- インタビュー
2025年12月03日
1万人組織に生成AIをインストールする方法(後編)——年間2.4万時間削減、スタートアップとの役割分担

- KDDI株式会社
木村 塁 - 経営戦略本部 Data&AI センター長
2023年4月、ChatGPT が世界を席巻してわずか2カ月後のこと。KDDI では生成 AI 活用を全社展開する「KDDI Gen.AI CoE(KGA)」という横断組織が動き始めていた。
旗振り役を担ったのが、経営戦略本部 Data&AI センター長の木村塁氏だ。本稿では前編に続き、具体的な成果にフォーカスしてそのストーリーをお届けする。
カスタマーサポートで年間2.4万時間削減——スタートアップとの連携強化
KDDI株式会社 経営戦略本部 Data&AI センター長 木村 塁氏
2年間の取り組みで、最も大きな成果が出たのがカスタマーサポート領域だ。
LINE「au サポート」では、生成 AI が長文問い合わせを要約し、不足情報を再質問する仕組みを導入。既存と比べて約5分、約2割の時間短縮を実現した。チャットボット完結率は85%に達している。
さらに音声認識と自動評価を組み合わせた応対品質管理では、年間約2.4万時間の工数削減を達成。顧客満足度も3.6ポイント向上し84%となった。
電話で受ける部分をチャットに変え、そのチャットを AI でサポートする。チャットの裏側で目には見えづらい作業を AI に要約してまとめて報告させる。こうした積み重ねが大きな成果につながる。
この実績は社外からも注目を集めた。三菱 UFJ フィナンシャル・グループとの「協業2.0」では、KDDI が蓄積した生成 AI 活用のノウハウを提供し、三菱 UFJ 社内への実装を支援している。
ーー社内実装の知見がビジネスにつながった
木村:お客様からはやり方を教えてほしいということで、コンサルティングをしたり、Copilotの活用支援をしたり、コンタクトセンターの AI 化のノウハウを教えてほしいとか、実装も手伝ってほしいみたいな案件でビジネス化ができてきました。
大きなところだと三菱 UFJ さんとの協業2.0で、我々が進めてきた生成 AI 活用のノウハウを提供して、三菱 UFJ さんの中でインストールしてもらうという支援ができるようになっています。
社内実装と並行して、KDDI はスタートアップとの連携も強化してきた。その象徴が2024年の ELYZA のグループ化だ。社内で活用するにも、社外に提供する時の武器にするにも、LLMのモデルレイヤーに対する知見が KDDI グループにはほぼない。そこを持っているスタートアップと一緒になりたいと探していて、ELYZA に巡り合った。
ーースタートアップとの役割分担はどのようなものですか
木村:プロダクトはやっぱり集中して作らなければいけないですし、そこをきちんとやるタレントを集められるというのもスタートアップの魅力かなと思っていて、ELYZA さんにはそういったところも期待している部分があります。
ーー一方で KDDI が提供できるものは
木村:ELYZA さんから我々に対して期待してもらっている部分は、やっぱり GPU リソースのところですね。堺のデータセンターも発表させていただいてますけど、そこで GPU を置いて ELYZA さんの研究開発に使うというのは1つのコラボレーションの形です。
研究開発はすぐにお金になりづらい部分で、スタートアップ単独では投資が続かない部分がある。我々と一緒にやれば、そこがやりやすいというのは1つ魅力です。
現在、ELYZA とは企業向けカスタマイズモデルの提供や、プロダクト開発で連携。ELYZA がプロダクトを作り、KDDI が営業・デリバリーするという役割分担が明確になってきている。
コンテンツのフリーライドを防げ
もう一つ、木村氏が注力しているのがコンテンツ配信サービスだ。
今年の KDDI SUMMIT 2025 でも発表したこの取り組みは、AI サービスによるコンテンツホルダーの権利侵害という社会課題への解決策だ。
昨今、コンテンツプロバイダー、コンテンツホルダーの権利が AI サービスによって侵害され、フリーライドされているという社会問題が起きている。そこに対する解決策を提示できないかと、木村氏自身が社会課題として意識を持っていた。
仕組みはこうだ。コンテンツのデータを預かり、それを AI 技術で加工してお客さんに対してサービスを届ける。
チャット形式が一番シンプルなものだが、それ以外に NotebookLMに代表されるようなGoogle Cloud の技術を使って Podcast 形式で聞くこともできる。今月号の雑誌を Podcast 形式で聴けるようになり、全部読みたくなったら買いに行くこともできる。そこで得た対価をコンテンツプロバイダーに還元する。
ーーこのスキームにはどういう狙いが
木村:コンテンツプロバイダー、コンテンツホルダーさんの権利がフリーライドされているという社会問題に対して解決策を提示できないかと、自分自身が課題意識を持っていました。
お客さんにとっても、ハルシネーションの問題は最近だと少し薄れつつはあるもののまだ残っているので、正しい情報を明確な情報ソースからちゃんと取りたいところと、コンテンツホルダーの人も権利は守られて安心というサービスを目指したいと考えたんです。
この取り組みの背景には、KDDI がこれまで培ってきた強みがある。かつてauスマートパスのアプリ取り放題で、コンテンツホルダーとのパートナーシップを展開してきた。収益分配でコンテンツ産業を盛り上げるのは KDDI の得意とする分野だ。
