1. TOP
  2. インタビュー
  3. TRiCERAとDNPグループが資本業務提携、次世代版画技術で目指す現代アートの新IPビジネスとは
  • インタビュー

2023年08月25日

TRiCERAとDNPグループが資本業務提携、次世代版画技術で目指す現代アートの新IPビジネスとは

DNPアートコミュニケーションズ
室田秀樹
社長
DNPアートコミュニケーションズ
篠田秀実
エグゼクティブ・アドバイザー
TRiCERA
井口泰
CEO

大日本印刷(DNP)グループのDNPアートコミュニケーションズと、現代アートを販売するグローバルアートプラットフォーム「TRiCERA ART」を運営するTRiCERAが、2023年6月に業務提携を発表しました。


この提携を受けて、両社は「TRiCERA ART」に参加するアーティストの作品と、DNPグループの版画製造技術や美術作品画像データ貸出サービスを組み合わせることで、日本やアジア諸国を中心に現代アートの「版画/高精細複製画」や「ライセンス関連」の市場開拓を目指します。


DNPアートコミュニケーションズ、そして、TRiCERA の両社が互いをパートナーに選んだ経緯、単なる協業ではなく、資本提携という一歩踏み込んだ関係性に至った背景などについて、DNPアートコミュニケーションズの室田さん、篠田さん、TRiCERAの井口さんに伺いました。


TRiCERAとDNPは、2020年にKDDI∞Laboを通じて出会い、2020年にも共創していましたよね

TRiCERA井口:KDDIさん主催のピッチイベントで、まずDNPの罇(モタイ)さんと知り合いました。その後、DNPアートコミュニケーションズと共創することを検討してきました。それだけでなく、DNPのマーケティング本部をはじめ様々な事業部門やDNPメディアアートなど、DNPのグループ会社ともお話をさせていただきました。

当時、我々は今後もアート関連の分野に取り組んでいく予定でしたが、特に版画マーケットには非常に興味を持っていました。「カイカイキキ」の村上隆さんの版画などが人気で、そのような展示やイベントが多く行われていたからです。そういった中で、世界中から集めたアーティストとDNPと共に、比較的低コストで高品質な版画を制作・提供する事業の可能性を考え、POC(Proof of Concept)を実施しました。

最初の協業の際には、オークション会社のシンワワイズホールディングスとも関わり、銀座で版画の展示を行いました。ただ、私たちはオンラインプラットフォームを主に活用しているので、オンライン販売が中心となりました。特にDNPへの訪問などを通じて、事業化のプロセスをどう作っていくか、DNPのプロセスに合わせる方法などを検討しました。

協業開始から3年を経て、2023年6月に資本業務提携を発表されました。この3年間は、両社でどのような話し合いや活動をされていましたか

TRiCERA井口:定期的にPoC を複数回実施しました。まず最初のPoCがあり、その次に、今度は人気アーティストに対して、さまざまな付加価値を提供できる方法はないかと考えました。例えば、版画は通常、原画に忠実な複製画を作るという考え方ですが、版画自体も一つの作品として、印刷技術で付加価値を作ることができるのではないかと考え、そういった試みを翌年に行いました。

ただ、その後、弊社は原画、特に富裕層向けの高額な作品に焦点を当てていたため、定期的にミーティングを行いながらも話が次に進展することはあまりありませんでした。しばらく経ち、そこから少し潮目が変わったのは、弊社においても富裕層ではないお客様、アッパー5万円ぐらいの作品を買われるお客様が増えてきた頃です。弊社の専属作家の中には、版画で活動するアーティストも増え、アーティストの数も8000人を超えました。

以前から考えていた「版画の価値を再認識させられる。そんなブームが来る。」と、DNPに話をしていたのが思い出されます。弊社の認知度が上がると、アーティストの認知度も上がり、アーティストとのコラボの話(IP案件)も増えてきました。DNPはもう100年以上続く老舗の大企業なので、さまざまなノウハウや企業との繋がりが豊富です。そこで、1年くらいの時間軸で話を進めてきました。

