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2026年08月04日

社会を計算可能にする――JIJが描く量子コンピュータの実装シナリオ

株式会社JIJ
山城 悠
代表取締役 CEO

KDDIは、有望なベンチャー企業との新たな事業共創を目的とした、「KDDI Open Innovation Fund 3号」(運営者:グローバル・ブレイン株式会社、以下 KOIF 3号)を通じて、量子コンピュータ向け組合せ最適化ミドルウェア、プラットフォームを提供する株式会社JIJ(本社:東京都港区、代表取締役 CEO:山城 悠、以下 JIJ)に出資しました。


2030年に向けて動き出す量子コンピュータの実装競争

量子コンピュータは長らく「未来の技術」として語られてきた。膨大な計算能力によって社会課題の解決を加速させる可能性を秘めながらも、その実用化はまだ先の話だと考えられてきたからだ。
しかし、その前提は大きく変わりつつある。近年、量子コンピュータを取り巻く技術進歩は加速度的に進み、2030年頃には実用的なアプリケーションが生まれるというシナリオが受け止められるようになってきた。

そんな中、「量子コンピュータを実際に使われる技術にする」ことを目指しているのが、量子コンピュータスタートアップのJIJだ。同社は量子コンピュータそのものの開発ではなく、社会課題の解決につながるソフトウェアやアルゴリズムの開発を通じて、量子技術の社会実装に取り組んでいる。

JIJは今、研究開発中心のフェーズを越え、本格的な社会実装フェーズへと歩みを進めている。その背景にはどのような思想があり、どのような未来を見据えているのだろうか。

社会実装から量子コンピュータの未来を切り拓く

JIJの大きな特徴は、量子コンピュータを「研究対象」ではなく「社会で使うための技術」として捉えている点にある。量子コンピュータ業界では、多くの企業や研究機関が理論研究や基礎アルゴリズムの開発を進めている。

一方でJIJは、アプリケーション側から技術開発を進めるという独自の立場を取っている。重要なのは、量子コンピュータがどれだけ理論的に優れているかだけではなく、実際の課題をどれだけ解決できるかという視点だ。理論上の計算優位性を示すことよりも、現場の業務の中で本当に性能向上が得られるかを重視している。

サービスイメージ

こうした考え方の背景には、創業者が持つ独自の問題意識がある。JIJの創業は東京工業大学(現:東京科学大学)で進められていた研究プロジェクトに端を発する。研究成果の事業化がきっかけではあったものの、創業者自身のモチベーションは単なる研究成果の社会実装ではなかった。根底にあるのは「科学は社会から生まれる」という考え方だ。

一般的には、基礎研究が先にあり、その成果として技術が生まれると考えられている。しかし歴史を振り返ると、社会や産業が抱える課題が新たな科学を必要とし、その結果として革新的な理論が生まれた事例は少なくない。
その代表例が量子力学である。白熱電球の発光現象を説明しようとした研究の中から、量子論という新たな物理学の枠組みが生まれた。

つまり量子力学そのものが、産業社会の要請によって発展したとも言える。

JIJは、量子コンピュータでも同じ循環を起こしたいと考えている。量子技術を社会に実装することで新たなニーズを生み出し、そのニーズが次の科学や技術革新を促す。それは同社が掲げる「社会を計算可能にする」という挑戦そのものでもある。

社会実装を見据えたハイブリッド戦略

量子コンピュータが注目を集める一方で、現実にはまだ多くの制約が存在する。解ける問題の種類や規模には限界があり、産業の現場で万能に活用できる段階には至っていない。JIJは創業初期からその現実を直視していた。同社が選んだのは、量子技術だけに依存しないハイブリッド戦略である。量子アニーリングを中心に出発しながらも、比較的早い段階で従来の最適化技術を取り込み、両者を組み合わせる方向へ舵を切った。

この判断は結果として大きな意味を持った。量子技術だけでは解けない問題に対しても、従来技術を組み合わせることで対応可能な範囲を広げることができたからだ。結果として、多様な業界の課題に対応できるようになり、実際に社会実装へとつながる土台が形成された。

また同社は量子アニーリング(*1)だけでなく、ゲート型量子コンピュータ(*2)に関する研究開発も早期から進めてきた。近年ではオープンソースソフトウェアの提供や論文発表を通じて、量子コンピューティングのミドルウェア領域でも存在感を高めている。量子技術が本格的に普及する前から、その先を見据えた準備を進めてきたことが、現在の競争力につながっているのだ。

量子技術の研究開発から社会実装への転換点

JIJは現在、創業以来最大とも言える転換点を迎えている。
これまでの資金調達は、量子コンピューティングという技術そのものへの期待が中心だった。シードからシリーズAにかけては、量子アルゴリズムや最適化技術の研究開発を進めることが主な目的であり、投資家から見ても「将来有望な技術に賭ける」という色合いが強かった。
プロダクトも研究者や開発者向けの性質が強く、まずは技術的な成立性や優位性を示すことが求められていた。

