1. TOP
  2. Interview
  3. なぜ日テレはアイカサに出資したのか。メディアの力で挑む“行動変容”のインパクト

なぜ日テレはアイカサに出資したのか。メディアの力で挑む“行動変容”のインパクト

日本テレビホールディングス株式会社
上田 識喜
経営戦略局次長(兼)サステナビリティ事務局長
日本テレビホールディングス株式会社
内藤 庸介
経営戦略局サステナビリティ事務局 部次長
日本テレビホールディングス株式会社
福井 崇博
経営戦略局経営企画部 (兼)R&Dラボ(兼)サステナビリティ事務局 主任 
株式会社Nature Innovation Group
丸川 照司
代表取締役

日本テレビホールディングス(以下、日テレ)が、傘のシェアリングサービス「アイカサ」を展開する株式会社Nature Innovation Group(以下、アイカサ)へ2025年10月に出資した。


テレビ局によるスタートアップ投資は、いまや珍しいものではない。


しかし今回の取り組みは、その組み合わせの意外性から、多くの人に一つの問いを抱かせる。「なぜテレビ局が、傘のシェアリングサービスを展開するスタートアップに出資するのか。」


放送やコンテンツを主力事業とする日テレと、使い捨て傘の削減に挑むアイカサ。一見すると、両社の事業領域は大きく異なるように見える。しかし取材を進めると、その接点は想像以上に明確だった。


キーワードは「行動変容」だ。アイカサが挑むのは、単に傘を貸し借りする仕組みの普及ではない。「急な雨なら傘を買う」「使わなくなれば置き忘れる」「また必要になれば買う」。そうした日常に溶け込んだ使い捨ての行動を変えようとしている。


一方の日テレは、インパクト投資の重点テーマの一つに「環境」を掲げている。ただし、同社が探していたのは環境技術そのものではなかった。生活者の意識や行動を変え、その結果として社会課題の解決につながるサービスだった。


今回の出資は、単なる資本提携ではない。メディアの力と、アイカサという生活者接点のあるサービスが掛け合わさることで、人々の当たり前をどう変えていけるのか。その可能性を探る共創の始まりなのである。


日テレが重視するのは

日テレは中期経営計画2025-2027において、1,000億円の成長投資枠を設定している。その投資領域の中の一つが、社会的・環境的インパクトの創出と経済性を両立するインパクト投資だ。現在、同社はインパクト投資の重点領域として、クリエイター支援、DE&I(Diversity Equity & Inclusion)、環境の三つを掲げている。アイカサは、そのうち環境領域における投資案件として位置づけられる。

ただし、ここで注目したいのは、日テレが環境投資として何を重視していたかである。

「環境テーマで重視しているのが、生活者の意識・知識・行動変容を通じたCO₂削減です。アイカサは、その方向性と非常に親和性が高いサービスでした」

こう日テレの福井氏は言う。

日本テレビホールディングス株式会社 福井崇博氏

環境領域のスタートアップと聞くと、再生可能エネルギー、省エネ技術、新素材、カーボンクレジットなどの領域を思い浮かべる人も多いだろう。しかし日テレが着目したのは、生活者の日常行動そのものを変える可能性だった。

環境問題は企業努力だけでは解決しない。生活者一人ひとりの選択が変わらなければ、社会全体の変化にはつながりにくい。だからこそ日テレは、日常生活の中に入り込み、人々の行動を自然に変えられるサービスを探していた。

その視点から見ると、アイカサは極めて象徴的な存在だ。傘は誰にとっても身近である。身近であるがゆえに、その消費行動が環境負荷につながっていることは見過ごされやすい。

「使い捨て傘を使うことに違和感を持つ人が増えること。その行動変容そのものが、社会課題解決につながると考えています」

日テレの福井氏はそう説明する。日テレがアイカサに見出したのは、傘というプロダクトの面白さだけではない。傘を入口に、人々の当たり前を変えていける可能性だった。

年間約3,000万本。見過ごされてきた“傘”という社会課題

取材の中で示された数字は印象的だった。アイカサが今年の8月に、国立環境研究所 田崎智宏氏監修のもと実施した調査によると、日本では年間約3,000万本の使い捨て傘が消費されていると推計されている。

こうした大量消費は、廃棄物の増加だけでなく環境負荷の観点からも無視できない。

※参考【使い捨て傘の実態調査2026】ビニール傘の年間消費本数は推計「約3,000万本」。直近1年で傘購入者の約3人に1人が「突然の雨」でビニール傘を購入。

「使い捨て傘によるCO₂排出量は、企業一社の排出量と比べても決して小さくありません。だからこそ、この課題を社会に伝えていく意味があると感じています」

こう日テレの内藤氏は語る。

日本テレビホールディングス株式会社 内藤庸介氏

環境問題というと、どうしても発電所や工場、自動車といった大きな構造に目が向きがちだ。しかし実際には、私たちの日常にある小さな選択の積み重ねもまた、環境負荷を形づくっている。

