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2024年12月12日

急成長する宇宙産業のチャンスはどこにーー「UchuBiz」編集長が語る日本企業の挑戦

宇宙産業は今、大きな転換期を迎えています。SpaceXのイーロン・マスク氏やBlue Originを立ち上げたジェフ・ベゾス氏といったIT業界の巨人たちの参入により、マネタイズの手法に革新が起こり、これまで政府主導だった領域が急速に民間に開放されつつあります。


本稿では、元CNET Japan編集長で、2023年から宇宙ビジネスメディア「UchuBiz」の編集長として活躍する藤井涼氏に世界の宇宙ビジネスの最新トレンドと、日本企業の具体的な取り組みを紹介しながら、今後の展望と参入機会について解説していただきました。


世界の宇宙ビジネストレンド

まず、宇宙とはどこからを指すのでしょうか?

一般的には地上100キロメートル付近から宇宙と呼ばれており、現在、国際宇宙ステーション(ISS)は地上約400キロメートルを周回しており、月までは約38万キロメートルの距離があります。この広大な空間で、今、ビジネスの大変革が起きています。

世界の宇宙ビジネスを特徴づける最も重要な動きは、IT業界からの新規参入です。特にイーロン・マスク氏とジェフ・ベゾス氏の存在は業界に大きな変革をもたらしています。彼らは日本企業の時価総額に匹敵する、あるいはそれを上回る莫大な個人資産を投じ、従来の宇宙開発の常識を覆す革新的なアプローチを実現しているのです。

注目したいのは彼らがもたらしたマネタイズ手法の革新です。従来のロケット事業は、使い捨てを前提とした高コストな事業モデルで、ロケットは燃料タンクを積んで打ち上げ、使用後は海に切り離して廃棄するという方式が一般的でした。しかし、SpaceXはロケットの再利用を実現し、打ち上げコストを大幅に削減することに成功しています。

実際、同社は画期的な成果を上げています。ロケットを陸地に帰還させる技術を確立し、さらには最近では地面に着陸させることなく、アームでキャッチする新技術の実証にも成功しています。この結果、人工衛星の打ち上げ市場では、SpaceXが事実上の独占状態となっています。

また、米中の宇宙開発競争も激化しています。かつてはアメリカとロシアの二大勢力でしたが、今や中国が台頭し、国家予算を潤沢に投入して年間70回程度のロケット打ち上げを実施するまでに至っています。月探査計画においても、中国とロシアが連携を深め、独自の勢力圏を形成しつつあります。例えば中国は3年ほど前から独自の宇宙ステーションの運営を開始し、ISSでは考えられないような大胆な実験、例えばろうそくにマッチで火をつけるような実験まで行っています。

さらに、ISSの今後も重要な転換点となっています。ISSは今後5年程度で退役する予定で、その後は民間企業が低軌道での活動を担う時代へと移行します。政府機関は月や火星といった、より遠方への探査に注力することになるのです。モルガン・スタンレーの予測によると、15年後には宇宙産業の市場規模は現在の2.5倍に達するとされています。

この成長を牽引するのが、宇宙空間利用の民主化です。特に注目されているのは、微小重力環境を活用した新素材開発です。金属、鉱物、ガラスなどを静電気で制御し、2,000度という高温環境で、地上では実現できない製造プロセスや実験が可能となります。これにより、産業界に大きな革新をもたらすことが期待されています。

また、月の資源利用も将来の重要な事業領域として注目されています。月には約60億トンの水が存在すると言われており、これを月から火星へ行くための燃料として使える月面中継基地の建設や、さらなる深宇宙探査の燃料として利用することが検討されています。すでに建設会社やインフラ関連企業が、この分野への参入を検討し始めています。

こうした宇宙産業の基盤整備は、かつてのインターネットインフラの整備期に似た状況にあります。インフラが整備されることで、より多くの企業の参入が可能となり、新たなビジネスチャンスが生まれることが期待されています。スマートフォンの普及によってTikTokやYouTubeが一般化したように、宇宙ビジネスも今後、急速な発展を遂げる可能性を秘めています。

