
2026年10月06日
デジタル資産を「当たり前」にするために。KDDIグループとコインチェックがJVで挑む次世代金融
- コインチェック株式会社
井坂 友之 - 代表取締役社長執行役員CEO
- au Coincheck Digital Assets株式会社
笠井 道彦 - 代表取締役社長
- KDDI株式会社
舘林 俊平 - オープンイノベーション推進本部 副本部長
暗号資産やブロックチェーンは、詳しい人が投資や取引に使うもの。そう捉えている人も、まだ少なくないだろう。一方で、その裏側にある技術は、金融や決済の仕組みそのものを支える存在へと広がり始めている。
KDDIグループとコインチェックが共同で立ち上げたジョイントベンチャー(以下JV)、au Coincheck Digital Assets株式会社が目指すのは、デジタル資産を限られた人のものではなく、日常の中で自然に使われる存在へと変えていくことだ。
なぜ両社は協業を決断し、なぜ業務提携ではなくJVという形を選んだのか。そして、実際の利用者との接点から見えてきたものとは何だったのか。三者の対談から、その舞台裏をたどる。
目次
Web3から次世代金融へ
KDDIがWeb3事業に本格的に取り組み始めたのは2023年。メタバース・Web3サービスプラットフォーム「αU(アルファユー)」を開始した。αUブランドのもとでウォレットやNFTマーケットなどを展開し、まずはエンターテインメントに近い領域から利用者との接点をつくってきた。
立ち上げ当初から、その先に金融との接続可能性があることは意識していた一方で、当時は国内のルール整備が途上にあり、大企業が暗号資産を含む金融領域へ踏み込む難しさもあった。そこで当初は金融領域へ深く入り込まず、まずWeb3に触れられる場をつくるところから始めた。
Web3の事業が広がる一方、市場では暗号資産の売買のみにとどまらず、ブロックチェーンの技術を活用して多種多様な金融サービスを提供する「オンチェーン金融」の普及が見え始めており、ウォレットを単なるNFTの保管手段にとどめず、資産の保有や交換、決済までつながる基盤へ進化させるべきという議論が深まっていった。
白羽の矢が立ったのは、海外駐在中のメンバー
金融領域への展開を見据えるなかで、KDDIでWeb3事業全体を統括していた舘林氏がその推進を託したのが、当時上海に赴任していた笠井氏だった。もともとスタートアップ投資業務に携わっていた笠井氏は、上海でもスタートアップのソーシングや投資業務を担当していた。帰任後も同様の業務に戻ることを想定していたという。
一方で、αUを推進するなかで見えてきた次世代金融への可能性を前に、舘林氏は新たな挑戦を託せる人財を探していた。金融への理解があり、新規事業を自ら形にできること。その条件を満たす人物として真っ先に思い浮かんだのが、笠井氏だった。
金融への理解と新規事業の推進経験を併せ持つ笠井氏なら、この挑戦を託せる。そう考えた舘林氏は、帰任を待つのではなく、自ら笠井氏に声をかけた。そして、笠井氏はその後、金融構想の具体化を担い、暗号資産交換業者との連携検討にも深く関わっていくことになる。
au Coincheck Digital Assets 代表取締役社長 笠井 道彦氏
金融とウォレットをつなぐため、コインチェックとの対話へ
金融領域への展開を検討するなかで、KDDIが課題として認識していたのが、暗号資産領域に関する知見だった。ウォレットを金融サービスへ広げるためには、暗号資産交換業の実務や制度対応、利用者との接点に関するノウハウが不可欠だったからだ。
舘林氏はこう振り返る。
「ウォレットを金融領域へ広げるには、暗号資産交換業者との連携が必要だと考えました。そこで、コインチェックに相談を持ちかけました」
舘林氏自身、暗号資産交換業者と組みたいという思いを持ちながらも、当時の両社の状況を考えると「本当に組めるのだろうか」という感覚もあったという。当時、両社の間に具体的な協業プランがあったわけではなく、まずは互いが描く将来像を持ち寄り、その可能性を語り合うところから対話が始まった。
KDDI オープンイノベーション推進本部 副本部長 舘林 俊平氏
コインチェックがKDDIに求めていたものとは
KDDIからコインチェックへの申し出は、コインチェックが以前から考えていたテーマとも重なった。コインチェックが掲げるミッションは、「新しい価値交換を、もっと身近に」。
