協調投資と成長支援を目的とした新たな取り組みを開始している。採択企業は、KDDIとGoogle双方から投資を受けられる可能性に加え、Google Cloudの利用支援やGemini関連技術へのアクセス、DeepMindの専門家によるサポートなどを受けることができる。
Google側にとっては、自社AI技術をより多くのスタートアップに活用してもらうことが重要な狙いの一つだ。一方でKDDIは、日本発AIスタートアップの成長とグローバル展開を加速させたいという思いを持つ。
目指す方向が完全に同じというわけではない。しかし、それぞれの強みを持ち寄ることで、新たなエコシステムが生まれようとしている。
AI競争が世界規模で激化するなか、日本発スタートアップが世界市場へ挑戦するための足場をどう作るか。その問いに対し、KDDIはGoogleとともに新たな選択肢を提示しようとしている。
「投資する」のではなく、「先に支援する」
講演終盤、清水氏が語った言葉は非常に印象的だった。
シリコンバレーのVCは意思決定が速いと思われがちだ。しかし実際には違うという。
彼らは投資ラウンドが始まるはるか前から起業家と接点を持ち、顧客紹介や事業支援を行っている。だからこそ、資金調達のタイミングが来た瞬間に投資判断ができる。
重要なのは投資判断のスピードではなく、その前段階でどれだけ起業家と関係を築いているかということだ。
15年にわたりスタートアップと向き合ってきたKDDIがたどり着いた答えも、まさにそこにあった。有望な起業家と早い段階から出会い、支援し、共に成長する。その結果として投資が生まれ、事業共創が生まれる。
AI時代を迎えた今、KDDIのオープンイノベーションは新たなフェーズへと向かっている。Googleとの連携や海外展開支援といった取り組みは、その変化の象徴に過ぎない。
次の15年でKDDIが生み出そうとしているのは、新しい事業ではなく、日本発イノベーションが世界へ羽ばたくための仕組みそのものなのかもしれない。
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