- インタビュー
2022年09月09日
KDDI が Google Cloud と協力、「XR マネキン」が生まれた背景を探る
環境負荷の削減や循環型社会の形成が求められる中、アパレル業界はこの30年で市場規模は3分の2にまで縮小する一方、商品の供給量は2倍に拡大し、大量消費・大量生産の構造から脱却できないでいる。
こうした問題に対し、デジタルの力を使って解決に寄与することが期待されているのが、KDDI が Google Cloud の Immersive Stream for XR を活用して開発、2022年5月に発表した「アパレル販売向け高精細 XR マネキン」だ。また、2022年9月7日に島精機製作所とKDDIで、島精機のアパレル業界向けデザインソフトウェア「APEXFiz (エイペックスフィズ)」とKDDIのXR技術を連携させた販促パッケージ「XRマネキン for APEXFiz」の提供を開始すると発表した。
通信会社である KDDI がなぜ自らアパレル業界の問題解決を図ろうとしているのか。また、このテーマに取り組むことになった背景は何か。サービス開発を担当した、KDDI サービス統括本部 5G・xR サービス企画開発部の藤倉皓平氏と下桐希氏に話を聞いた。
アパレル販売向けのソリューションとして、マルチデバイスの高精細XRマネキンを発表されました。この取り組みに至った背景を教えていただけますか?
藤倉:Google Cloudさんとは1年以上前から、今回技術で使わせていただいた「Immersive Stream for XR」を、当部のXRや5Gと組み合わせるとどんなことができるかをディスカッションしてきました。
同じタイミングで、当部で2021年9月ぐらいからアパレルへの取り組みも開始していました。Googleさんから、5月に行われる「Google I/O」という大きなイベントの中の1つの実例として、Immersive Streamを使ったアパレル向けへの提案を出せないかと打診をいただきました。
当社としても、クラウドレンダリングを使って服を高精細にグルグル回すといったことが実現できるのであれば、という形で連携させていただいて、5月にリリースさせていただく流れになった次第です。
下桐:Google I/Oに向けてっていうのもあるんですけど、時系列で言うと、1年ぐらい前からGoogleさんだけではなく、いろんなプロジェクトで実験はしていて、スタートアップも含め、いろんなプロダクトとかサービスを継続的にトライしていました。ある程度の実績が溜まってきたことや、そういうお声がけをいただいたこともあり、実現まで至りました。
2020年には、Facebook Japanさんと、XR技術を活用した「フューチャーポップアップストア」を展開されていますね。今回のGoogleさんとの取り組みは、この流れを組んだものなのでしょうか?
アパレル販売向け高精細 XR マネキンの開発を担当した藤倉皓平氏(左)、下桐希氏(右)
下桐:Facebookさんもグローバルの企業で、Googleさんと共通していたのは、クリエイターとかデベロッパー向けにプラットフォームを提供していた点です。Facebookさんとフューチャーポップアップストアを考えていた時期はちょうど InstagramのARフィルターが出したころで、彼らが日本側でもその活用を推進している動きがありました。
KDDI 側も同じようにARのいろんな技術をやっている流れの中で、考えるところが合致し、前回もショッピング体験の未来の形はどういうのだろうね?みたいなところでタイミングが合ったので一緒にやりました。そういう意味では、今回の件とちょっと近いですね。
今回アパレルに注目されたのは、今、お話していただいたような、小売体験のデジタル化みたいな文脈が背景にあるのでしょうか?
藤倉:私は2020年9月に KDDI に入社したんですが、実は前々職でアパレル系関連の機械メーカーにいまして。アパレル業界はある意味 DX が遅れているところがあるんです。もっと企画の段階で効率化できる部分があったり、今は実際に本物のサンプルを3回か4回ぐらい作ってやっと量産に至るみたいな形で、そこに至るまでのサンプルは全部廃棄されてしまうとか。
販売においても、ちょうどコロナ禍だった時期もあって、自宅にいてもお客様にとって本当に欲しいものが購入できるようなサービスって何があるかなと考えた時に、XR を使うとアパレルの DX もより加速できるんじゃないかという思いがありました。もう入社した時から結構アパレルに関することを進めていたんですよね。
KDDIとして、アパレル事業 × DX の文脈で、どういう構想の中で、XR マネキンに至ったのでしょうか?
