- インタビュー
2022年01月17日
俳優も、起業家も、世界で活躍を目指すにはコミュニケーションからーーキャスティングディレクター・奈良橋陽子さん(前編)
- キャスティングディレクター
奈良橋 陽子
日本の共創・オープンイノベーションに関わるキーマンの言葉を紡ぐシリーズ、今回はキャスティングディレクターの奈良橋陽子さんに登場いただきます。
ハリウッドやブロードウェイを目指す日本のエンターテイナーは随分と増えてきました。映画の世界では、監督に対して日本人俳優の配役をサポートするのがキャスティングディレクターの役目ですが、「ヒマラヤ杉に降る雪」「ラストサムライ」「SAYURI」「バベル」といった作品で、奈良橋さんの助けを借りて、さまざまな日本人俳優たちが世界のエンタメ業界へと進出していきました。
とかく内需が大きいため、油断していると、日本国内の市場に閉じた活動に終始してしまうのは、俳優の世界も起業家の世界も同じ。グローバルなスタートアップを育てるには、まずは自分が世界に受け入れてもらわなければならないのですが、奈良橋さんが数十年以上にわたって俳優、アーティスト、子供たちに教えてきたことには、起業家にとっても大きなヒントが隠されているように思います。
本稿では前後半にわたり、奈良橋さんのグローバルなコミュニケーションに対する考え方、ひいては、世界で活躍出来る日本人を生み出すための提言などを伺いました。(文中太字の質問は全てMUGENLABO Magazine 編集部、回答は奈良橋氏、文中敬称略)
すべての仕事の根底にあるコミュニケーションとハーモニー
奈良橋さんは、常に日本と海外を往来されてきた印象を受けます。子供の頃は、どのように過ごされていたのですか?
奈良橋:私は幼少の頃、外交官の娘としてカナダに渡ったんです。16歳の時に、父から、「もう10年以上カナダにいるので、カナダ人になれるよ、どうしますか?」と聞かれたんです。
その時、私は「日本人の国籍を捨てたくない」と言い、日本へ帰ってきたんです。日本語がすごく下手で、勉強しなおしました。国際基督教大学(ICU)へ行きまして、日本の社会についてもう一度勉強しました。教育はすごく良かったと思います。実は今、友達(竹内弘高氏)が ICU の理事長になって、「陽子も理事会に入らないか?」と誘われ、理事になっています。
以前、ICUのことを調べていたら、写真が出てきたんです。御殿場で ICU が発足した時、戦争を防ぐためにキリスト教のもとで国際的な教育を作っていきたいという発起人の写真です。写真を見たら私の祖父(関屋貞三郎氏)がいたんですよ。彼が何回も私の背中を押してくれているんですね。
根本的には私はやっぱり国際的な平和とかコミュニケーションとかハーモニー、親善とかそういうのがすごくベースとして自分の中にあるんじゃないかなと思います。私の父も、いつもいろんな国の人と食事して冗談も言って、これが当たり前と思っていたような世界でした。ですので、私の仕事はこの年になって、どんなに大事かっていうのが分かるんですけど、コミュニケーションがどこかベースとして、ずっとあるんじゃないかなと思います。
エンターテイメント業界に関わられたのは、どんな経緯からですか?
奈良橋:ICUを卒業してから演劇学校に推薦されたんです。そこで、後に主人となる男性と出会いました。彼は内田裕也さんのバンドをカナダでやってたんですね。そこについて行って、ジョー山中さんとか石間秀樹さんとかとフラワー・トラベリン・バンドで詞を書き始めました。彼らは、私が詞を書くのが好きっていうのを知っていまして。
そこでトップ20まで行ったんです。このグループはカナダで成功してほしいと思って、私はすでに赤ちゃんがいたので、2人で日本へ帰って来たんですね。そしたら、フラワー・トラベリン・バンドもみんな帰ってきちゃったんですよ。せっかく成功してたのに。
自分が長くカナダにいて帰って来た時に感じたのは、私自身が日本語が下手で、勉強しないといけないと分かったんですけど、一方で、英語を全然誰もできないということ。私の大学時代に参加していた「モデル・プロダクション」という英語劇のグループがあるんですが、今でもやってます(笑。最初の1967年に自分が役者として出たんですけど。帰って来た時に、そこで演出家から「陽子、ちょっと手伝ってくれないか」って言われまして、演出したんですね。
演出したことは、私にとって大きな影響がありました。40人くらいの生徒がいろんな大学から集まって、3ヶ月、英語劇をやったんです。私がたぶん26歳くらいで、大学生とそんなに年は変わらなかったと思います。その時に3ヶ月でみんな英語ができるようになったんですよ。日本語を話しちゃいけないと。日本語を話したら10円。今は100円(笑。
「MLS」公式サイトより
英語を話すこと、演技することに通じるもの
奈良橋さんは、1974年に英会話教室「モデル・ランゲージ・スタジオ(MLS)」を設立されていますね。MLS を設立されたのは、この英語劇の時の体験がきっかけですか?
