- 海外トレンドレポート
2021年12月10日
東南アジアのカーボンニュートラルを進めるスマートシティ開発とKDDIの取り組み
「海外トレンドレポート」では、海外で働くKDDIおよびKDDIグループ社員が現地の最新技術、トレンド情報をご紹介します。
今回は、KDDIオープンイノベーションファンドのシンガポール拠点でスタートアップとKDDIの事業創造を目指し、ディールソーシング(投資先探し)と投資評価に取り組み、既存の投資先企業もサポートしているYi Hui(イーフィー)さんにレポートしていただきます。
- イーフィーさん
- はじめまして!KDDIシンガポールのイーフィーと申します。趣味は、中小企業のケーススタディ、マイクロプライベートエクイティなどに関するノンフィクションを読むことに加え、戦略系のボードゲームとスキー・登山などです。
東南アジアのカーボンニュートラルを進めるスマートシティ開発とKDDIの取り組み
KDDIシンガポールのKDDIオープンイノベーションファンド(KOIF)シンガポール拠点では、東南アジアのスタートアップ企業とKDDIの事業創造を目指し、日々活動を進めています。
今回のレポートでは、東南アジアでのカーボンニュートラルを進めるスマートシティ開発と、KOIF出資先企業の取り組みについてご紹介します。
はじめに
昨年10月、日本政府が発表した「2050年カーボンニュートラル宣言」では、2050年までに脱炭素社会を実現し、地球温暖化に影響を及ぼす温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目標としています。本取り組みの推進に成長の機会を見出し、策定されたのが「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」でした。
温暖化への対応を「経済成長の制約やコスト」と考える時代は終わり「成長の機会」ととらえる時代に変わりつつあります。環境・社会・ガバナンスを重視した経営をおこなう企業へ投資する「ESG投資」は世界で3,000兆円にもおよび、環境関連の投資はグローバル市場では大きな存在となっています。海外でも120以上もの国と地域が「2050年カーボンニュートラル」という目標を掲げ、脱炭素化に向けた大胆な政策措置を相次いで打ち出しています。
東南アジアでは発電の大半が石炭火力で占められています。「カーボンニュートラル」を実現するためには100兆円の追加コストが必要で、電力料金が3倍に上昇するとの試算も示されており、温室効果ガスの排出を減らすスマートシティの実現に取り組むスタートアップの活動が注目を集めています。KDDIは、KOIFを通じてそれらのスタートアップに出資と事業支援を行っており、企業活動を通じて、地球環境問題の解決に貢献しています。
本レポートの前半では、東南アジア諸国のスマートシティ開発に関する動向とシンガポールの取り組みについて紹介し、後半では、KOIFが支援している東南アジアのスタートアップについてご紹介します。
東南アジアのカーボンニュートラルを進めるスマートシティ開発
規制の枠組みに関する進展
東南アジア諸国は、持続可能な開発のあらゆる側面で、事業者にインセンティブを与えるための措置を講じています。21年3月に東南アジア諸国連合(ASEAN)は、ASEAN分類委員会を設立。この委員会は、パリ協定の目的を達成し脱炭素化を進めながら、東南アジア全体で持続可能な事業活動と投資を両立させるためのガイドラインを設定しました。
概念図
シンガポールのGreen Plan 2030は多数の政策措置を通じて、カーボンニュートラルで持続可能な未来の確保を目指しています。シンガポールは19年に、東南アジアで最初に炭素税を導入した国であり、温室効果ガス排出量1トンあたり400円の費用を企業に課しています。この炭素税制度は、年間25,000トン以上の温室効果ガスを排出するシンガポールの全産業施設(工場、倉庫、データセンターなど)に影響を及ぼしました。またベトナムも、22年1月1日に発効するカーボンクレジット(炭素排出権)取引制度を合法化する、改正環境保護法を可決しました。他の東南アジア諸国も同じ方向で、タイは排出量取引制度(ETS: Emission Trading Scheme)の制定を検討、インドネシアも炭素税の実施に関する法案を作成しています。