藤倉:まず最初に取り組み始めた時は5G・xRサービス企画開発部で「au VISION STUDIO」というクリエイティブチームを立ち上げました。au VISION STUDIOのミッションは、3年後とか5年後の未来を見据えて、テクノロジーやアイデアを使って社会課題を解決していくということを挙げています。その中にサステナブルなモノづくりやショッピングを実現するというのがあって、そのテーマのひとつとしてアパレルに取り組ませていただきました。
また当社全体としては、サテライトグロース戦略に DX(デジタルトランスフォーメーション)や LX(ライフトランスフォーメーション)という項目があるんですが、消費者体験をよりリッチにする、豊かにするという点で、まさにアパレルも衣食住の一つなので重要な要素、欠かせない要素でもあります。
先ほども申し上げたようにお客様により安心して服を購入していただきつつ、サステナブルにも貢献できる点を推進できるんじゃないかという文脈もあって、 XR マネキンをリリースしました。プロジェクトが始まった当初は、サステナブルという文脈が強かったですね。
プロジェクトには、服飾専門学校の生徒さんに対する、DX 教育支援といった側面もあると伺っています。詳しく教えてもらえますか?
2022年1月、ベルエポック美容専門学校で実施したワークショップ
藤倉:アパレル業界にDXやバーチャルが取り入れられたのって本当につい最近で、1年前とかなんですね。その頃からどんどん技術が進んでいっていますけど、まだ全然アパレル業界自体にはそういった DX 人材っていないんですよ。
バーチャルを浸透させていく上ではデジタル型紙というものが重要で、これはアナログのカタログをデジタル化したものを使って 3DCG を作って、それをXRで表示できるんですけども、まだまだそこまでに至っていない。
今後 DX 人材をどんどん育てていく必要があるという意味では、まさに服飾専門学校の学生さんに、そういったことができるんだよという未来はお伝えしていく必要があるなというのがありました。
2021年11月に、「SOCIAL INNOVATION WEEK 2021」というイベントがあって、バーチャル渋谷とかにも関わっている渋谷未来デザインという会社さんと au VISION STUDIO が組んで、渋谷からファッションのモノづくりをどんどん DX 化して発信しようというプロジェクト「Fashion meets Technology in SHIBUYA」を立ち上げました。
その一環として、まずは渋谷区の服飾専門学校の学生さんが企画・デザインした 3DCG を使って、例えば 「XR Door」というサービスがあるんですけど、原宿の竹下通り前みたいな普通だったら展示できないところでも展示できるとか、バーチャルを使えばいつでもどこでも誰でも展示の体験ができるとかを知っていただくのと、バーチャルを使うとサステナブルに繋がる、ということを実感していただくための取り組みを行いました。
au XR Door
XR マネキンはどのようなサービスですか?
藤倉:高精細な 3D のモデルを、サイネージやタブレットやスマホなどあらゆるデバイスで、回したりしながら商品イメージを掴んでいただき、お客様が安心してご購入いただけるサービスです。今回それを実現するに当たって Google Cloud さんの Immersive Stream for XR というクラウドストリーミングのサービスを活用し、普通のスマートフォンとかの処理ではできないような高精細な映像ビジュアルを確認できるようにしたサービスになっています。
これを作った背景には、2つの課題がありました。
まず1つは、例えば、地方の狭いアパレル店舗さんだと、店舗に全商品を置けないため販売機会ロスが生じていました。都内の旗艦店だったら売れるのに、地方だと売れないということがありました。そういった時に、高精細な映像が映るもの、例えばサイネージを置く。お客さんが来た時に、まるで本物が目の前にあるかのように回して、裏とかも拡大しながら確認できるので、販売機会のロスにならないし、そこから購入に繋がっていくんじゃないか。そこを解決したかったです。
2つ目は、より本物のように見えると、お客様が安心して「あ、これ失敗しないな」と購入に繋がる。この XR マネキンの機能の1つに、AR で現実空間に合わせてスマートフォンなどに実物大のモデルを表示する機能があります。回り込んで、どういったものか見ることができるんです。その際に周りの環境を反映して、屋内だったら屋内の見え方、屋外だったら屋外の見え方にすることができる。本当に目の前にあるかのように、サイズ感も確認できるし、販売に繋がりますよ、みたいなところを実現したかったんです。
それをクラウドレンダリングの力を使って、5Gだったらグリグリ回した時に遅延なく動いたり、5G ならではの高精細な映像で見られるみたいなところを今回の XR マネキンで実現しました。
今回パートナーとして一緒に取り組んでくださった、ファッション産業のDXを推進する株式会社TFL / 株式会社FMB代表の市川さんにも以下コメントを頂いています。
(株)TFLは「東京ファッションテクノロジーラボ」という社会人向けファッションテック・専門スクールを運営しており「人」からファッション産業のDXを推進することをミッションにした法人です。
特に、ファッション産業のサプライチェーンの変革の中心となりうる「ファッション3DCG」を製作できる人材育成を強化しており、育成した人材が活躍できる3DCG制作プロダクションである(株)FMBを子会社として設立し、ファッション企業に向け総合的なDXを展開しています。
FMBでは通信端末型の大型タッチパネル式の大型サイネージにミラー処理をして、インタラクティブなコンシューマー向け店頭サービスツールとしてアパレルショップに大型サイネージ展開を始めています。
このような中、KDDIの5G通信を使った既存産業課題解決のベクトルとFMBのミッションが重なり合い、KDDIがプロデュースするバーチャルヒューマン「coh」とのプロジェクトや、Googleとのクラウドレンダリングサービス 「イマーシブエッジ」のプロジェクトが、大型サイネージの新しいビジネスとしてアパレルに紹介・提案・展開されました。
このTFL、FMBおよびKDDIの連携は、5G通信の広がりと共にファッション産業のDXを加速させ、世界のファッション産業が抱える「在庫問題」「環境問題」「労働問題」を根本的に解決し、環境負荷の大きなファッション産業を持続可能な産業に変革させ、世界中に素晴らしいライフスタイルを広げることにつながると確信しています。
株式会社TFL 代表取締役/株式会社FMB 代表取締役CEO 市川雄司
今後、アパレル DX として、どのような展望がありますか?