5月末のラウンドは、1月中旬から動き始めた時に、まずはDNPに「事業面での関係性を深めたいと考えています」と一番に相談に行きました。このようなパターンは珍しいかもしれませんね。通常の資金調達ラウンドでは、リードVCに話をし、事業会社と相談するのはそのあとということが多いんですが。


TRiCERA CEO 井口泰氏

DNP篠田:今、井口社長から説明がありましたが、DNPとしては元々イメージライセンスということで、名画を中心に画像データを貸し出していました。その画像をベースに、名画の複製画を作成し、ECサイトで販売していました。ただ、名画であるため、一定数の売上はありましたが、それ以上の伸びがなかなか見込めないというところでした。

そんな中、今回の現代アートのECサイトを運営しているTRiCERAさんを紹介していただきました。DNPとしては、現代アート、特にアーティストの方々との接点と、海外に販売する販売チャネルをTRiCERAさんと組むことで獲得し、事業収益を拡大できるのではないかと考えています。

先ほど説明があったように、まずは忠実に再現された現代アートの版画を取り扱い、作家自身による二次創作的な付加価値をつけたサービスを提供します。そして、先ほども言及したIPの分野でも拡大できる可能性があります。こうした実証実験を繰り返しながら、今回の資本提携に至りました。


DNPアートコミュニケーションズ エグゼクティブ・アドバイザー 篠田秀実氏

資本業務提携という一歩踏み込んだ関係性を持つことを決めた経緯を教えてください

DNP室田:実は、1月に井口社長からお話がありました。我々は、ちょうど2023年度の事業戦略を練る時期でした。その中で、現代アート市場とそれをコアにしたIP、そして版画マーケットは今後大きく伸びる可能性を秘めていると感じていました。

また、DNPアートコミュニケーションズが持つ強みとして、イメージアーカイブの実績やアートの版画制作があることにも注目しました。これらの要素を活かすことで、大きな成果を上げられると考えました。そこで、一歩踏み込んで資本業務提携を結ぶ方針で、1月から3月の初めにかけて動き出しました。


DNPアートコミュニケーションズ 社長 室田秀樹氏

資本業務提携の検討開始から発表まで数ヶ月でしたが、その間に大変なことはありましたか

TRiCERA井口:資本業務提携について言えば、私自身、オープンイノベーションやスタートアップ業界に対して結構思うところがあります。今回、それでDNPさんが本当に素晴らしいパートナーなんだということをお伝えしたいと思っています。基本的はに大企業はあまり覚悟が決まってないんですよ。私は以前、ナイキでこのようなことをやっていたとメディアでも話していることがあると思います。MUGENLABOでも話しています。

私は以前シーメンスで働いていたり、日系のオーディオ企業で働いていたりしたし、基本的に、大企業側の気持ちもよくわかるし、プロセスも稟議も含めてほとんど理解しているつもりです。そこから言えることは、スタートアップでは、創業者や株主も身銭を切って事業を進めているということです。要は「自分でこの事業が失敗したら死ぬんだぞ」と、言わば、戦国時代で生きているようなものです。

戦国時代で生きている人が、大企業の人に同じぐらいの覚悟を持てとは言えないですが、スタートアップと付き合う大企業側にもそういう身銭を切る姿勢が必要だと思います。お互いにそうでないとコミットできないというのが、私の持論で、これまで何十社と取引してきた中で、オープンイノベーションの関係性と成功の可能性を高める要因は、その覚悟を持っているパートナーだけだと思っています。

何やら覚悟とか言うと、精神論のように聞こえるかもしれませんが、実際のところ、覚悟は非常に重要な要素です。本当に担当者を含め、会社としての覚悟が事業を実現させていくのです。私にとってこれが一番大事なことだと思っており、そのために資本提携が必要だと感じました。その覚悟を決めてくれたのは、DNPだけだなと思っています。ただ、DNPの覚悟ついては、私たちの他の株主にも理解してもらうのが難しいです。ここが大変でした。

