
2026年05月01日
日本のディープテック、欧州で次のステップへ エマルションフローテクノロジーズとフィンランドVTTの連携
- 株式会社エマルションフローテクノロジーズ
飯田 百合子 - 取締役 Chief Communications Officer
「Slushでの出会いが流れを大きくすすめた。」
そう語るのは、独自の「エマルションフロー技術」を武器に、世界へ挑む日本のディープテック・スタートアップ、エマルションフローテクノロジーズの飯田氏だ。2025年、北欧フィンランドで開催された世界最大級のスタートアップイベント「Slush」への参加をきっかけに、同社は欧州有数の研究機関であるVTTフィンランド技術研究センター(以下、VTT)とのMemorandum of Understanding (MOU: 基本合意書)締結という、大きなマイルストーンを達成した。
この提携は、欧州市場への扉を大きく開くものであり、その裏側には世界最大級のスタートアップイベント「Slush」で生まれた熱気あふれる出会いと、長年にわたる信頼関係が織りなす必然の物語があった。
目次
新たな出会いの地、フィンランド
2023年から本格化した欧州展開では、フランスやドイツをはじめとする複数の主要国で潜在顧客との対話を重ねていた。2025年あらたに東京都の支援プログラムに採択されたことを機に、フィンランド、ヘルシンキで開催される「Slush」への参加が決定。この参加が、同社の欧州展開にとって大きな転機となる。
「当初フィンランドのビジネスシーンについては、まさにこれから知っていこうという気持ちで乗り込みました。」と、飯田氏は当時を振り返る。だが、現地で体感したのは、予想を上回る活気だった。「学生ボランティアたちが主体となり、国全体でイベントを盛り上げようという熱意が会場に満ち溢れている。寒い国だからこそ、そのエネルギーを爆発させる場所なのかもしれません」。その独特の雰囲気とセンスの良さは、同社にとって新鮮な驚きだった。
独自技術とVTTのシナジー — 欧州へのゲートウェイ戦略
ではなぜ、数ある欧州の国々の中からフィンランドが、そしてVTTが、この日本のスタートアップにとってパートナーとなり得たのか。その答えは、フィンランドが持つ「戦略的パートナー」としての二つの側面に隠されている。
一つは、ビジネス展開における「入り口」としての親和性の高さだ。フィンランドの街には日本文化への親近感があふれ、直行便が結ぶ物理的な近さも、ビジネスの障壁を低くする。多くの日本企業にとって、ドイツやフランスに次ぐ欧州展開の足掛かりとして、フィンランドは極めて魅力的な市場なのである。
そしてより本質的な理由が、技術的な信頼性を得るための「ゲートウェイ」としての魅力だ。VTTを筆頭に、首都ヘルシンキにはヘルシンキ大学やアールト大学といった世界的な学術機関が拠点を構える。国を挙げて量子技術やAIなどのディープテック研究に注力するその姿勢は、欧州の技術ハブとしての強固な地位を築いている。ここで評価されることは、欧州全域に対する技術的な通行手形を得るに等しい。
「大国では市場規模が大きい分、意思決定のプロセスも複雑になりがちです。フィンランドでは、技術の本質に対する理解が早く、協議が着実に進んだ印象があります」とエマルションフローテクノロジーズの飯田氏は振り返る。
このゲートウェイ戦略が完璧に機能した背景には、エマルションフローテクノロジーズがこれまで取り組んできたバッテリーリサイクルやPFASといった、世界的に注目される産業や環境課題の存在がある。これらは欧州でも重要なテーマとなっており、各国の研究機関や企業が解決策を模索している領域だ。同社は、原子力科学で培われた技術を応用し、これらの課題に対して新たなアプローチを提供できる可能性を持つ。その技術的ポテンシャルに関心を寄せたVTTの研究チームが、同社との対話を進める中で、今回のMOU締結へとつながった。
今回の提携は、このPFASという問題意識の上で、VTTの研究チームと直接対話できたことが決め手となった。VTTにとって同社は、自国の課題を解決しうる技術的パートナーであると同時に、そのソリューションを欧州全土へ展開するための戦略的ゲートウェイだったのである。
海外展開成功の鍵 — 「足で稼ぐ」情熱と、3年間の信頼
グローバルな提携を成功させる秘訣は何か。その問いに対する答えは、驚くほどシンプルだ。
それは、「とにかく現地に足を運ぶこと」であると飯田氏は語った。