日本の宇宙産業の現状

では、こうしたグローバルの動きに対して日本はどうでしょうか。

日本の宇宙産業は、2024年が転換点となる「熱い年」を迎えています。世界の宇宙産業では軍事利用が一つの柱となっており、アメリカは7兆円規模の予算を投じています。一方、日本では研究開発が軸となっており、その結果として世界的な競争では一歩出遅れる可能性が指摘されています。

これまでにもJAXA(宇宙航空研究開発機構)は研究開発機関として多くの実績を積み重ねてきました。ただし、突然の商業化への転換は容易ではありません。そこで政府は、様々な補助金を民間企業に提供し、国産化や官民連携を推進しています。

特に注目すべきは民間投資の活発化です。2024年夏から始まったJAXA基金には、民間から55%の応募があり、そのうち4分の1がスタートアップ企業からの応募でした。また、39都道府県から応募があり、非宇宙業界からの参入が40%を占めるなど、幅広い分野からの関心が集まっています。さらに、政府は「SBIR(Small Business Innovation Research)」制度を導入し、衛星開発やロケット開発に必要な数百億円規模の資金の一部を前払いで支援する仕組みを整備しています。

技術開発面では、基幹ロケットH3や小型ロケットの開発が進んでいます。また、2024年1月には月探査機の「SLIMが世界で5カ国目の月面着陸に成功するなど、日本の宇宙開発能力は着実に向上しています。ただし、課題もまだ残されており、2024年11月には2年連続で小型ロケットの燃焼試験で爆発事故が発生するなど、技術的な挑戦は続いています。

スタートアップ企業の活躍も目覚ましいものがあります。2023年4月には月探査を目指すispaceが日本の宇宙ベンチャーとして初めて上場を果たし、その後も続々と新興企業の上場が続いています。2024年12月には新たに小型SAR衛星「StriX」開発のSynspectiveの上場も予定されており、企業投資やベンチャーキャピタルからの投資も期待されています。

アジアの中での日本の位置づけを見ると、興味深い特徴が浮かび上がります。SPACETIDEのデータによれば、2024年前半の時点で、日本はアジアで最も宇宙関連スタートアップが多い国となっています。米国が500社弱であるのに比べると規模は小さいものの、衛星データ、重力探査、輸送インフラ、軌道上サービスなど、バランスの取れた企業分布が特徴となっています。これは、特定分野に偏りがちな他のアジア諸国とは異なる日本の強みといえるでしょう。

資金調達の面では、500億円以上の大型調達を実現する企業も現れており、ispaceなど日本企業も着実にグローバルで組織を拡大しています。このように日本の宇宙産業は、政府支援の整備、技術開発の進展、スタートアップの台頭という三つの観点から、着実な発展を遂げています。特にスタートアップ企業の多様性は、今後の産業発展における重要な基盤となることが期待されます。

日本企業の宇宙ビジネス事例

講演の様子

日本の大手企業からベンチャー企業まで、様々な業種の企業が独自の強みを活かして宇宙ビジネスに参入しています。ここでは、業種別に具体的な取り組み事例を紹介していきます。

製造業では、東洋製罐グループが月の砂(レゴリス)を活用したガラス製造の研究や、ダンボールハウスを使用した宇宙生活環境の検証を行っています。建設業界からは清水建設が参入しており、実は40年にわたって宇宙事業を継続してきました。

旅行業界では、日本旅行が宇宙事業に参入しています。単なる宇宙旅行ツアーの企画にとどまらず、将来を見据えた教育分野にも力を入れています。さらに、宇宙ロケットベンチャー「将来宇宙輸送システム」との宇宙旅行事業における連携を今年に発表しています。物流分野では、日本郵船が独自の取り組みを展開しています。特筆すべきは、社内ビジネスコンテストにおける海外チームによる宇宙事業提案が採用され、中期経営計画にも組み込まれた点です。同社は多数の船舶を保有しており、これを活用した洋上打ち上げや回収事業を計画しています。

