
2026年06月11日
IoTの目にAIを宿す——ソラコムエバンジェリストが語る「フィジカルデータ活用」の可能性
- ソラコム
松下 享平 - テクノロジー・エバンジェリスト/事業開発マネージャー
「データはクラウドにたまり始めていたけど、どうしようという状態だった。その課題が解決した」。ソラコム テクノロジー・エバンジェリストの松下享平氏は、IoT と AI の関係をそう表現した。
IoT 向けモバイル通信プラットフォームとして、世界中のデバイスをクラウドに接続するインフラを提供してきたのがソラコムだ。
サービス開始から10年。
接続されるデバイスが増えるにつれて、クラウドに蓄積されるデータも膨大になった。しかしそのデータを分析し、業務判断につなげる人材やツールが現場に足りないという課題が長く残っていた。生成 AI の登場が、その構造を一変させつつある。
ソラコムは2023年以降、IoT データと生成 AI をつなぐ機能を次々とプラットフォームに組み込み、2025年には「リアルワールド AI プラットフォーム」という戦略を掲げた。同年7月に開催した年次カンファレンス「SORACOM Discovery 2025」で発表されたもので、IoT デバイスから得られる現実世界のデータを AI に接続し、参照・解析・実行までを一気通貫で支えるプラットフォーム構想だ。
同カンファレンスでは企業理念も「Making Things Happen」に刷新し、IoT 接続回線数は900万を超えて200以上の国と地域、550の通信事業者をカバーしている。生成 AI の登場によって機械たちが発していた小さなパケット通信はいよいよ「意思」とも言える会話を始めようとしている。現場のデータを AI が理解し、判断と自動化につなげる実装基盤とはどのようなものなのか。
松下氏にその全体像を聞いた。
目次
1年で変わった景色

ソラコムが生成 AI に本格的に踏み込んだのは2023年、松尾研究所との共同で「IoT x GenAI Lab」を立ち上げたことに始まる。研究だけでなく社会実装を目的とした組織で、三菱電機との空調制御の PoC では、IoT センサーとヒートマップ、外気温データを組み合わせ、快適性を損なわずに電力使用量を期間平均48%削減するという成果を出した。
この三菱電機との実証では正確には期間平均47.92%の電力使用量削減と平均26.36%の快適性改善を同時に達成しており、Sigfox 通信の環境センサーや気象情報 API、三菱電機の空調利用位置検知システム MELRemo-IPS のデータを統合した。この研究成果は国際会議「BuildSys 2024」でも発表されている。
そこで得た学びは、ソラコムの AI 戦略の重要な糧となっているそうだ。
——三菱電機の事例から何がわかったのか
松下:センサーデータだけ、クラウド上のデータだけ、SaaS のデータだけを AI に渡しても、十分な成果は得られます。
ただ、現場のデータと SaaS 上のメンテナンスデータを組み合わせると、もっと AI を働かせることができる。三菱電機の事例では、空調の設定温度や室温に加えて、ヒートマップによる人の位置情報や、API 経由の外気温データも組み合わせました。
すると気温の変化を先読みできるようになったんです。
——それが「リアルワールド AI プラットフォーム」につながった
松下:大きく2系統の変化があります。一つ目は映像解析です。マルチモーダルの精度が段違いに上がっている。特に IoT 領域ではメーター読みが顕著で、デジタルインターフェースを持たない機械はいくらでもあります。
カメラで数値を読み取る試みは以前からありましたが、読み取り対象を選んだり精度を高める手間等、導入が限定的でした。それが今は現実的に読めるようになっていて、しかも従来10万円、場合によっては100万円かかっていた仕組みが、5,000円のカメラで実現できるところまで来ており、従来の仕組みにプラスできる環境が整い始めています。
—— もう一つの変化は
松下:AI による未来予測です。製造業で言われる予知保全がわかりやすい例ですが、従来の機械学習では「まず3年分のデータをください」という話になり、データの蓄積がないために断念するケースが多かった。
今は基盤モデルの性能が上がっていて、周期性や季節変動のあるデータに対して、上昇傾向か下降傾向かを予測させることが十分にできるようになっています。現在の状態を把握するだけでなく、将来を見通すという意味でも、AI の活用領域は広がっていくと思います。
5,000円のカメラでメーターが読める。3年分のデータがなくても予知保全ができる。いずれも、たった数年前には「まだ難しい」とされていた領域だ。生成 AI の進化が IoT の実用性を一気に押し上げている。
AI の進化は彼らのような最前線の人々ですら、その想像を超える速度で進んだのだ。
現場データを AI につなぐ