急な雨の日に使い捨て傘を買うことは、多くの人にとって悪意のない行動だ。むしろ合理的な選択に見える。だが、その行動が何度も繰り返され、社会全体に広がることで、大量の廃棄物が生まれている。

アイカサは、そこに別の選択肢を提示する。買うのではなく、借りる。持ち続けるのではなく、返す。必要なときだけ使い、必要がなくなったら次の人へつなぐ。これは単なる利便性の提供ではない。

大量生産・大量消費・大量廃棄を前提とした暮らし方に対する、小さくも本質的な問いかけである。

傘という身近な存在だからこそ、行動が変われば社会に与えるインパクトも大きい。日テレがアイカサを環境領域の投資先として選んだ背景には、そうした認識があった。

「お金にも色がある」アイカサが求めたパートナー

一方、アイカサにとっても今回の資本業務提携は、単なる資金調達ではなかった。スタートアップにとって資金調達は成長のために欠かせない。だが、誰から資金を受け入れるかによって、会社の進む方向は大きく変わる。

取材の中で、アイカサの丸川氏はこう語った。

「私たちは、投資家から資金を調達して事業を拡大していく上で、お金にも色があると考えています。企業価値の向上につながる資本業務提携になることが一番重要です」

同じ資金であっても、その背景にある価値観は投資家によって異なる。短期的な成長やリターンを重視する投資家もいれば、社会的インパクトや長期的な価値創出を重視する投資家もいる。アイカサが求めていたのは、後者だった。

「私たちのミッションに反する方向へ行かないためにも、インパクトを追求することを評価してくれる株主を増やしていきたいと考えていました」

アイカサの丸川氏はそう振り返る。

株式会社Nature Innovation Group 丸川照司氏

この言葉から伝わってくるのは、資金調達を単なる財務戦略として捉えていないという姿勢だ。アイカサにとって重要なのは、サービスを拡大することだけではない。使い捨て文化からの脱却という社会的なミッションを、どのような株主と実現していくのかという点なのだ。

最大の課題は「サービス」ではなく「当たり前」

アイカサのサービスは、実際に使ってみると非常にシンプルだ。必要なときに傘を借り、使い終わったら返す。駅や商業施設などに設置されたスポットを利用すれば、急な雨にも対応できる。

しかし、便利なサービスであっても、それだけで自然に普及するわけではない。最大の壁は、人々の認識にある。

「今、人通りが多い場所にアイカサが設置されていても、多くの人は気づいていないのではないかと思っています」

こう日テレの上田氏は言う。取材中、上田氏は興味深い例えを出した。

「虫の声を『風流な音』として意識する文化もあれば、ただの『環境音』として聞き流してしまう文化もありますよね。実際には聞こえているけれど、意識していないから認識できない。アイカサもそれに近い状態なのではないかと思っています」

日本テレビホールディングス株式会社 上田識喜氏

アイカサはそこにある。だが、人々の選択肢に入っていない。なぜなら、多くの人にとって傘は「買うもの」だからだ。雨が降れば500円から800円程度で使い捨て傘を買う。その行動はあまりにも日常化しているため、別の選択肢を考える余地がない。

しかし、アイカサを知れば、状況は変わる可能性がある。

「合理的に考えれば、使い捨て傘を都度買うより便利な場面は多いはずです。濡れた傘を持って電車に乗る必要もない。乗る駅や出た駅で返せる。知れば時代が変わったと感じてもらえると思います」

日テレの上田氏はそう語る。

サービスの普及において重要なのは、機能を理解してもらうことだけではない。そもそも“借りる”という選択肢があることを、生活者の意識の中に入れていくことだ。

アイカサが直面している課題は、サービス改善ではなく、社会の固定観念をどう変えるかなのである。

メディアだからこそできることがある

では、その固定観念を変えるために、日テレは何ができるのか。答えは、メディアとしての「伝える力」にある。日テレでは、サステナビリティをテーマにした番組や企画を行うことが多く、資本提携の検討が始まる前から、情報番組やサステナビリティ関連の企画を通じてアイカサを紹介してきた。

取材では、出資後に日本テレビタワーへアイカサのスポットを複数設置したことで、番組制作の現場社員がその利便性と環境価値を直接体感するきっかけが生まれたことがわかった。

これがサステナビリティをテーマにした番組企画での紹介や、番組キャンペーン『Good For the Planet 』とのコラボ傘の展開へと繋がっていった事例にも触れられた。

