- インタビュー
2025年03月10日
クリエイターが創作に没頭できる環境を―Creator's XがAI活用で挑むアニメ業界オープンイノベーション

- Creator's X
藤原俊輔 - 代表取締役Co-CEO
- Creator's X
湯浅義朗 - 代表取締役Co-CEO
生成AIの台頭によりクリエイティブ産業が大きく変わりつつある今、アニメ制作の現場にも変革の波が訪れています。Creator’s Xは「創るに没頭しよう」をビジョンに掲げ、AIをアニメーターのアシスタントとして活用する新しいアニメ制作の形を提案。
2024年2月の設立から半年あまりでXTech Venturesと寺田倉庫から1.1億円の資金調達を実施し、アニメ制作会社「K&Kデザイン」の買収や背景美術スタジオ「スタジオSAIGA」の新設など、着実に事業を拡大しています。大手アニメ制作会社やIP保有企業とのオープンイノベーションを積極的に推進し、業界全体の変革に挑戦する同社の取り組みをCreator’s Xの代表取締役Co-CEOを務める藤原俊輔氏と湯浅義朗氏に聞きました。
アニメ業界の課題
制作現場の危機と生成AI活用
アニメーター全体の不足もあって、アニメ制作はスケジュールが遅延することが多く、特に後半はスケジュールが逼迫して、何とか頑張って制作を完成させるというケースを様々な制作会社から聞いています。
藤原氏
日本のアニメ産業は国際的な評価を高め、配信プラットフォームの台頭により注目度はかつてないほど上昇しています。しかし、その裏では制作現場の疲弊という大きな問題が横たわっています。
現役の方の約17%がうつ病またはその近い状態の病気になったというデータもあります。スケジュールなどの問題から、実態として現場が過酷な環境になることもあります。
藤原氏
特に背景美術の分野では作り手不足の事態が深刻です。キャラクターを描く技術と背景美術の技術は異なり、背景美術は美術・芸術系大学出身者が担い手となっていることが多いといいます。担い手の数が非常に少なく、高齢化も進んでいる一方で、若手は待遇の良いゲーム業界などへと流れる傾向にあります。その結果、背景美術の制作遅延がアニメ制作全体のボトルネックとなるケースも少なくありません。
業界全体も需要過多・供給力不足の状態に陥っています。藤原氏によれば、大手アニメ制作会社は2028年から2029年まで仕事が埋まっている状況だといいます。アニメを作りたい企業は多いものの、それを実現できる制作会社とクリエイターが限られているのです。このような課題に対して、2024年2月に設立されたCreator's Xは生成AIの活用によるアニメ制作現場の改革に挑んでいます。
アニメーターの方々により良い環境で、制作に追われるのではなく、よりクリエイティブなところに集中できるような環境作りができたら、業界全体としても風向きが変わっていくのではないか。
藤原氏
そしてCreator's Xが最初のターゲットとして選んだのは、背景美術の分野でした。これは最も人材不足が深刻で、AIによる補助効果が高いと判断したためです。最初の具体的な成果として、背景に特化したAI「HAIKEI X」のβ版を2024年12月にリリースしています。これを起点に、アニメ制作の他の工程にもAI活用の範囲を広げていく計画です。
大手アニメ制作会社とのオープンイノベーション
協業による生産性向上の実証
事業概要
Creator's Xは大手アニメ制作会社との協業を通じて、生成AIを活用したアニメ制作の可能性を実証していく戦略を打ち出しています。藤原氏によると、この協業には複数のパターンがあるといいます。
一つには、大手の制作会社さんから実際に背景の仕事をいただいて、制作を我々自身が背景美術の制作を受託する。その中でどれぐらい生産性が上がったか、どれぐらい高い品質の背景画を制作できたかをお見せして、制作のノウハウを共有していく。大手さんと一緒に成長していくというのが一つのモデルです。
藤原氏
従来のツールベンダーとしてAIを外部提供するのではなく、自らが手を動かし、制作現場に入り込むことで、実効性のある解決策を構築していくアプローチです。この背景には、アニメ業界特有の課題があります。
ツールの提供というのは、この業界ではなかなか難しいと思ったこともあって、我々自身が社内で新しい背景美術の制作フローを構築して、そのノウハウを持って大手の皆さんとコラボレーションしていくというのが大きな戦略の方向性です。
藤原氏
Creator's Xが提案するもう一つの協業モデルが、AIの共同開発です。これは両者の強みを掛け合わせる取り組みといえます。