持続可能な開発のための資金調達の枠組み「グリーンファイナンス」
ASEAN Catalytic Green Finance Facility(ACGF)は、19年にアジア開発銀行とASEAN諸国によって設立されました。ASEAN加盟国政府は持続可能なインフラ事業の資金調達のため、ACGFを通じて1400億円以上の融資調達が可能となりました。融資が計画されている国には、カンボジア、インドネシア、ラオス、フィリピンなどがあります。
種類別(左のグラフ)および国別(右のグラフ)の2020年の時点でACGFによってサポートされているインフラ事業
19年以来、フィリピン中央銀行はESG関連のグリーン事業へ優先して資金を提供するよう全国の銀行へ奨励し、20年半ばの時点でフィリピン国内の銀行は約1,800億円のグリーンボンド(グリーン事業のために発行する債券)を流通させました。21年初頭、シンガポール政府は国内のグリーンファイナンスを促進するため、廃水処理施設などのインフラ整備事業に最大1兆5000億円相当のグリーンボンドを発行すると発表しました。
コロナ禍は各国の財政に負担をかけたため、官民連携と民間投資は社会の持続可能な開発目標実現に向けた資金の調達において、大きな役割を果たすと期待されています。有望な兆候の1つは、ASEANにおける再生可能エネルギーの企業購入契約(PPA)の台頭が挙げられます。シンガポールでは、Sunseap GroupがFacebookやAmazonなどの大手ハイテク企業とPPAに署名、東南アジアでこれらの企業に100%再生可能エネルギーを供給しています。
シンガポールでのケーススタディ
シンガポールの住宅事情と持続可能な都市計画
シンガポールの居住者は80%以上が公営住宅に住んでいるため、持続可能な都市設計に対する政府の取り組みは大きく影響を及ぼします。シンガポールのGreen Planでは、2025年までにすべての公営住宅駐車場に充電ポイントを備えた、電気自動車対応の町を8つ作るという目標が掲げられています。一方、シンガポールは人口が600万人未満と比較的小さいものの、一人当たりの炭素排出量は英国、中国、近隣のマレーシアよりも高く、これは一部にはエアコンの使用量が多いことが原因と言われています。エアコンは、一般的な家庭のエネルギー消費量の3分の1以上を占めています。
シンガポール初のスマートで持続可能な都市Tengahの特徴
2020年代後半に完成予定の都市Tengahは、シンガポール初の集中冷却、自動ゴミ収集、自動車のない街を実現する予定です。太陽光発電で冷やされた冷水が、Tengahの家々にパイプで送られ、住民はエアコンのための非効率な屋外ACコンデンサーを設置する必要がなくなり、毎年4500台の車を道路から取り除くことに相当する炭素削減を実現する見込みです。他にも、公共スペースに人がいない時に自動的に消灯するスマート街路灯や、効率的なエネルギー使用を奨励する住民用のエネルギー使用監視アプリなどが計画されています。
データビジネスでカーボンニュートラルを加速させるスタートアップ
不動産事業者や工場、国連等も顧客に持つシンガポールのスタートアップEverComm社は、建物のエネルギー使用データを分析し、得られた統計データをさまざまな事業者(建物の所有者、エネルギーベンダー、グリーンローンプロバイダー等)に提供し、取引を仲介しながら社会の脱炭素化を促進しています。
EverCommのデータマーケットプレイスのビジネスモデル
インドネシアでのケーススタディ
Gojekの野心的なゼロエミッション宣言
オンデマンドサービス(Eコマース、フードデリバリー、ライドシェアリングなど)と決済スーパーアプリを提供するGojek(インドネシアで設立、現在東南アジアとインドで事業を展開、インドネシアのライドシェア市場の約49%を占める)は、2020年の総炭素排出量が104万トンであると自己申告しているにもかかわらず、2030年までに炭素排出量をゼロにすると宣言しました。
ゼロエミッションまでの課題や検討中の解決策