保険業界では、三井住友海上が積極的な展開を見せています。同社は宇宙関連イベントで常に大規模なブースを出展し、スポンサーシップも積極的に行っています。特に、ispaceと共同で世界初となる月面活動保険を開発するなど、先進的な取り組みを行っています。

玩具・エンターテインメント分野では、タカラトミーが注目を集めています。同社はトランスフォーマーの変形技術を応用したロボット「SORA-Q」を開発し、2024年1月には月面での撮影に成功しました。さらに、グループ会社のタカラトミーアーツは、宇宙をテーマにしたアニメコンテンツの制作も手がけています。現代の子どもたちの間で宇宙アニメの人気が低下している状況を危惧し、未来の宇宙産業の人材育成も視野に入れた取り組みを行っています。

衛星サービスでは、ソニーが人工衛星「STAR SPHERE」による撮影データを一般ユーザーでも簡単に入手できるシステムを構築し、宇宙技術の民主化に貢献しています。ただし、制御系の問題により、2024年度での事業終了が予定されています。

日用品メーカーも宇宙ビジネスに積極的です。久光製薬は宇宙空間での物の紛失を防ぐ粘着シートを開発しています。ワコールは宇宙用の靴下を開発し、におい対策や耐久性の向上に取り組んでいます。スノーピーク×シタテルは宇宙でも快適に過ごせるリラックスウェアの開発を進め、花王は水なしで使用できるシートを開発しています。ライオンは水が不要のハミガキを開発し、マンダムは宇宙でも使えるボディシートを手がけています。さらに、サイエンスは宇宙旅行者のニーズを見据え、専用のシャワーブースを開発中です。JT(日本たばこ産業)は「宇宙での暮らし」を改善する日用品を開発する企業に伴走し、そこからマウスウォッシュタブレットなどが生まれました。

飲食料品分野でも、多くの企業が宇宙食の開発に取り組んでいます。食品メーカーや自治体も宇宙食の開発に参画し、日本の食文化を宇宙に広げる取り組みを進めています。

このように、日本企業は各社の強みを活かしながら、独自の視点で宇宙ビジネスに参入しています。単なる技術開発にとどまらず、教育や人材育成、生活環境の改善など、幅広い視点から事業展開を行っている点にも注目が必要です。

宇宙ビジネスへの参入方法

宇宙ビジネスへの参入を検討する企業にとって、最初に考えるべき重要な判断があります。それは、宇宙関連製品やサービスを「作る側」になるのか、それとも衛星データやStarlinkなどの宇宙インフラを「使う側」になるのかという選択です。

参入の第一歩として障壁が低いのが、衛星データの活用から始めることです。日本発の無料SaaSプラットフォームが既に存在しており、例えば熱中症リスクの分析など、実際のデータを使って様々な実験を行うことができます。このような取り組みを通じて、宇宙データの特性や活用方法について理解を深めることができます。

業界とのネットワーク作りも重要です。例えば三井不動産が運営する会員制組織「クロスユー」があります。宇宙産業の活性化を目的とし、産官学の多様なプレイヤーが集まり、共創活動を推進する場を提供しています。こうした場所に積極的に顔を出して人脈を作ることで、新たなビジネスチャンスに繋げることができます。

政府の支援プログラムも活用できます。内閣府は毎年、宇宙ビジネスに関するビジネスコンテスト「S-Booster」を実施しており、優勝すれば1,000万円の賞金を獲得できます。このコンテストは物理的な製品の開発に限定されておらず、アイデア段階のプロジェクトでも参加が可能です。

JAXAも企業との協働を積極的に推進しています。特に宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が2018年5月に開始したプログラムで、民間企業や大学、研究機関と連携し、新たな宇宙関連事業の創出を目指すものです。 これらのプログラムへの参加は、宇宙ビジネスへの参入の足がかりとなるでしょう。

また、こうした宇宙技術開発で重要になる人材についても興味深い取り組みを実施しているスタートアップがあります。インターステラテクノロジズは、「助っ人エンジニア制度」という出向制度を設けています。これは大企業からエンジニアを受け入れ、ロケットエンジン開発のノウハウを共有する取り組みです。同社では既にトヨタグループから6名ほどの技術者が参加しており、このような人材交流を通じて、宇宙産業の裾野が広がることが期待されています。

