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2026年08月03日

JTOS発足から3年。 鉄道4社が挑む「社会実装」の現在地

JR東日本スタートアップ株式会社
澤田 智広
東急株式会社
茨木 唯志
小田急電鉄株式会社
和田 正輝
株式会社西武ホールディングス
亀坂 瑠里子

JR東日本スタートアップ東急小田急電鉄西武ホールディングス

本来であれば、それぞれ異なる沿線を持ち、異なる顧客基盤を抱える鉄道会社だ。しかし今、その4社は「JTOS(Japan Transformation & Open Innovation Supporters)」という一つの共創コンソーシアムのもと、スタートアップとともに社会課題の解決に取り組んでいる。

2023年の発足から3年。これまでNature、Move、Culture、Well-beingという4つのテーマのもと、多様なスタートアップとの実証実験を重ねてきた。


一方で、JTOSが目指しているのは実証実験そのものではない。その先にある「社会実装」だ。実証実験で終わらせず、どのように事業として定着させ、地域に価値を届けるのか。3年間にわたり試行錯誤を続けてきた4社は今、どのような景色を見ているのだろうか。


「一社では変えられない社会を、みんなで変える」JTOS誕生の背景

JTOSの原点には、コロナ禍という未曾有の環境変化があった。
人流そのものが止まり、鉄道利用者が大きく減少するなかで、鉄道業界はこれまで経験したことのない危機に直面した。
そんな状況の中で生まれたのが、「一社だけではなく、業界全体で新しい価値創造に挑戦できないか」という発想だった。

発起人となったJR東日本スタートアップから声が上がり、これに東急、小田急、西武ホールディングスが賛同。2022年頃から準備が始まり、2023年9月にJTOSが正式発足した。特徴的なのは、単なるスタートアップ支援プログラムではないことだ。鉄道会社には、駅、鉄道、商業施設、ホテル、不動産、地域ネットワークなど、長年かけて築き上げてきた多様なアセットがある。

JTOSは、それらを単独企業のためではなく、スタートアップの社会実装を加速するためのフィールドとして活用することを目指した。これまで採択されたスタートアップを見ると、その領域は実に多彩だ。生物観察アプリを展開するBiome、シェアサイクルサービスのLuup、一時保育サービスを提供するあすいく、多文化共生に取り組むHelloWorld、移動課題を解決するNearMe、音声AIを提供するIVRy、介護人材シェアリングのクラウドケア、ペットとの共生社会を目指すペッツオーライ——。

一見するとテーマは統一されていないようにも見える。しかし共通しているのは、「鉄道会社のアセットを使うことで社会実装のスピードやスケールを大きくできるか」という視点だ。
JR東日本スタートアップ澤田氏は、「社会課題の解決につながること。そして鉄道会社が持つフィールドやネットワークを掛け合わせることで、より大きなインパクトを生み出せることが採択にとって重要な判断基準としている」と語った。

JTOSは、スタートアップ支援ではなく、社会実装支援を目的とした取り組みなのである。

JR東日本スタートアップ株式会社 澤田 智広氏

JTOS自身もまた「実証実験」だった。3年間で見えてきた現在地

今回の取材で印象的だったのは、複数の担当者が「JTOSそのものが実証実験だった」と語っていたことだ。スタートアップの実証実験を支援するプラットフォームでありながら、その運営体制自体もまた試行錯誤の連続だったのである。

例えば小田急では、JTOS発足前は会社としてスタートアップと協業する仕組みが十分に整っていたわけではなかった。担当者個人の活動としてスタートアップとの接点はあったものの、それを会社として推進する体制は存在しなかったという。しかし3年間の活動を通じて、「どの部署が協力してくれるのか」 「どのような説明をすれば社内の理解が得られるのか」 「どうやって実証から事業化につなげるのか」といった知見が少しずつ蓄積されていったのだ。

またJR東日本スタートアップの澤田氏も、当初は4社連携における「難しさ」や「壁」を感じていたと言う。4社それぞれで意思決定のスピードも異なれば、企業文化も異なるため、実証実験ひとつ進めるにも調整は容易ではないからだ。しかし、この3年間の試行錯誤を通じて互いの特徴を理解し、それぞれが得意な領域や役割を認識できるようになったことで、連携の質は大きく向上した。

一方で東急の茨木氏は、今を「リスタートの時期」と表現した。

実証実験は数多く実施できた。しかし次に求められるのは、「4社だからこそ解決できる課題とは何か」を改めて定義し直すことだ。単発のPoCを重ねる段階から、より本質的な社会課題に向き合うフェーズへ。