パッションだとか、こういうふうに事業を進めたいという部分について、我々も、DNPの担当の方々も心は一つ、温度感は結構合っているわけですよね。しかし、それ以外の人々——我々の他の株主、DNPの直接の担当者以外の関連部署の人々—に対して、どう説明していくか、どうやって未来を示していくかは重要です。DNPは大企業なので社内説明なども難しい部分もあるかもしれませんが、TRiCERAでも、DNPとの資本提携が、共に事業を進めることがTRiCERAの企業価値につながるのか、丁寧に説明する必要があります。

ここが大変でした。情報の非対称性があるのは仕方がないことですが、それを埋めていくことが重要なポイントです。特にスタートアップとしては、大企業と協業する中で一番重要なことは、事業そのものよりもTRiCERAとしての企業価値がどうなるのかです。どのようなシナジーが生まれるのか、どのようなエクイティストーリーがあるのかを説明することが重要です。これが非常に難しい点です。

そして、そのエクイティストーリーは、時と共に変わっていくこともあります。DNPの参画によって、逆にエクイティストーリーを変えることができなくなるリスクも考えなければなりません。DNPと資本提携したことでさまざまな契約が結ばれますが、TRiCERAがそのときに描くエクイティストーリーとの一致が重要です。この点についての質問に、DNPからの回答は「(TRiCERAのエクイティストーリーとDNPの考え方が)一致しなくなることはありません」と非常に的確でしたね。

版画やIPのマーケットの可能性についての確信も含めて、成長戦略を説明し、シナジーがあることを説得することができたため、株主の理解を得ることができたと思っています。

DNP室田:3月に入って、私自身も腹を決めました。当然DNPの中には関連部門がいくつかあり、稟議という正式なプロセスを経て資本業務提携を会社としてオーソライズする必要があります。したがって、関連部署の皆さんが納得し、仲間になってもらい、稟議の決裁をえるためには、スケジュールが非常に厳しい状況でした。そのためには、TRiCERAさんを選んだ理由や資本投入の理由をしっかり説明することが一番重要でした。

特に、「なぜTRiCERAさんなのか」という点は重要でした。TRiCERAさんの名前は他の部署の人々には当然知られていないので、まずはなぜ現代アートに注力するのかから話を始め、そしてなぜTRiCERAさんが選ばれたのか、彼らと一緒に何をするのかを丁寧に説明し、理解を得て協力してもらう必要がありました。そのプロセスは一番大変でしたが、逆にその過程を通じて資本業務提携の価値を整理することができ、私自身にとっても良い経験となりました。

一方で、社内のルールとTRiCERA側の進め方との調整もあり、毎日オンラインで井口さんとコミュニケーションを取り合い、資本業務提携について細部まで詰めていく必要がありました。そのために2〜3週間は非常に忙しく取り組みましたが、このプロセスは、その後の資本業務提携後に向けた準備として大きな収穫がありました。これらの苦労があったからこそ、現在があると感じています。

今後、両社で進めていきたい方向性、実現したい世界観などはありますか

TRiCERA井口:まず、TRiCERAとしては常にMUGENLABOのピッチでもずっと言っていたように、アーティストのキャリアをいかに作っていくかに注力していきたいと考えています。そのための1丁目1番地がマーケットプレイスで、全世界に供給できて、全世界から購入できるような流通においての革命を起こしていくことが一つの目標です。

ただ、そこは単なる売るだけのマーケットプレイスではなく、そこからさまざまなところに繋げていかなくてはいけません。アーティストのキャリアは初期のステージからさまざまなステージがあります。その中で、特に今後はアーティストがどうやってマネタイズしていくか、企業もサステナブルにやっていく方法が重要です。アーティストがどうやってサステナブルにキャリアを築いていけるかが大事ですね。