奈良橋:はい。日本人が学校で習ったとしても英語ができないのは、なんでこんなにできないのかと思って設立したんです。その時に太田くん(太田雅一氏)が私のアシスタントだったんですけど、彼もコミットメントしてくれて、2人で作ろうって言って作ったんですね。これは主に小さい子どもからこういう環境で始めようと。正直に言って、今だにこのやり方に対してブレはなかったと思います(編注:奈良橋氏は MLS の会長、太田氏が代表取締役社長を務めている)。
後で分かったんですけど、やっぱり日本の学校では英語は科学みたいに、理屈で教えようとする。だけど言語って心と体で表現しますよね? 自分の意思を表現するから。だから、劇を通してやる。劇じゃなくても本当に伝えようとする、行動で学ぶと。つまり、体を使えば身につくんですよね。
ベンジャミン・フランクリンというアメリカの昔の人(編注:1706〜1790年。政治家で著述家、100ドル札の肖像として有名)が書いた詩に、こういうのがあります。
Tell me and I forget. Teach me and I remember. Involve me I learn.
言われたことは、忘れる。教わったことは、覚える。参画したことは、学ぶ。
ただ言っても忘れちゃうんですよね。教えてくれたら、まぁ覚えてるかも。「Involve me」っていうのは、体と心の全部を取り込まれることになって初めて学ぶということなんですよ。私は、日本の英語教育にはそれがあまりにもなかったと思います。良い演技はまさにそこなんですね。理屈で考えてこういう役になろうとかっていうのは全然良い演技にならないんですよ。
本当に自分としてやらないと、見ている側には信じられないんですよね。そして、演技と英語教育はすごく似ています。そこで、後にUPS(編注:ユナイテッド・パフォーマーズ・スタジオ。俳優養成所「UPS=アップス」を運営する)っていうのを作ったの。
たとえば藤田朋子とか、彼女は英語を習いたくてずっとMLSに来ていたんですけど、本格的に役者になりたいということで、今のUPSを作ったんです。最初はモデルプロダクションだった。中村雅俊さんとか別所哲也くんとか川平慈英とかが卒業しているんですけど、彼らは外国に住んでないけど、本当に英語ができるようになったんですよね。
もともとは英語を喋れない俳優の皆さんを発掘し、国際舞台でも活躍できるように育ててこられたわけですが、その仕掛け人の立場から見て、日本のビジネスパーソンが今後世界に出て行って活躍するためには、何を大切にしていくべきだと思いますか?
奈良橋:まずは、日本を知るというのが一つ大事だと思うんですよね。今、けっこう外国人はインターネット経由で日本のことをたくさん知っていますから。自分の国のことが分からなくて、海外へ行って聞かされて、初めて「えー?」っていうことはたくさんあると思うんです。日本では目の前にあるから分かんない。
後はやっぱり言語。言語が話せないとダメなので、話すのはどうやって話すかというと、行動で、たとえば一定の期間を全部(日本語を使わず)英語でやるとかがいいと思うんです。必然的に喋るようになりますよね。
理屈で何かやろうとするんじゃなくて、自分というものをちゃんと持っていて、自分の意見というものがあって、で、外国へ行くというのがいいと思います。絶えず問われると思うんです。「あなたはどう思う?」とか。
ICUでも見たんですけど、講義が終わって外国人の先生が「質問ありますか?」って聞くと、外国人は手を挙げるけど日本人は誰も手を挙げない。それは、意見がないとか質問がないとかいうんじゃなくて、恥ずかしいとか、失敗して変な質問しちゃったらやばいとか、そういう意識が根底にありますね。
そこは、やっぱり出て行かないといけないと思うんですよね。目的をはっきりさせて行くといいんじゃないですかね。若い人たちでなんとなく憧れて、海外へ行っちゃったというのもあるんですけど、具体的にビジネスの場合はこれを発見したい、調べたい、これを獲得したい、何か具体的なプランがあって、それを目指して。
役者も同じことをやるんです。自分の役はこういう目的を果たそうとしている。それに対して無我夢中でやるわけです。それで初めて、うわー素敵!とか、感動を与えられるようになるんです。だからビジネスパーソンも、自分のやることを決めてから外国へ行くといいんじゃないかなと思います。今は Zoomで世界が狭くなっているから、ZoomでもOKだと思うんですけど、意見を問われたら、はっきり答えられるのが大事じゃないですかね。
(後編に続く)
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