暗号資産交換業を通じて一定規模まで事業を成長させてきた一方で、コインチェックの井坂氏は自分たちだけで新しい価値観を社会へ広げることの難しさがあると感じ始めていたという。制度整備が進み、デジタル資産やオンチェーン金融がより一般化していく中で、多くの生活者との接点を持つ企業や、経済圏を持つ企業とどう連携するかは重要なテーマになっていた。
ただし、相手は規模が大きければよいわけではない。金融事業への理解があること。Web3やオンチェーン領域について、表面的ではなく実務の会話ができること。そして、答えが見えない状況でも対話を続けられること。井坂氏は、そうしたことを重視していた。
井坂氏はこのように語る。
「新しいことに取り組むと、初めて直面する論点が多くなります。だからこそ、長く対話を続け、粘り強く向き合えるパートナーかどうかが重要でした」
井坂氏には、前職時代を含めてKDDIグループと接点を持った経験があった。
そのため、KDDIグループがスタートアップとの協業をどのように進めるのか、大企業の組織をどう動かしていくのかを具体的に思い描けたという。未知の領域で粘り強く話し合える相手だと、お互いにイメージできたことが大きかった。
コインチェック株式会社 代表取締役社長執行役員CEO 井坂 友之氏
なぜウォレットだったのか、そして何ができるのか
数あるオンチェーン金融関連のテーマの中で、なぜウォレットだったのか。舘林氏は、その理由を二つの視点から説明する。一つは、通信事業者として新しい世界への入口をつくる役割だ。新しい技術やそれを活用したサービスが広がり始める時、それに強い関心を持つ人は、自ら情報を集め、サービスを探し、使い始める。
しかし、興味があっても何から始めればよいのか分からない人も多くいる。KDDIグループのように幅広い顧客接点を持つ企業には、そうした人へその価値を分かりやすく伝え、最初の体験を届ける役割があると考えた。
もう一つは、KDDIの事業との関係である。ブロックチェーン技術の普及によって何が変わるのかを考えたとき、ID、ポイント、決済といった既存の顧客接点にも影響が及ぶ可能性が見えた。ウォレットはオンチェーンの時代に利用者が新しい価値やサービスへ入っていくゲートウェイとなり、単に資産を入れておく箱ではなく、利用者と多様なサービスをつなぐ接点になると考えた。
笠井氏も、ブロックチェーン上の資産やサービスを使う上で、ウォレットは基盤になると見る。各社のウォレットサービスでもUIや使い勝手は改善しているものの、ブロックチェーン特有の難しさは残る。先進的な利用者だけでなく、一般の生活者に使ってもらうには、分かりやすい入口をつくり、広く届ける存在が必要になる。さらにウォレットが普及すれば、その上で別の事業者がサービスを提供する可能性も広がる。
今回語られたサービス設計には、その考え方が具体的に表れている。今回新たにリリースされたミニアプリ版「αU wallet」では、au PAYアプリの中からウォレット機能を利用でき、ポイントを暗号資産/ステーブルコインに交換し(※1)、Coincheckの口座へ接続して購入することもできる(※2)。
加えて、ウォレットで保有する暗号資産をau PAYへチャージし(※3)、日常の決済に利用することも可能だ。暗号資産の保有と利用を別々に考えるのではなく、一つの体験としてつなぐことを目指したのである。
ミニアプリαU walletの起動方法
業務提携だけではなく、JVだから実現できたこと
両社は、送客を中心とする業務提携にとどまらず、JVを設立する形で協業する道を選んだ。コインチェックにとって重要だったのは、自社の取引サービスへ利用者を連れてくることだけではない。auの経済圏や既存サービスの中にデジタル資産の機能が自然に入り、利用者から見れば普段使っているサービスの一部として触れられる状態をつくることだった。
外部サービスへのリンクを置き、利用者に移動してもらう形でも連携はできる。しかし、新しいアプリを探し、使い方を覚え、別のサービスとして理解してもらう必要があれば、その時点で多くの人が離れてしまう。普段の生活動線を変えず、その中に新しい選択肢が置かれていることが重要だった。
JVの設立時から、auフィナンシャルホールディングスが株主として加わったことも大きい。コインチェックの交換機能をどう組み込むかだけでなく、au PAYをはじめとする決済や金融サービスをどう動かすかまで、初期段階から同じテーブルで議論できる体制になった。