しかし現在は状況が大きく変わりつつある。同社が展開する最適化計算技術は、すでに複数の現場で導入・活用が始まっており、研究段階を超えて実際の業務課題を解決するフェーズへと移行している。製造業の生産計画やインフラ運用など、高度な意思決定を必要とする領域で具体的なユースケースが生まれ始めていることは、その象徴と言える。

この変化は単に「顧客が増えた」という話ではない。
量子コンピューティングという領域そのものが、期待先行のフェーズから、実際に価値を生み出せるかどうかが問われる段階へ進み始めていることを意味している。それに伴い、資金調達の意味合いも大きく変わった。

これまでの研究開発を支えるための資金から、営業体制の強化や事業開発、人材採用を通じて市場を拡大するための投資へとシフトしている。これは、技術を磨くこと以上に、「どう届けるか」「どう広げるか」が重要になる局面に入ったことを示している。量子コンピュータ業界は、長らく研究開発主導で発展してきた。しかし今後は技術そのものではなく、社会実装できる企業が市場の主導権を握る可能性が高い。JIJはまさにその変化の最前線に立ち、研究開発型スタートアップから社会実装型スタートアップへの変革を進めている。

世界各国の技術と日本の強みが切り拓く量子時代の勝ち筋

量子コンピュータは、インターネットやAIと同様にグローバルな競争の中で発展する技術である。そのため、JIJも創業当初から海外市場を見据えた活動を進めてきた。興味深いのは、多くのスタートアップがまず米国市場を目指す中で、同社が最初の海外拠点としてイギリスを選択した点だ。

その背景には、量子コンピューティング業界特有のエコシステムがある。この領域では、企業単独で競争するというよりも、研究機関、政府機関、大学、スタートアップ、大企業が連携するコミュニティの中で技術や市場が形成されていく傾向が強い。特に欧州は政府による支援が手厚く、国境を越えた共同研究や実証実験が活発に行われている。

JIJも英国の量子コンピューティング企業との連携や、日本・英国間の量子技術交流プログラムなどを通じて現地コミュニティとの接点を築いてきた。その結果、単なる営業拠点ではなく、欧州における量子エコシステムの中にポジションを確立している。
さらに現在はドイツにも拠点を広げている。ドイツ航空宇宙センター(DLR)との共同研究をきっかけに、現地の研究者・企業とのネットワークを構築し、EU市場への展開基盤を整えている。パートナーとの関係を起点にコミュニティへ入り込み、そのネットワークを通じて市場を広げるというアプローチは、量子産業ならではの戦略と言えるだろう。

一方で、JIJは日本にも独自の強みがあると考えている。それは「ユースケースを生み出す力」だ。欧州や米国ではハードウェア開発が進む一方、日本企業は比較的早い段階から量子コンピュータを自社の業務にどう活用できるかという議論を進めてきた。製造業、物流、通信、エネルギーといった産業領域では、実際の課題を起点にアプリケーションを検討する動きが活発化している。

量子コンピュータの競争というと、どうしてもハードウェア開発に注目が集まりがちだ。しかし実際には、どれだけ高性能な計算機があっても、それを活用する用途がなければ価値は生まれない。AIの世界でも基盤モデルだけでなくアプリケーション層が重要な競争領域になっているように、量子コンピュータにおいてもユースケースの創出が極めて重要になる。

JIJはその中で、海外の先進的なハードウェアや研究成果を取り込みながら、日本企業と共にアプリケーションを開発していく立場を目指している。世界の技術と日本のユースケースを結びつける存在として、グローバルとローカルを橋渡しする役割を担おうとしているのである。

「社会を計算可能にする」という挑戦のその先

量子コンピュータが普及した先に、JIJはどのような社会を見据えているのだろうか。同社が目指すのは、「意思決定を計算可能にする世界」である。AIが複雑な課題を理解し、コンピュータがより良い選択肢を導き出す。そして人間は、その選択肢をもとに意思決定を行う。現在、人間が時間をかけている計画立案や資源配分といった業務の多くは、将来的にはコンピュータが担うようになるかもしれない。

その結果、人間はより創造的な問いを立てることや、新たな価値を生み出すことに集中できるようになる。
量子コンピュータは、その未来を支える重要な技術の一つだ。

2030年が近づく中で、量子コンピュータの実用化は「いつか来る未来」ではなくなりつつある。今後数年で、量子技術を活用できる企業とそうでない企業の間には、競争力の差が生まれていく可能性が高い。

JIJは、その変化を待つのではなく、自ら社会実装を進めることで未来を引き寄せようとしている。
量子コンピュータを研究室の中から現場へ。その挑戦はすでに始まっている。
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<注釈>
(*1)量子アニーリング:組合せ最適化問題を解くことを目的とした量子計算方式、およびそれを用いる量子コンピュータ。
(*2)ゲート型量子コンピュータ:量子ビットに量子ゲートと呼ばれる演算を順番に適用することで、計算を行う量子コンピュータ。将来的には幅広い計算問題への応用が期待されている。

株式会社JIJ
https://www.j-ij.com/ja
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