外部講師×スタートアップによる宇宙活用セッション

宇宙活用セッションでは、外部講師と宇宙活用に関心あるスタートアップが登壇し、スタートアップによるピッチ・宇宙活用に向けたディスカッションを行うコーナーです。今回は、繰り返し再使用可能な小型ロケットを開発するOrbspace株式会社代表取締役のレンシュ・アーロン氏と、画像復元・鮮明化技術を用いた製品を展開する株式会社ロジック・アンド・デザイン代表取締役社長の佐藤公明氏にご登壇いただきました。

Orbspace株式会社 代表取締役 レンシュ・アーロン氏

何をしている会社ですか?

アーロン:Orbspaceは再使用小型有人ロケットシステムと技術を開発しています。これまで自動車や飛行機がたどったように、低価格で汎用性が極めて高いロケット「Infinity」により、「誰もが宇宙へ行ける、宇宙を利用できる」時代の実現を目指しています。また開発過程で製造される高品質でありながら低価格の部品や装置を様々な産業に提供します。

宇宙を活用して実現したいことはありますか?

アーロン:どのような宇宙活動にも必要な手段である宇宙輸送サービスを、1,000回使える再使用小型ロケットにより低価格で提供することで、ロケットや宇宙を日常生活の一部にすることです。裾野の広いロケット事業で、非宇宙の様々な産業の活性化に寄与し、日本に宇宙版シリコンバレーの創出に貢献したいと考えています。

これからの目標はありますか?

アーロン:ロケットを構成する部品や装置を開発し実証実験を行うことや、宇宙以外の様々な業種との協業やコ・ブランディング (宇宙服、インテリア、旅行、服飾など) をスタートすることです。

株式会社ロジック・アンド・デザイン 代表取締役社長 佐藤公明氏

何をしている会社ですか?

佐藤:画像鮮明化&復元高解像度化アルゴリズム開発及び同技術搭載機器・ソフトウエア・システム等の開発販売。証拠資料としても提出可能な非AI処理により“より視える化”を実現、医療、防災、防犯・監視、防衛、FA検査、ドラレコ・車載、ドローン、エンタメ等幅広い分野でビジネスを展開しています。今後は深海や宇宙へと領域を広げ世の中から視えない世界を無くします。

宇宙を活用して実現したいことはありますか?

佐藤:ロケット打上げ時の周辺状況の“より視える化”、宇宙のごみ探索のための可視化、衛星画像の鮮明化及び低解像度の衛星写真の復元高解像度化、夜間での地球及び天体観測のより視える化、究極は“鮮明化”のために衛星を打上げ、気象情報等“より視える化”された画像提供により防災等への活用を担いたいです。

これからの目標はありますか?

佐藤:「望遠鏡でも眼視では見えない天体や大気の影響で揺らぐ惑星などをリアルタイムで見るシステム開発」「スマホを使って街中の公園などでも手軽に星空の撮影ができるアプリ開発」「MRデバイスを装着し、屋外で空を見上げることで現実の空にプラネタリウムの星空を投影するシステム開発」をMUGENLABO UNIVERSE参加者と進めたいです。

最後に

多くの人々にとって宇宙はまだ遠い存在かもしれません。そのため、メディアや教育機関は、宇宙ビジネスの可能性や魅力を継続的に発信していく必要があります。また、参入を検討する企業も、段階的なアプローチを取ることが賢明でしょう。まずは既存の宇宙データやサービスを活用することから始め、徐々に事業領域を広げていくという戦略が有効かもしれません。

このように、宇宙ビジネスへの参入には様々な方法があります。重要なのは、自社の強みを活かせる領域を見極め、適切な支援プログラムやネットワークを活用しながら、着実に歩を進めていくことです。宇宙産業はまだ発展途上であり、これから参入する企業にも大きなチャンスが開かれています。

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