「使い捨て傘という日常の無意識の行動が環境にどう影響しているのか。そして『借りる』という新しい選択肢がどのような環境貢献につながるのか。そうした社会課題への気付きにつながる情報を伝えていく役割はあると思っています」

日テレの内藤氏はそう話す。

メディアができることは、単なる認知拡大に留まらない。社会の中に新しい選択肢を提示し、その意味を伝え、生活者の行動を変えるきっかけをつくることだ。

日テレは、自社をテレビ局という枠組みに留まらず、コンテンツ企業として捉えている。人々が日々接触する情報やストーリーを通じて、価値観や行動に影響を与えていく存在だ。

アイカサの社会実装に必要なのは、設置数の拡大だけではない。“使ってみよう”と思うきっかけを社会全体に広げること。その点で、日テレが持つ「伝える力」は大きな意味を持つ。

気候変動時代の都市インフラとしてのアイカサ

アイカサの可能性は、雨の日の傘に留まらない。近年、猛暑や局地的な豪雨など、都市生活における気候変動の影響は身近なものになっている。傘は雨を避ける道具であると同時に、暑さから身を守る日傘としての役割も持つ。

アイカサの丸川氏は、気候変動とアイカサの関係についてこう語った。

「気候変動が進む中でも、暑い日や雨の日に快適に移動し、暮らせるインフラをつくる必要があります。そのためにも、アイカサを普及させていきたいと考えています」

株式会社Nature Innovation Group 丸川照司氏

この言葉から見えてくるのは、アイカサを単なるレンタルサービスではなく、都市生活を支えるインフラとして捉える視点だ。気候変動は、もはや遠い未来の問題ではない。猛暑の日に外出をためらう。突然の豪雨で移動が制限される。そうした経験は、多くの人にとって身近なものになっている。

そのとき、街の中に必要な場所で傘を借りられる環境が整っていれば、移動の自由度は高まる。傘を所有しなくても、必要なときに使える。これはシェアリングエコノミーの利便性であると同時に、気候変動時代の都市インフラの一部にもなり得る。

アイカサが目指す全国展開は、単なるサービスエリアの拡大ではない。生活者が気候変動に適応しながら快適に暮らすための基盤づくりでもある。

投資で終わらない。共創パートナーとしての挑戦

今回の出資が興味深いのは、投資後の動きにもある。日テレは資金を提供して終わりではなく、アイカサの事業成長に向けた企業接続や共創機会の創出にも関わっている。

取材では、傘の素材やスタンドに再生素材を活用する可能性、サーキュラーエコノミーに取り組む企業との連携、企業向け福利厚生サービスとしての展開など、さまざまな構想が語られた。

「自社だけで何かをやるというよりも、困っている企業や環境課題に取り組む企業を、アイカサというツールを通じてつなげていけると良いと思っています」

日テレの内藤氏はそう語る。

例えば、社員が日常的に使い捨て傘をオフィスに廃棄していることを課題に感じる企業がある。あるいは、サーキュラーエコノミーを推進する中で、再生素材の活用先を探している企業もある。そうした企業に対して、アイカサは実装のフィールドになり得る。

日テレはその間に立ち、社会課題を解決したい企業同士をつなぐ「ハブ」としての役割を担おうとしている。日テレはメディアであり、投資家であり、幅広い企業ネットワークを持つ共創パートナーでもある。

アイカサはサービスと現場を持つスタートアップである。両者が組むことで、単独では届かなかった企業や生活者にアプローチできる可能性が生まれる。

資金提供だけでは、社会実装は進まない。必要なのは、事業を広げるための仲間を増やし、接点をつくり、実際の利用シーンを増やしていくことだ。今回の取り組みは、大企業とスタートアップの協業がどのように社会実装へつながっていくのかを考える上でも示唆に富んでいる。

メディアとスタートアップが変える“当たり前”

今回の出資は、一見すると意外な組み合わせに見える。テレビ局と傘のシェアリングサービス。だが、取材を終える頃には、その組み合わせはむしろ自然なものに感じられた。

日テレが持つのは、人々に情報を届け、価値観や行動に影響を与える力であり、アイカサが持つのは、人々の日常行動を変える具体的なサービスだ。両社が組むことで、単なる認知拡大ではなく、生活者の当たり前を変える可能性が生まれる。

傘という身近なテーマの先にあるのは、使い捨てを前提としない社会、そして行動変容を通じた持続可能な未来だ。

今回の出資は、その長い挑戦の始まりに過ぎない。

関連記事

Interviewの記事

すべての記事を見る記事一覧を見る

Contactお問い合わせ

MUGENLABO Magazineの
感想やお問い合わせはこちら。