
2026年06月15日
「“つながらない”をなくす」から始まる変革 ──Rechoが描く音声AIの進化と、ワークフローそのものを再定義する挑戦
- 株式会社Recho
白 寧杰 - 共同創業者 CEO
- アルティウスリンク株式会社
田村 敏紀 - 企画開発第1本部長
- KDDI株式会社
北条 裕樹 - AIインテグレーション事業推進部長
KDDI Open Innovation Fundから出資を受けた音声AIスタートアップ・Recho。2026年5月28日には、同社とKDDI、アルティウスリンクによるラウンドテーブルが開催された。本稿ではその場での議論に加え、独自取材を通じて見えてきたRechoの技術的強みと事業戦略に迫る。
目次
顧客体験の原点にある、“つながらなさ”という構造
企業と顧客をつなぐ最前線であるコールセンターは、本来であれば最も重要な接点の一つである。しかし現実には、その体験は長年にわたり歪みを抱え続けてきた領域でもある。「電話がつながらない」という経験は、多くの人にとってもはや特別な出来事ではなく、日常の延長線にある不満として受け入れられている。
Rechoの創業者である白氏が問題意識を持ったきっかけも、この構造的な矛盾にある。あるコールセンターに連絡した際、何度もかけ直しを繰り返しながら、結果的に6時間待たされるという体験をした。この出来事は単なる不便さではなく、「仕組みそのものが限界を迎えている」という確信へと変わった。
株式会社Recho 白氏
この問題の本質は、個社のオペレーションではなく業界全体の構造にある。コンタクトセンターは労働集約型であり、需要が増えてもオペレーターを増やさなければ対応できない。一方で人材確保は年々難しくなっており、結果として待ち時間の長期化や対応品質のばらつきが常態化している。
つまり、「つながらない」という問題は偶然ではなく、構造的に発生する必然である。Rechoが取り組んでいるのは、この構造そのものを変えることであり、単なる効率化やコスト削減とは次元の異なる挑戦である。
「AI導入」では越えられない壁
音声AIの技術はここ数年で大きく進化し、多くの企業が導入に踏み切っている。しかし現場では、「導入したが使いこなせない」という声が一定数存在する。このギャップの背景には、コールセンター業務の本質的な複雑さがある。
オペレーターの仕事は、単にマニュアルを読み上げることではない。相手の言い回しから意図を汲み取り、話し終わりのタイミングを見極め、時には感情に寄り添う。その多くは暗黙知であり、形式知として定義しづらい。さらに、現場は常に変化し続ける。日々新しい問い合わせが生まれ、マニュアルも更新されるため、静的なモデルではすぐに現実とのズレが生じる。
この状況の中で重要になるのは、「導入したAIがどれだけ優秀か」ではなく、「どれだけ現場とともに進化し続けられるか」という観点である。実際、体験会でも繰り返し強調されていたのは、AIは導入して終わりではなく、運用とセットで初めて価値を生むという点だった。
現場の知見を取り込み、継続的に改善し続けるための設計がなければ、どれだけ高性能なAIでも長期的には機能しない。Rechoのアプローチは、この前提に徹底して向き合っている点に特徴がある。
こうした課題に対してRechoが徹底しているのは、「常に最高品質を出し続ける」という思想である。人間のオペレーターには、新人と熟練者の間で品質のばらつきが存在する。これは避けられない現実だが、顧客体験の観点では大きな課題でもある。
一方で同社は、このばらつきを前提とせず常に最高品質の応答を目指す。単に平均値を上げるのではなく、すべての応答で高水準を維持するという考え方だ。この思想は、プロダクト設計にも一貫して反映されている。
実際の導入実績としても、その成果は明確に表れている。銀行領域での取り組みでは、正答率99%以上、そして問い合わせのほぼすべてをAIで完結させるという水準に到達している。この結果は、音声AIが実運用に耐えうる段階に入っていることを示す象徴的な事例といえる。
同社の強みは、単なる精度の高さではない。会話としての自然さ、応答の正確性と制御性、そして継続的に改善し続けられる構造。この三つを同時に成立させている点にある。品質と効率の両立を高いレベルで実現していることが、競争優位性の核となっているのだ。
現場から導かれたアーキテクチャ
Rechoの技術的特徴は、自前モデルや独自の音声OSに象徴されるが、その背景には一貫した思想がある。それは、技術を起点にするのではなく、現場課題から逆算して設計するという姿勢である。
同社は創業当初から自前開発を志向していたわけではない。既存のAPIを活用するところからスタートし、実際の運用を通じて課題に直面した結果として、必要な部分を自ら開発するという選択に至っている。特に重要だったのが、会話は単なる入出力ではなく“制御されるべきプロセス”であるという認識だ。ユーザーが話し終える前に応答しないこと、騒音環境下でも正しく聞き分けること、自然な間で会話を成立させること。こうした要素を実現するためには、個別機能の改善ではなく、会話全体の設計が必要になる。
この結果として生まれたのが、音声認識・応答生成・発話制御を統合したアーキテクチャであり、従来の逐次処理とは異なる「話しながら考える」アプローチを採用している。これは応答速度と精度の両立に寄与するだけでなく、会話そのものの自然さを支える基盤となっている。
協業が変える“顧客接点”のかたち——KDDI連携がもたらす実装力