技術的にできることが増えても、現場に届かなければ意味がない。工場や店舗の担当者が Python を書いたり、複数のクラウドサービスを API で連携させたりするのは現実的ではない。ソラコムが2024年7月に発表した「SORACOM Flux」は、この課題を正面から解きにかかったサービスだ。
公式には IoT システムを自動化する「IoT オートメーター」と位置づけられており、デバイスのセンサーデータや画像に対してルールを適用し、Azure OpenAI や Google Gemini、Amazon Bedrock など複数の AI サービスを組み合わせた分析・判断を、プログラミング知識なしで構築できる。
——SORACOM Flux はどういう仕組みか
松下:東洋製罐は工場内で品種を切り替える際の目視チェックを、カメラと生成 AI で自動化しました。他には駐車場の積雪量をカメラで判別し、除雪タイミングを通知するといったケースもあります。分析と通知がセットになるのが IoT の特徴で、SORACOM Flux はもともとデータと通知をつなぐサービスでしたが、そこに生成 AI による分析機能を組み込んだ形です。
センサーデータを拾い、AI で解釈し、通知や制御につなげる。この一連の流れをノーコードで組めるところに SORACOM Flux の価値がある。従来ならシステムインテグレーターに依頼するような仕組みを、現場の担当者が自分で構築できるようになった。
この流れをさらに推し進めたのが「ソラカメ AI」だ。ソラコムが2022年から提供しているクラウドカメラサービス「ソラカメ」に AI 分析機能を統合したもので、1台約4,000円の WiFi カメラと月額のクラウド費用に加えて、月額550円の AI オプションで、カメラ映像に対してプロンプトを入力するだけで判別してくれる。
2025年11月に Early Access として提供が開始されたこのサービスは、ソラカメ対応カメラで撮影した静止画を生成 AI が解析し、結果をメール通知する仕組みだ。画面上でカメラ画像を確認しながらプロンプトを入力し、タイマーまたはイベントをトリガーに自動分析が動く。人数カウント、在庫推定、メーター読み取り、転倒検知など幅広い用途に対応する。

松下:カメラ映像は現場の方にとって万能のセンサーです。IoT のセンサーデータは数値だけでは判断しづらいですが、映像なら直感的に使える。一つの店舗に10台設置して、さまざまな角度から状況を把握するような使い方をされています。
大企業の実証実験だけでなく、中小企業や個店レベルまで AI を届ける。「AI の民主化」という言葉はよく使われるが、ソラコムのアプローチはハードウェアの価格まで含めて民主化を設計しているところに特徴がある。
「未来予測」という面白さ

もう一つ、松下氏が紹介したのが本業の回線管理プラットフォームへの AI 統合だ。SORACOM Query に生成 AI による自然言語クエリ機能を組み込み、SQL を書かずに IoT データを分析できるようにした。
正式名称は「SORACOM Query Intelligence」で、2024年7月に発表された。自然言語で回線管理データの分析をリクエストすると、結果をリスト・グラフ・地図で可視化して返す。SORACOM Query 自体は2025年7月に正式提供を開始し、データ蓄積サービス SORACOM Harvest Data とプラットフォーム自体のデータの双方を統合分析できるようになった。
——どういう場面で使うのか
松下:世界中で何万台、何十万台と稼働しているデバイスの死活監視や運用管理は非常に手間がかかります。
この回線オペレーション業務に生成 AI を組み込みました。「国内で利用している SIM のうち、3日間に接続と切断を繰り返しているものを一覧して」と入力すれば、結果が返ってきます。
——生成 AI によるレポーティングは時として精度にバラつきがでるが、安定性はどう担保しているのか
松下:大きく2点あります。一つは、対象とするデータの範囲を限定し、不要な情報を読み込ませないこと。RAG に近いアーキテクチャで、検索対象の項目を絞ることで精度を担保しています。もう一つは、プロンプトインジェクション対策を含む基本的なガードレールです。SORACOM Flux やソラカメ AI など、複数のサービスに生成 AI を組み込んできた中で蓄積したノウハウを反映しています。
ちなみに裏側で活躍しているモデルについては非公開なのだそうだ。モデルの進化は本当に目まぐるしく、突然変異的に性能が変わることもしばしばある。常に最前線の変化に目を凝らしながらベストな選択を模索し続けなければならないのも、この領域特有のシチュエーションと言える。