AIの開発そのものを大手さんと一緒にやっていくというモデルもあります。彼らには素晴らしい過去の作品があり、我々にはAIをアニメで使っていくための知見がある。お互いに制作能力を持っている。ここを掛け合わせる形のコラボレーションです。
藤原氏
アニメーション制作には膨大な量の作画データが生まれますが、それらは作品完成後に活用されることは少なく、各社の資産として眠っているケースが多いといいます。一方で生成AIの性能は学習データの質と量に大きく左右されます。この協業により、より高精度で実用的なAIモデルの開発が可能になります。
K&Kデザインの買収によるショーケース構築
2024年11月、Creator's Xは名古屋のアニメ制作会社「K&Kデザイン」の発行済株式を100%取得し、完全子会社化しました。同社は2001年の創業以来、『らんま1/2』(原画担当)や『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』(CGアニメーション)など多くの作品に携わってきた実績があります。湯浅氏はK&Kデザイン買収の経緯についてこう語ります。
我々は背景に特化したスタジオから取り掛かりましたが、事業としては元請けのアニメ制作会社としてワークフロー全体を変革していきたいと考えていました。K&Kデザインさんは少数精鋭でありながらアニメ制作の実績を多くを持ち、彼ら自身も少人数でどうやってアニメ制作をしていくかを考えたときに、いち早くAIにも注目して実際に現場で活用していた会社でした。
我々にはAIエンジニアもいますし、事業面もサポートできるということをお伝えする中で、グループに入っていただきました。
湯浅氏
この買収により、Creator's Xは実際のアニメ制作の実績とAI活用のノウハウを兼ね備えた組織となり、大手アニメ制作会社に対して説得力のあるショーケースを提示できる体制を整えたのです。
IPホルダー企業との新たな協創
IPホルダーの多様化とアニメ制作の新たな可能性
Creator's Xの挑戦は、既存のアニメ制作会社との協業にとどまりません。テレビ局、商社、出版社といった知的財産(IP)を保有する多様な企業とも連携し、新しいアニメコンテンツの創出に向けた取り組みを進めています。
特にIPホルダー企業との協業においては、従来のテレビアニメや劇場アニメといった形態にとどまらない、新しいコンテンツの可能性も探られているそうです。
例えばグループインしたK&Kデザインでは、コミックスをAIでアニメ映像化するプロジェクトを手がけるなど、静止画のマンガをアニメーション化する試みも行われています。こうした取り組みは、既存のIPの新たな展開方法として、出版社などにとって魅力的な選択肢となり得ます。
また、企業PRやブランディング目的でのアニメーション活用も広がりを見せています。製造業や自治体といった従来アニメとの接点が少なかった企業とのコラボレーションも進んでいます。
生成AIの活用により制作期間やコストが削減できれば、こうした企業によるアニメーション活用の裾野がさらに広がる可能性があります。Creator's Xはそのための橋渡し役を担い、様々な業界とアニメ制作の新たな接点を創出していく姿勢です。
アニメAI共創のエコシステム構築へ
大手アニメ制作プロダクションからK&Kデザイン、背景美術スタジオへのアニメ制作依頼を増やしていく。
藤原氏
今後は背景に次ぐAI活用領域として、アニメ制作工程におけるAI活用の可能性を実践的に検証していく。
藤原氏
AI活用の手法はアニメだけでなく、ゲーム制作、映像制作など隣接する領域にも応用可能です。特にゲーム業界は背景美術のクリエイターの多くが流出している先でもあり、両業界をつなぐ架け橋となることで、新たな価値創出の可能性が広がります。
2024年に設立されたばかりのCreator's Xですが、その動きは極めて速く、半年あまりでアニメ制作会社の買収、背景美術スタジオの設立、AIツールのベータ版リリース、大手企業との協業など多くの成果を上げてきました。
日本のアニメ制作業界における生成AI活用はすごく賛否両論がある状況。
藤原氏
AI活用というのはあくまでアニメーターやクリエイターのためであって、彼ら自身が生き生きと制作に向き合うことに繋がるツールになるという認識をまず広げたい。
藤原氏
AI、アニメ制作会社、大手IPホルダー、投資家など多様なプレイヤーを巻き込みながら、新たな創造のエコシステムを構築していくCreator's Xの挑戦は、日本のコンテンツ産業の未来を占う重要な試金石となるでしょう。