
2026年05月20日
「波に乗るか、打ちのめされるか」 KDDI・ソニー・米VCが語る、大企業×スタートアップ協業のリアル
- Anywhere Ventures
JC Jung - Managing Partner
- Sony Acceleration Platform Europe
Filip Milicic - Innovation Manager
- KDDI株式会社
一色 望 - グループリーダー
- CIC Japan Innovation Services 合同会社CIC Institute
加々美 綾乃 - ディレクター(モデレーター)
2026年4月27日、東京ビッグサイトで開幕したアジア最大級のグローバルイノベーションカンファレンス「SusHi Tech Tokyo 2026」。過去最多となる約770社のスタートアップが出展し、3日間で60,000人が来場した本イベントのオープニングセッション直後、Sun Pillar Stageで行われたパネルディスカッションが熱気を帯びた。
目次
はじめに——本セッションの位置づけ
テーマは「なぜ今"オープンイノベーション"なのか? ―これまでの路と拓かれる未来。そして挑戦―」(英題:Why Open Innovation Now? Past Lessons, Future Horizons, and New Challenges)。
本セッションは英語で行われたパネルディスカッションであり、本記事ではその内容を日本語訳としてお届けする。
登壇したのは、Sony Acceleration Platform EuropeのFilip Milicic氏、KDDIの一色望氏、Anywhere VenturesのJC Jung氏。モデレーターであるCIC Institute ディレクター(CIC Japan Innovation Services 合同会社)の加々美氏が、会場に問いかけた。
KDDIのオープンイノベーションの歴史は15年前に始まりました。2011年に『KDDI ∞ Labo(ムゲンラボ)』を立ち上げ、翌年にはCVC部門『KDDI Open Innovation Fund』を設立しました。しかし当初は、スタートアップとのネットワークもなく、実績もなく、社内の支援もありませんでした。
一色氏
KDDI ∞ Laboは事業会社として国内初のインキュベーションプログラムとして発足し、現在では107社のパートナー連合を擁する「事業共創プラットフォーム」に成長。CVCは総額450億円規模のファンドを運用し、国内外170社以上のスタートアップに投資している。
しかし一色氏が強調したのは、数字よりも組織内部の「信頼構築」だった。
私たちが学んだ最大の教訓は、社内の事業部門との連携の重要性です。スタートアップの情報や市場の洞察を、事業部門に継続的に共有し続けました。たとえ彼らが必要としていなくても、です。それが非常に重要なプロセスです。彼らの信頼を純粋に得ることができました。
一色氏
この「ギブ・ファースト」のアプローチが実を結んだのは、数年後のこと。事業部門が将来戦略を考える段階になった時、最初に相談に来る先がオープンイノベーション部門になっていたという。
この言葉に込められた "地道さ" こそが、10年以上オープンイノベーションを続けてきた企業ならではの重みだ。

セッションの様子
ソニーが架ける「日欧の橋」——Boundary Spanning Service
続いて話したのは、スウェーデンに拠点を置くSony Acceleration Platform EuropeのFilip Milicic氏。ソニーのイノベーション推進はグローバルに展開されているが、Milicic氏が語ったのは日本企業とヨーロッパ企業のマインドセットの違いだった。
ヨーロッパのスタートアップは、最初からグローバルに考えなければなりません。スウェーデンだけで事業をしようとしても、市場が限られている。一方、日本には巨大な国内市場があるため、最初からグローバルであるという文化ではなかった。
Milicic氏
しかし、そのギャップこそがチャンスだとMilicic氏は語る。ヨーロッパのスタートアップは日本市場に強い関心を持ち、日本企業もまたヨーロッパのイノベーション・エコシステムへの関心を高めている。Sony Acceleration Platformは、まさにこの2つの市場を繋ぐ「橋」の役割を担おうとしている。
具体的な取り組みとして紹介されたのが、以下の3つだ。
-
Boundary Spanning Service:
ソニーグループが2025年に開始したビジネスマッチングプラットフォーム。社外・社内を横断した協業を促進し、登録組織数は1,000件を超える。 -
Sony Open Innovation Day:
本社でのイベントにスタートアップや外部企業を招待し、グローバルな視点でインスピレーションを提供。 -
イノベーションツアー:
日本の企業・組織をヨーロッパに連れて行き、現地のイノベーション・エコシステムや企業との関係構築を支援。
ビジネス文化の違いを互いに学び、より効率的にするためにこれらを提供することで、ヨーロッパと日本市場の間に橋を架けようとしています。
Milicic氏