そこで、例えば版画という手段やIPという手段を活用してマネタイズしていくことが考えられます。作品を作るだけでなく、その作品の世界観を展開していくことができると思います。また、面白いことには、海外の作家の版画作品を日本のDNPが作るというようなコラボレーションがあります。こうした国際的な交流が今後ますます増えていくでしょうね。

世界にはまだまともな印刷技術が無い国もたくさんあります。そんな国のアーティストに対しても、DNPとTRiCERAが協力することで、大きな革新をもたらせると思います。さらに、IPの展開などにより、デザインやパッケージ、製品の形などが多様化する中で、アーティストはより多くの機会を得られようになるでしょう。ナイキとかを筆頭にどんどんアーティストコラボは増えています。こういったところでも、我々がチャネルを提供することで、アーティストの未来をより輝かせるお手伝いができると考えています。

DNP室田:我々DNPアートコミュニケーションズは、美術館の方々の協力をえて、美術作品の画像データをさまざまな企業に提供する、イメージアーカイブを行ってきました。現代アートのアーティストは経済的な面での苦労もあり、また、十分に評価されていない場合もあります。我々が持っているイメージアーカイブの仕組みと、版画技術や知識を活かし、国内の作家たちが経済的に恩恵を受けるだけでなく、海外の作家たちも同様に恩恵を受けることを願っています。

日本のアート市場はまだ小規模なため、今回の提携を元に日本のアートマーケットを拡大することができれば、私たちアートコミュニケーションズの想いである日本のアート市場の活性化と拡大を実現できると考えています。日常の生活にアートが自然に溶け込んでいる環境を整えることを望んでおり、そのためにはお互いに協力し合いながら進めていきたいと考えています。

最後に、大企業とスタートアップが協業や資本業務提携を行う上で何が大事か、同じような関係構築を検討されている皆さんにアドバイスをお願いします

TRiCERA井口:大企業の担当者、特に、実際の連携に関わる人の熱量をいかにキープするかが重要だと思います。私も大企業の経験者ですが、大企業の仕事ってあんまり面白くないじゃないですか(笑)。人によっては毎日仕事は憂鬱で、日曜日になるとサザエさん症候群になるんですよ(笑)。そんな中で、新しいことをどんどん進めようとすると、面倒くささがますます出てくるんですよ。これはもうどこの会社でもそうだと思う。

そんな面倒な部分に引っ張られる中で、新しいことへの熱量を保つのは難しい。岸田総理がスタートアップへの徹底支援を声高に叫んでいますが、むしろ、大企業社員の熱量をいかに作り維持するかの方が、実は日本の経済にめちゃくちゃインパクトするはずだと、私は思ってる派なんです。スタートアップの人たちも、そういう熱量に感化されやすいし、会社と会社の関係より、人と人との関係に落とされたときに、実はこういう新規事業は一番進むんです。

DNP室田:そうですね。こういう協業は、実は私、初めてなんですよ。 スタートアップと協業するにあたり、いろいろな人に話を聞いたり、どこが課題になるかを尋ねたりした中で今ポイントと思っているのは、熱量と言うお話もありましたけども、やはり担当者の意識とか、同じボールを持って同じ方向に走って、少なくともパートナーだっていう意識をしっかり持たないといけないと思います。

どちらかがお客様で、どちらかが発注者・受注者という関係ではなくて、あくまでもパートナーで、一緒に切り拓いていくという思いが実際の担当者にまで落ちてないと多分うまくいかないよって、いろんな人に話を聞いたときに言われたんです。 そうした思いを、弊社の担当者にも話をして今に至るので、そこが一番大事なのかなと思います。熱量が維持できて、一緒に進んで、成果が出てくれば、多分本人も楽しくなってどんどんやっていくんじゃないかなと思います。

ありがとうございました

関連記事

インタビューの記事

すべての記事を見る記事一覧を見る

Contactお問い合わせ

掲載記事および、
KDDI Open Innovation Program
に関する お問い合わせはこちらを
ご覧ください。