木村:コンテンツホルダーさんとのパートナーシップは我々がこれまでやってきたこと、それをうまく収益分配してコンテンツ産業を盛り上げるところは我々の得意とする分野かなと思っていますので、そこでのサービス提供も力をつけていきたいです。
定量成果より大きな「意識の変化」
2年間の取り組みで、木村氏が最も大きな成果と捉えているのはこれまでに挙げてきたような定量的な効果だけではない。
やはり重要なのは組織の意識変化だ。木村氏はそこで感じた変化を次のように語る。
ーー2年間で何が一番変わりましたか
木村:定性的なところで言うと、もう我々の CoE が旗を振らなくても、各事業の中で生成 AI を活用しないと今後の事業は生き残れない、活用してコスト削減を図るのは当たり前だという意識がきちんと根付いたというのが定性的な成果です。
そこが結構やっぱり一番大きくて、自分たちの横断組織では、すべての細かいところまで自分たちがサポートすることはできないので、現場の人たちがそういう意識を持って自律的にやらないと会社は絶対変わらない。そこが根付いていったというところですね。
今後の展開について、木村氏は明確なビジョンを持っている。
それがユーザー企業からの脱却だ。これまで KDDI はデジタルに関して提供する側の側面も持っていたが、ソフトウェアエンジニアリングは外部に頼る部分が強かった。この AI 時代、技術変化の激しい時代に、外部に頼っていると方向転換がしづらい。
自分たちの中に知見をため、環境変化に合わせて取り組むべきことを柔軟に変えていく。ユーザー企業から、それを生み出す企業へ転換しなければいけない。これが木村氏の描く向こう数年のビジョンだ。
ーーこの先向こう3年とか5年で、どういうことを進めていきたいか
木村:これまでKDDIは、ユーザー企業に近い存在だったと思うんですよね、デジタルに関して。ソフトウェアエンジニアリングとかは結構外部に頼ったりするところが強かった。
この AI 時代、技術変化の激しい時代に、外部に頼っているとなかなか方向転換がしづらいので、自分たちの中に知見をためたり、環境変化に合わせて取り組むべきことを柔軟に変えていく。ユーザー企業から、それを生み出す企業へ転換しなければいけないというのが1つ大きなポイントです。
これは当社だけでなく日本の大企業の多くで、いわゆる SIer 依存みたいなところが強い部分はあると思うんですけど、 SIer というビジネスはまだまだ大きい市場だと見ています。
そこは今回 AI を入り口にできるチャンスは広がったと思いますし、グループ会社がそのポテンシャルを持っている会社はたくさんいるので、KDDI グループとして、そういうデリバリー力を高めていく、開発能力を高めていくのは、この数年間チャレンジしていきたいです。
ーー具体的にはどういう領域に注力する
木村:やっぱり意識していることは、AIエージェントです。今 AI エージェントの時代と呼ばれているけど、まだまだ全然普及はしてない。この AI エージェントを使ったようなサービスが今後数年間、主流になっていきます。
我々は自分たちで生み出すこともそうなんですけど、パートナーになってくれるようなスタートアップさんと一緒に、大企業に対してデリバリーしていく、インストールしていく。我々が持っているセキュアな環境を構築するような能力と組み合わせて一緒にやっていくのが、まず直近多いんじゃないかなと思っています。
インタビューの中で、木村氏は生成 AI 導入が副次的にもたらした効果についても語る。それがワークフロー全体の見直しだ。
もともと KDDI は旧態依然とした働き方をしていた、いわゆる JTC と呼ばれるような会社だ。この生成 AI をきっかけに DX 化を一気にスピードアップできるのではないかと木村氏は考えていた。
別に AI でなくとも SaaS で解決できることもたくさんあるため、生産性の課題をどんどん洗い出して解決するというのが、裏テーマだった。
今後取り組んでいこうとしているのが、ルールそのものの見直しだ。
KDDI の中では、どんどんルールを作り、それをシステムではなく人で運用する。結果、人の雑用が増えるということが起きていた。様々なワークフローのチェック項目など、いろんなサブルールが追加されていく。それを負担として受けるのが全社員だ。
ーー生成 AI をきっかけに、どのような変革が実現できそうですか
木村:今後取り組んでいこうとしているのは、ルールそのものを見直したり、ルールを作ると全社に対してこれぐらい工数が新たに発生するんだから、そこは簡単に作るんじゃなくて生成 AI でそこをサポートするようにしましょうとか。
ルールと AI でのサポートをセットに変えていきましょうみたいな取り組みを、まさにこれから始めようとしているところです。そういったルールのところに手を入れられるチャンスかなと思ったりします。
ChatGPT 登場から2年。こうやって木村氏と振り返ると、生成 AI は1万人規模の企業がまさに「働き方を変える」きっかけとして機能していたことがよく理解できる。
当然ながら簡単なことではない。
成功要因は、トップのコミットメント、全社を巻き込む仕組み、現場との対話、そしてスタートアップや外部との適切な役割分担にあることも見えてきた。
特に「今できることの範囲で最適解を見出す」という姿勢は、完璧を求めて動けなくなりがちな大企業にとって重要な示唆ではないだろうか。
AI エージェントがバズワードになるかどうかは、かつてのインターネット、スマートフォンシフトの時を思い返せば自ずから答えは導き出せるだろう。次の5年で実現する世界に向けて、KDDI はスタートアップと共に新たな挑戦を続けている。
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