藤倉:企画デザイン段階でのDXというところから、今回のような販売とか流通におけるDXと色々やってきて、その辺りのアップデートをどんどんしていこうと思います。最終的には受注生産、例えばバーチャルで見て確認できたものを、「あ、これ欲しいなあ」とポチッと押したら受注生産されてそのまま届くみたいな、そういった流れまでやると、まさに資源をムダにせずに、お客様の欲しい物がすぐに出てくる世界を実現できます。
さらに、お客様の体型に合ったものが出てくるとよりマス・カスタマイゼーションできる。そこまで行けると、本当に人それぞれにとって最適なものが買える時代が来るみたいな。そこにはいつ辿り着けるか分かりませんが、そういった意味だと企画から販売・生産まで、サプライチェーン全体を DX 化してみんながハッピーになり、環境に優しく、人にも優しい世界を実現することが最終目標ですね。
下桐:廃棄の問題を解決することがメインではなくて、それは当然副次的にやっていくんですけど、まず第一にはユーザの方が抱えている課題をいかに解決するかというのがポイントです。ユーザには2種類あり、いわゆるメーカーさんという意味でのユーザ(business)と、もう一つは自分も含めて一般の消費者、生活者の方々(consumer)の課題があります。
消費者の課題としては、先ほど藤倉さんから話があった通り、店頭在庫の問題があります。僕は逆にアパレル業界だったわけじゃないので、今回の取り組みですごく気づかされたんですが、アパレルは SKU 数がすごく多い。どういうことかと言うと、洋服の型が例えば2型とか3型とか、たった数型しかなかったとしても、それに色とサイズが掛け合わせになるので、実際の商品の種類で行くと何百って種類になるんですよね。お店にそれを並べていく時に、ぴったり予測して、この色のこのサイズを着る人が何人来るであろうって予測することはほぼ不可能なんで、どうしても欠品が出るんです。
欠品が出た時に、じゃあそれを全部補填していこうとすると今度は余剰が出ちゃう。そこがなかなか難しい業界なんだということを、なるほどなと思ったんです。たぶん皆さん経験があると思いますけど、欠品していると、自分が欲しいデザインがあったのにサイズがないということになるんで、ユーザとしては「くそー!」って気分になる。かと言って、それを EC で買うかというとそこまで気が回らなかったり、EC だけで買おうとすると難しかったりする。よりリアルに、実際に目の前にあったらどう見えるのか、サイズ感がどうなのかっていうところも含めて確認してからじゃないと買えないというところが課題でした。
先ほど話があった通り、そこを技術でいかにリアルに見せ、安心して買えるようにするか。こういうところで技術と課題がマッチしたので、ここが解決されるとお客様が商品を買う時に「なかった!」で終わりじゃなくて、WEBにはあるのねとか、オンラインでもこれだったら買えるねとかっていう風にきちんと安心できるような形が作れる。それが広がっていくと、結果としてエコにもなっているという形があるかなと思います。
2つ目に、メーカーさんも特にグローバルに展開されているようなチェーンだと、デザインを企画してからそれを世界各国へ共有して受注をとったりしていくんですけど、世界中に拠点があると、実際にサンプルを作って送ることはできなくはないですけど難しいですし、写真で送るとよく分からない。ここが今回の技術を使うと、実際に現物を送らなくてもデザインをかなり忠実に再現することができるので、そこでリードタイムがなくなってくる。商品を店頭に供給できるリードタイムが少なくなって、結果として旬なデザインを早く提供できるようになる。大きなポイントはこの2つになります。
今回いろんな課題とか技術を通じて、そういうことができるんだって分かったんで、今後の動きとしては、そういうことができるんだというのを伝えていって、それが広がっていくと一般ユーザーとしてもすごく便利になりますし、広げていけるといいなと思っています。