今回の資金調達において特徴的なのは、すべて事業会社からの出資で構成されている点にある。その中でもKDDIとの連携は、単なる資本関係を超え、音声AIの社会実装を前進させる重要な意味を持っている。RechoがKDDIを選定した理由は、単一のシナジーではなく、多層的に重なる連携余地の大きさにある。通信キャリアとしてのインフラ基盤を持つことは、本質的に音声AIとの親和性が高い。さらに、すでに広く展開されている顧客ネットワークへのアクセスや、通信サービス、金融事業といったグループ内の事業基盤との連携も、大きな価値を持つ。
加えて見逃せないのが、AIの進化に不可欠な計算リソースの存在である。音声AIは、学習・推論の双方において安定した計算基盤を必要とする領域であり、この点においてもKDDIの持つインフラは大きな意味を持つ。こうした複数の要素が組み合わさることで、単体のプロダクトでは到達できない規模での展開が現実的なものとなる。
実際の取り組みにおいても、単なる協業パートナーにとどまらない。白氏は、「同じチームとして取り組んでいる感覚がある」と語る。これは技術の提供にとどまらず、現場運用や改善プロセスを含めた、一体的な価値創出が行われていることを示している。
株式会社Recho 白氏
音声AIが本当の意味で社会に浸透していくためには、単体技術としての完成度だけでは不十分である。通信、運用、インフラといった基盤と結びつき、複合的なシステムとして機能することが不可欠になる。今回の協業は、その“インフラとの統合”へ向けた具体的な一歩といえる。
その意義は、体験会で提示された音声AIデモを通じても明確に示されていた。そこにあったのは、単なる応答精度の向上ではなく、「顧客体験の前提そのものが変わる」という変化である。問い合わせをした瞬間に応答が得られ、会話は自然に進み、さらに過去の履歴を踏まえた対応が行われる。この一連の流れは、一見すると個別の改善の積み重ねのようでありながら、総合すると体験の質を大きく引き上げる。
重要なのは、「待たされること」が前提ではなくなる点である。従来のコールセンターは、待機時間や混雑を含めて設計された仕組みであり、顧客もそれを前提として行動してきた。しかしAIが一次対応を担うことで、この前提が崩れ始めている。待たずに応答が得られることが当たり前になれば、顧客の期待値そのものが書き換えられていく。
さらに、この変化は品質の側面にも波及する。従来はオペレーターの熟練度によって応対の質にばらつきが生じていたが、AIによって一定水準以上の応答が常に提供される環境が整えば、顧客体験の均質化が進むことになる。この「誰が対応しても一定品質」という状態は、企業にとってブランド価値そのものに影響を与える重要な要素となる。
つまり今回の協業がもたらしているのは、単なる技術導入ではない。顧客接点における「時間」「品質」「期待値」という三つの前提を同時に書き換える構造的な変化である。音声AIがインフラとして組み込まれることで、企業と顧客の関係性は、よりスムーズで継続的なものへと再編されていく可能性を持ち始めている。

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音声AIの“使いどころ”を再定義する——Rechoが描く成長シナリオ
Rechoの今後の展開を考えるうえで鍵となるのは、技術そのものの進化ではなく、「何をAIに任せるのか」というユースケースの選定にある。同社は、音声AIをあらゆる領域に広げるのではなく、「AIに適した用途」を見極めることを戦略の中心に据えている。
例えばアウトバウンド領域においても、セールス電話のように相手がAIだと分かった瞬間に離脱されやすい領域にはあえて踏み込まない。一方で、督促やリマインドのように、ユーザー側に応答する明確な動機が存在するケースにフォーカスする。会話が成立するかどうかは技術よりも前提条件に依存するという考え方が、ここに表れている。
この点についてKDDI北条氏は、「AI単体ではなく、通信やデータ基盤も含めて設計することで、はじめて安定的な価値提供が可能になる」と語った。音声AIの価値は機能の高さだけで決まるのではなく、どのような文脈で活用されるかによって大きく左右される。
KDDI株式会社 北条氏
多言語対応についても同様に、機能先行ではなく需要起点での展開を取る方針だ。在日外国人への対応にとどまらず、日本の高い顧客対応品質そのものを海外に展開していく構想も視野に入れている。音声AIによって応対品質が標準化されることで、「サービス品質の輸出」が現実的なテーマになりつつある。
また、この取り組みを実運用の観点から支える要素として、現場の知見の重要性も欠かせない。アルティウスリンクの田村氏は、「コンタクトセンターには現場にしか存在しない暗黙知があり、それをどうAIに取り込むかが本質的なポイントになる」と指摘する。
この指摘が示すように、音声AIの価値は導入そのものではなく、現場オペレーションと結びついたときに最大化される。Rechoのアプローチもまた、技術と運用を一体として設計している点に特徴がある。
アルティウスリンク株式会社 田村氏
そして同社の視点は、コールセンターにとどまらない。白氏が語るように、カスタマーサポートはあくまで「ワークフローの起点」に過ぎない。問い合わせの先には必ず業務の連なりがあり、その入口をAIが担うことで、後続プロセス全体の最適化が可能になる。
最終的に目指しているのは「人類の生産性を10倍にする」というビジョンだ。AIが処理できる領域を担い、人間がより本質的な判断に集中する構造をつくることで、業務のあり方そのものを変えていく。
その起点となるのが、「ありがとう」と言われる応対品質である。AIであっても自然に受け入れられ、信頼される体験を実現できるかどうかが、この領域における新たな基準になりつつある。
6時間待たされたという一つの違和感から始まった取り組みは、いま、顧客対応を超えて、企業のワークフロー全体を再設計する段階へと進もうとしている。