各種デリバリーやライドシェアなど、Gojekの輸送業務は同社の炭素排出量の94.7%を占めています。プラットフォーム上のすべての車両(数百万台の車やバイク)が一度に電化されたとしても、インドネシアで発電される電力の38%は石炭源であり、すぐにカーボンニュートラルに繋がるわけではありません。そこでGojekは最初のステップとして、どうしても排出されてしまう二酸化炭素量に相当する排出権(カーボンクレジット)を購入し、植林することで間接的に脱炭素を実現するカーボンオフセット機能「Gojek Go Greener」をアプリ上でリリースし、Gojekのユーザーが購入できるようにしました。またGojekは、自動車や充電インフラパートナーと協力して、電気自動車の価格が従来の自動車よりも30%低くなることを目指し、電気自動車がドライバーにとって経済的メリットのある社会を実現しようとしています。
しかし、2021年の時点でインドネシアには充電ステーションが約100ヵ所しかなく、インフラの構築は中長期的な課題とされています。世界のカーボンニュートラル社会への移行が加速する中、スマート都市インフラの領域でKDDIが貢献できる機会が拡大しています。
スマートシティの実現を進める東南アジアのKOIF投資先企業
認証ソリューション技術を基盤に、個人認証が必要となる領域にてビジネスを展開するGTRIIP
GTRIIPは個人認証ソリューションを開発し、ホテルを初期ターゲットとして、コンタクトレスチェックインとスマホアプリでのエレベーター・ドアアクセスコントロール及び客室内のルームコントロールを提供しています。認証ソリューション基盤をプロパティマネージメントへ横展開し、オフィスドアアクセス、ビジターマネージメントシステムソリューションとして事業も展開しています。
ホテル向けのソリューションはシンガポールのマリーナベイサンズ、グランドパークホテルから、韓国、マカオ、タイ、フィリピン等のホテル25,000室への導入実績があります。オフィス向けとしては、シンガポール国立大学、シンガポールメディア大手のSingapore Press Holdings等への導入実績もあります。
インドネシアを代表するスマートシティソリューションプロバイダであるQLUE
QLUEは都市における問題を市民向けアプリや、AIを使ったCCTV画像分析等で検知し、コマンドセンターではその問題個所の特定と優先順位付けを行い、現場へフィールドワーカーを派遣しての対応や、IoT機器による解決を行うトータルソリューションを提供しています。
インドネシアのスマートシティ化を牽引するジャカルタ州のパートナーとして、洪水の発生ポイントを8,000箇所から450箇所に削減し、違法な手数料徴収を72%削減したことで、ジャカルタ州政府のパフォーマンスに対する市民の信頼を34%から97%に高めました。
同社は、東南アジアでのビジネスチャンスの追求だけでなく、日本での事業展開にも積極的に取り組んでいます。2021年6月に、QLUEは南知多町(愛知県)の市政府と、南知多町のデジタル化の一環として、QLUEのソリューションをPoCとして展開するための覚書に署名しました。
実績豊富な大規模IoT サービスプロバイダーUnaBiz
UnaBizは、スマート資産管理、スマート検針、コールドチェーン(低温物流体系)モニタリングなど、さまざまなユースケース向けにIoT対応ソリューションを提供しています。実績としては、シンガポール、台湾、日本ですでに大きな成果を上げており、シンガポールでは、UnaBizのソリューションがチャンギ空港に配備されて屋内環境条件を監視し、日本では、ニチガス用に100万近くのスマートガスメーターが設置されています。
現地コラム:コロナで様変わりしたシンガポールの家庭事情
シンガポールでは、住宅用不動産価格が高いこともあり(※)、ほとんどの若い未婚の人々は両親と一緒に暮らす傾向がありました。しかし、新型コロナウイルスの影響により、多くの若者が両親から離れて暮らすことを選ぶようになりました。
これはパンデミックの間、在宅勤務がデフォルトになり一緒に過ごす時間が増えたことが原因といわれています。家族間の対人摩擦が増えてしまい、多くの若者が両親との摩擦を避けるために、家族と離れて暮らすことを選択するようになったのです。
2015年から2020年の間に一人暮らし、または両親から離れて暮らす35歳未満のシンガポール国民と永住者の数は、23,700人から51,300人へと2倍以上に増えました。
※人口の80%以上が住んでいる公営住宅のアパートの最も安いカテゴリーの中央値は4千万円を超える
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