そのアプローチは、異文化間の "翻訳者" とも言えるものだ。
「コダック効果」と3つの巨大な波——米VCからの警鐘
議論の潮目が変わったのは、Anywhere VenturesのJC Jung氏が口を開いた瞬間だった。ニューヨークを拠点に、気候変動の緩和と適応に焦点を当てたクライメートテック・スタートアップの成長支援を行うJung氏は、あえて「第一原理」から話を始めた。
なぜイノベーションなのか?スタートアップは現状に抗う人々です。一方、企業は現状維持を好む。変わりたくない、イノベーションを起こしたくない。物事をより良く、より効率的にやりたいだけです。
Jung氏
そこで持ち出したのが「コダック効果」という概念だ。自らデジタル写真を発明しながら、変革に踏み切れず倒産したコダック。この教訓は、すべての大企業に突きつけられている。
今朝ChatGPTに聞いたんです。2006年のS&P500企業のうち、現在も残っている企業は何社か?——わずか20%です。80%は消えました。これをアメリカでは"創造的破壊"と呼びます。
Jung氏
Jung氏はさらに、すべてのCEOが「夜も眠れないはず」だとする3つの巨大な波を提示した。
- 気候リスク:気候リスクがますます金融リスクとなり、サプライチェーンや物資へのアクセスに影響。
- AIと自動化:バブルはあるが現実のものとなりつつあり、自動化できるものはすべて今後20年以内に実現。
- 政治情勢:グローバリゼーションが試され、リショアリング(国内回帰)が進み、組織のあり方の再考が必要。
伊豆で多くのサーファーを目にしました。波への向き合い方には2つあります。波に抵抗すれば、打ちのめされてしまう。一方で、向きを変え、波に乗るという選択もあるのです。
Jung氏
軽やかな口調だったが、その比喩が指し示す現実は重い。
PoCの先に進めない課題——スタートアップを殺さないために
日本の大企業がスタートアップにとって「ゴールドスタンダード」、つまり 世界的にも信頼の基準となる存在 であることは、3人全員が認めるところだ。技術の深さ、資本力、そしてブランド力。「ソニーと仕事をしている」「三菱重工と仕事をしている」と言えることは、どんなスタートアップにとっても最高の信用になる。
しかし、Jung氏はその裏にある構造的な問題にも切り込んだ。
スタートアップにとっての"2週間"は、企業にとっての"2年"です。私たちが "PoC Purgatory(PoC段階にとどまり続ける状態)" と呼んでいるもの——概念実証を繰り返すばかりで、いつまでも次のステップに進めない状態です。
Jung氏
さらに深刻なのが、技術の実証から事業化までの間に、スタートアップが息切れしてしまう局面が何段階も存在する。技術は証明可能でも、最初の実用化(First Deployment)への資金調達ができない。企業との協業に時間がかかりすぎると、リソースが限られたスタートアップは十分な成果が出せないままプロジェクトが止まってしまう。 一色氏もこの課題に頷き、こう付け加えた。
ほとんどの日本企業は大きな変化を嫌います。しかし現実には、ほとんどの協業はうまくいかない
オープンイノベーションには、失敗や間違いをプロセスの一部として受け入れることが求められます。
一色氏
課題を乗り越えるために——「同じ船に乗る」という覚悟
では、どうすればいいのか。3者の提言は、それぞれの立場から異なるレイヤーに向けられていた。
最も重要なことは、事業部門とオープンイノベーションチームが同じ船に乗り、同じ方向を向いていることです。イノベーションチームは、ある時は企業の一部として、ある時はスタートアップのように振る舞わなければなりません。その"橋渡し役"であることが成功の鍵です。
一色氏
一色氏は、イノベーション部門が事業部門の「コアビジネスが何を必要としているか」を深く理解していることが、すべての前提になると強調した。
不確実性がある状況でも、協業こそがそれらの障害を乗り越え、市場での地位を強化する方法です。
Milicic氏
ソニーが実践する「イノベーションツアー」は、単なる視察旅行ではない。異なるビジネス文化を体感し、相互理解を深めることで、形式的なパートナーシップを"本物の協業"に変えるための仕掛けだ。
時間が迫る中、Jung氏が放った最後のメッセージが、会場に強い余韻を残した。
私たちは驚くべき時代に生きていますが、同時に切迫した時代でもあります。これからの10年から20年は、既存の枠組みを揺るがすほどの大きな変化が訪れるでしょう。
Jung氏
数週間前に話したある日本のOEMは、「アフリカ向けの新製品の開発に7年かかった」と語ったという。Jung氏はこう続けた。
それはもう不可能です。すぐそこには、まるで剣闘士のような人々がいる。日本がこの文化を真似すべきだとは言いません。日本はある程度の安定性をもたらせると思う。しかし、"いかにしてマラソンを、短距離走のように走るか"——その問いは非常に興味深いものになるでしょう。
Jung氏
KDDIの一色氏はこのように強い思いを語った。
国内外のスタートアップとの新たな協業機会を積極的に探している、そしてスタートアップのグローバル展開を支援したい。
一色氏
セッションは大きな拍手とともに幕を閉じた。