AI の活用が進めば、当然ながらデータ量は爆発する。
そもそもだが、ソラコムは IoT 機器をつなぐモバイルネットワークが基本だった。たとえばデバイスの死活監視であれば小さなパケット量で事足りる。しかし映像のようなデータを扱い出すとやはり次元が変わってくる。
カメラ映像をクラウドに送り、AI で分析し、結果を現場に返す。このループが回るほど、通信量は増え続ける。IoT の通信基盤を本業とするソラコムにとって、これは自社の事業構造に直結するテーマになる。
—— データ量の増大にどう対応しているのか
松下:中途半端な圧縮や変換を入れると、その仕組み自体に制約されてしまいます。むしろデータ量が増えても対応できる通信環境を整える方向に振っています。
昨年発表したフィジカル AI 向けの大容量プランがその一つです。今後 Edge AI が本格化すれば、基盤モデルをギガバイト単位でデバイスに配布する必要も出てくる。上りも下りも大容量が求められるので、通信基盤の強化は不可欠です。
—— エッジ(ローカルデバイス)側で処理を完結させるという方向性はあるか
松下:将来的には、映像をエッジ側でベクタデータに変換し、そのまま上位の LLM に送るという形も考えられます。ただ、Edge AI 用に SLM を現場へ配布する場合でも、結局通信環境は必要になる。最終的にはそこに帰着すると考えています。
フィジカル AI とは、センサーで現実世界を観察し、AI が状況を判断して機器操作として実行するという考え方で、ソラコムがリアルワールド AI プラットフォームの中核に据える領域だ。同時に、松下氏はデータの取得自体がまだ始まっていない企業が多いという現実にも触れた。
松下:正直なところ、そもそもデータを取得できていないお客様のほうが多い。それが実情です。フォーマットの問題はありますが、ある程度の整形は小型の SLM で処理できる時代になっている。だからこそ、まずデータ自体を取っておくということの優先度が高いと考えています。
ちなみに同じ連載で取材したフライウィール代表取締役 CEO の横山直人氏も、この領域の空白を指摘していた。ソラコムが通信という「通り道」に位置しながら、データの取得から AI 活用までを一気通貫で支えるイメージを持っているのは、市場ニーズがそこにあるからなのだろう。

インタビューの終盤、話題はフィジカルデータの可能性へと広がった。デジタル上の営業資料を解析するだけではない、現実世界のデータだからこそ見える景色がある。
——フィジカルデータの活用でどんな可能性を感じているか
松下:やはり未来予測だと思います。これまで職人の勘に頼っていた判断を、誰でもできるようになる。例えばスーパーで、近隣の運動会に合わせて総菜の仕込みを増やすといった判断は、ベテラン店長なら経験的に知っています。
ただ、それをシステム化しようとすると非常に手間がかかった。今ならカレンダーのスクリーンショットを渡して「総菜が売れそうなタイミングを教えて」と聞くだけで答えが返ってくる。現場の暗黙知が明示化されていくところに、大きな可能性を感じます。
松下氏が語った一連のサービスと構想を俯瞰すると、ソラコムの戦略の輪郭が見えてくる。SORACOM Flux で現場データと AI をつなぎ、ソラカメ AI でカメラ映像を民主化し、SORACOM Query Intelligence で回線運用を効率化する。
さらにデータ量の爆発に備えた大容量プランと OpenAI API のエンタープライズ契約で基盤を固める。いずれも、自社でモデルを開発するのではなく、外部の AI モデルを IoT データにつなぐ「実装レイヤー」を強化する方向だ。
「つなげる」ということにこだわってきた10年と語る松下氏。
松下:これからも、AI にどうつなげるかという問いに対して、きちんと答えを持っておきたい。お客様が「どうすればいいか」と迷ったときに、選択肢を提示できる存在であること。それが私たちの AI 戦略の核だと思っています。
IoT 接続基盤の会社から現実世界のデータを AI で理解し、判断と自動化につなげる実装基盤の会社へ。ソラコムの10年は、デバイスをクラウドにつなぐことに費やされた。次の10年は、そのデータに AI という知性を宿すことに向かっている。