笠井氏も、投資担当者として出資をする側から出資を受ける側の立場になったことで、株主は外部の支援者ではなく「身内」のチームだと実感できるようになったと話す。情報共有が早く、困ったときに相談できることは、答えのない事業を進めるうえで大きな力になる。
もちろん、JV設立までの道のりがすべて平坦だったわけではない。当時は「オンチェーン金融」という言葉も十分に定着しておらず、暗号資産は価格変動の大きい投機対象として見られやすかったため、KDDI社内でも、なぜこの領域へ取り組むのかを説明するには時間がかかったという。
過去の業務提携では、合意した後に実際の事業を動かす難しさもあった。その反省があったからこそ、今回は最初からワンチームで動ける形を選んだ。
利用者データから見えた気づき
事業を進める中で、三者の利用者像を大きく変えたサービスが「au PAY ポイント運用」で提供中の「ビットコイン連動コース」だ。サービス開始から約3カ月で登録者は数十万人に達した。笠井氏はこう話す。
「暗号資産に興味はあっても、持ったことがない人は多いのではないかと想定していましたが、想像以上に多くいることが、ポイント運用を通じて見えてきました。」
暗号資産には興味があるものの、自分のお金で購入するところまでは踏み出せない。現金では少し怖くても、日常で貯めたポイントなら試してみようと思える。しかも、いつも使っているアプリの中で、数タップの操作で始められる。効率や手数料を比較して最適な方法を選ぶ以前に、値動きを自分のこととして感じる最初の体験が必要だったのである。
提供側には、ポイント運用では利用者は通常の投資ほど市場の値動きなどに反応せず、入れたまま放置するのではないかという見方もあった。ところが興味深いことに、ビットコイン価格の動向に利用者は敏感に反応し追加や引出しを行っていた。
現物を保有していなくても、人は「持っている感覚」を持ち、値動きを意識する。この結果が示したのは、生活者を一足飛びに投資家へ変える必要はないということだ。まず興味を持つ。その次に体験する。そして必要に応じて利用を広げる。そのための入口としてウォレットが機能する可能性が見えてきたのである。
ミニアプリαU walletキービジュアル
技術の名前が消えたとき、社会実装が始まる
三者が見据えるのは、すべての利用者がブロックチェーンを理解し、専門用語を使いこなす世界ではない。むしろ、技術を意識せずに、その恩恵を受けられる状態だ。井坂氏はブロックチェーンやデジタル資産の裏側には複雑な技術や仕組みがある一方で、その複雑さは事業者が引き受けるべきものだと語る。利用者にとって大切なのは、技術の名前ではなく、それによって生まれる体験だからだ。
笠井氏も、変化は必ずしも派手に現れるものではないと話す。選べるサービスが増え、利用者が少し得をする。何が裏側で働いているかを知らなくても、「以前より便利になった」と感じられることが最終的な成果だという。
そして、その新しい価値を社会へ届ける役割を担うのがKDDIグループだ。新しく優れた技術やサービスを生み出すのは、スピード感を持つスタートアップや新興企業であることが多い。舘林氏は、大企業は顧客基盤や事業ネットワークを活かし、それらをより多くの人へ届ける「拡声器」としての役割があると語る。
「新しい価値交換を、もっと身近に」。
コインチェックが掲げてきたこの言葉は、KDDIグループとの取り組みによって新たなステージへ進もうとしている。ウォレットを入り口に、これまで一部の人だけのものだったデジタル資産を、もっと多くの人の日常へ届ける。その挑戦はまだ始まったばかりだ。
しかし数年後、私たちはデジタル資産という言葉を意識することなく、その価値を当たり前のように使っているのかもしれない。両社が目指しているのは、そんな未来への第一歩なのである。
注釈
- (※1)暗号資産WBTCおよびETH、ステーブルコインJPYCへの交換が可能です。Hashport社のウォレット基盤・機能を用いて提供するものです。
- (※2)コインチェックが提供する「Coincheck Onramp」の機能を使い、暗号資産WBTCおよびETHの購入が可能です。購入にはCoincheckの口座開設が必要です。
- (※3)Hashport社のウォレット基盤・機能を用いて提供するものです。残高はau PAY マネーライト(資金決済法上の第三者型前払式支払手段)となります。