取締役 Chief Communications Officer 飯田 百合子氏
オンライン会議では決して得られない、現地の熱気、人々の息遣い、そして予期せぬ出会い。計画通りにはいかない混乱の中で偶然隣り合わせた人物と、未来を左右する会話が始まる。今回の提携のきっかけとなった「あのときにお会いして」という決定的な瞬間は、彼らが数千キロの距離を越えてフィンランドの地に物理的に足を運んだからこそ、生まれ得たものである。
どんなに優れた技術やアイデアも、知られなければ存在しない。画面越しのプレゼンテーションだけでは伝わらない情熱や信頼感は、直接対面して初めて醸成される。この泥臭いまでの行動を前提として、さらに「欧州でのパートナーを見つける」という明確な目的意識と、自社の価値を的確に伝える徹底した準備が組み合わさった時、奇跡の出会いは必然へと変わるのだ。
成功を手繰り寄せた「準備」と「信頼」という翼
VTTとの基本合意書締結は、単なる幸運や偶然の産物ではない。その裏には、周到な「準備」と、支援パートナーとの揺るぎない「信頼関係」があった。

調印式の様子|左:エマルションフローテクノロジーズ 代表取締役 鈴木 裕士氏、右:VTT技術研究センター Vice President Antti Arasto氏
今回の渡航において、同社はスタートアップ単独で乗り込んだわけではなかった。KDDIのような大企業との連携が「信頼の傘」となり、道を切り拓いたのだ。事前にVTTや現地企業とのアポイントを調整し、「こういう面白いスタートアップを連れていく」という紹介があったからこそ、単なるイベント会場での名刺交換に終わらない、一歩踏み込んだオフィス訪問や、1〜2時間に及ぶ濃密なディスカッションが実現した。
「スタートアップにとって、自力でこれだけの準備をすることは極めて困難です。日頃から誠実なコミュニケーションを重ね、信頼関係を築いてきたからこそ、支援パートナー企業の方々も『この会社のためなら』と動いてくれる。一見、突然舞い込んだ幸運のように見えても、それは日々の地道な積み重ねが生んだ必然なのです」と、飯田氏は語る。
自ら現地に足を運ぶ情熱と、それを支えるパートナーの存在。この二つの翼があったからこそ、同社はフィンランドという新たなステージへ飛躍することができたのだ。
欧州拠点設立へ、確かな一歩
今回のVTTとの提携は、エマルションフローテクノロジーズの成長戦略における、まさにゲームチェンジャーと言えるだろう。これは、同社が欧州市場へ本格的に進出するための、極めて戦略的な一手である。
そして今回のVTTとの提携はゴールではなく、壮大な挑戦の始まりだ。同社はすでに、この提携を具体的なプロジェクトへと昇華させるべく、明確なロードマップを描いている。
「将来的には、複雑化する規制などを乗り越えるためにも、欧州に研究開発の拠点を置くことも大きな意味をもちます。今回のVTTとの提携は、そのための最も重要で、確かな第一歩です」。と飯田氏は語った。
日本の大学から生まれた一つの技術の種が、北欧の地で大きな花を咲かせ、やがて世界を変える。日本のディープテックが、フィンランドという強力なゲートウェイを得て、世界市場で大きな飛躍を遂げる。その挑戦は、今まさに始まったばかりだ。

左:エマルションフローテクノロジーズ 飯田氏、右:KDDI 貞光氏