JTOSは今、新たな3年間に向けた転換点に立っている。

東急株式会社 茨木 唯志氏

最も難しかったのは「現場を動かすこと」。社会実装の壁とは

JTOSの3年間を振り返る中で、各社が共通して挙げた課題がある。それが「PoCの先」だ。
スタートアップとの実証実験はできる。技術も素晴らしい。効果も確認できる。それでも社会実装は簡単ではない。なぜなら、その先には必ず現場があるからだ。
鉄道業界は安全・安心を最優先に運営されている。新しい技術やサービスを導入する際には、「本当に必要なのか」 「現場負荷は増えないか」 「事故のリスクはないか」という厳しい視点で検証される。
西武ホールディングスの亀坂氏は、
「良い技術だから導入するのではなく、現場課題をどう解決するのかを伝えなければ協力は得られない」と語る。

株式会社西武ホールディングス 亀坂 瑠里子氏

さらに難しいのは、未来の課題への対応だ。
小田急電鉄の和田氏は、
「現場がまだ課題だと認識していないことに対しては、まず課題を認識してもらうところから始まる」という。

技術導入以前に、「なぜそれが必要なのか」という共通認識づくりが必要になる。こうした壁があるからこそ、社会実装とは単なる導入ではなく、多くの関係者との合意形成のプロセスなのだ。

小田急電鉄株式会社 和田 正輝氏

なぜ競合4社で手を組むのか、JTOSだから生まれるスケールメリット

JTOSの特徴を語る上で、多くの人が疑問に思うのが「なぜ競合関係にもある鉄道会社4社が協力しているのか」という点だ。
JR東日本、東急、小田急、西武ホールディングスはそれぞれ異なる沿線や事業エリアを持つが、スタートアップとの共創においては競争よりも協調のメリットの方が大きいと考えている。

小田急電鉄の和田氏は、
「新規事業やオープンイノベーションの領域では、スタートアップを取り合うというよりも、一緒に社会へ広げていくという感覚が強い」と語る。
鉄道会社は単なる交通事業者ではなく、沿線や地域の価値向上を長期的な視点で目指している。そのため、スタートアップが成長し社会課題の解決につながることは、結果として4社にとってもメリットになるという考え方だ。

スタートアップにとって最大の価値は、4社のフィールドを活用しながら事業を拡大できる点にある。通常、実証実験は一社ごとに関係構築を進める必要があるが、JTOSでは複数の沿線や地域への展開可能性を前提に議論を進めることができる
JR東日本スタートアップの澤田氏は、
「パイの奪い合いではなく、事業を広げるためのパイプラインが増える感覚に近い」と表現する。

さらに鉄道業界には、各社が事例やノウハウを共有する文化がある。ある会社で成果が出た取り組みが別の会社へ広がるケースも少なくない。
西武ホールディングスの亀坂氏は、
「鉄道業界では、公共性の高さや相互直通運転などを行っていることから他社との繋がりが強く、『他社でも導入されている』ことが後押しになる」と話す。

スタートアップにとって最も難しい最初の導入事例づくりを、4社が連携することで後押しできるのはJTOSならではの強みだ。

また、シェアモビリティやシェアリングサービスのように、面的な展開によって価値が高まるサービスとの相性も良い。利用者は一つの沿線だけで生活しているわけではなく、複数の鉄道路線をまたいで移動している。だからこそ、4社の沿線を横断してサービスを広げることで、利用者の利便性向上だけでなく、新たな移動や地域活性化にもつながっていく。
4社が協力している理由は、単なる実証実験の場をつくるためではない。

スタートアップが社会実装へ進むためのフィールドを共につくり、その成功事例をより広く展開していくためだ。競争ではなく共創によってスケールを生み出すことこそ、JTOSの大きな価値なのである。

次のステージへ。JTOSが求めるスタートアップとは

4社が共通して語ったのは、「PoCをやりたい企業」ではなく、「社会実装を本気で目指す企業」と出会いたいということだった。
近年はJTOS側から課題を提示する逆ピッチにも注力している。鉄道会社側が抱える具体的なアセットや、リアルな現場課題を包み隠さず開示することで、より実装確度の高い共創が生まれ始めているという。

また、鉄道会社とスタートアップではスピード感や文化も異なる。だからこそ重要なのは相互理解だ。スタートアップには鉄道会社が守るべき安全や地域との関係性を理解してほしい。一方で鉄道会社も、新しい発想やスピード感を受け入れていく必要がある。

双方が歩み寄りながら未来をつくる。
それがJTOSが考える共創の姿だ。

発足から3年。
担当者の一人は最後に、
「これまでの歩みを振り返り、「鉄道4社が、密に連携し3年間走り続けられたことは、業界にとっても大きなブレイクスルーだと思う」と語った。 多くのコンソーシアムが、単なる情報交換のコミュニティで終わってしまう中、JTOSは「アセットを活用した実証実験」という具体的な成果を生み出し続けてきた。

そして今、その挑戦は次のステージへ進もうとしている。
実証から実装へ。
鉄道4社とスタートアップによる共創の旅は、まだ始まったばかりだ。

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