- インタビュー
2022年01月21日
自分の持っているものを大事にする。確信を持てたら行動する。ーーキャスティングディレクター・奈良橋陽子さん(後編)
- キャスティングディレクター
奈良橋 陽子
日本の共創・オープンイノベーションに関わるキーマンの言葉を紡ぐシリーズ、今回はキャスティングディレクターの奈良橋陽子さんに登場いただきます。
ハリウッドやブロードウェイを目指す日本のエンターテイナーは随分と増えてきました。映画の世界では、監督に対して日本人俳優の配役をサポートするのがキャスティングディレクターの役目ですが、「ヒマラヤ杉に降る雪」「ラストサムライ」「SAYURI」「バベル」といった作品で、奈良橋さんの助けを借りて、さまざまな日本人俳優たちが世界のエンタメ業界へと進出していきました。
とかく内需が大きいため、油断していると、日本国内の市場に閉じた活動に終始してしまうのは、俳優の世界も起業家の世界も同じ。グローバルなスタートアップを育てるには、まずは自分が世界に受け入れてもらわなければならないのですが、奈良橋さんが数十年以上にわたって俳優、アーティスト、子供たちに教えてきたことには、起業家にとっても大きなヒントが隠されているように思います。
本稿では前後半にわたり、奈良橋さんのグローバルなコミュニケーションに対する考え方、ひいては、世界で活躍出来る日本人を生み出すための提言などを伺いました。(文中太字の質問は全てMUGENLABO Magazine 編集部、回答は奈良橋氏、文中敬称略)
俳優が選ばれる理由は、英語が喋れるかどうかではない
ハリウッドのオーディションに受かる日本人俳優は、英語が喋れる・喋れないは関係なく、自分の意見を言えるかどうかで決まるものなんでしょうか?
奈良橋:まさに今もやっているところなんですけど、日本だけのことを考えると、なんて視野が狭いのかなと思います。日本は世界の一部だし、人間として、ヒューマンビーイングとして、世界人として、責任があると思うんです。日本はこれでいいというのじゃなくて、もっと広い視野で考えて通用するように、先方ももっと理解する、日本のことを理解してもらうっていう、お互い両方の行動をもっと積極的にやらないといけないと思うんですね。
私自身も経験して良くないと思うのが、ビジネスの中で何か具体的に聞かれた時に「うーん」で返しちゃうんですよね。なぜかって聞いたら、「自分は責任を取れない」「自分には答えられない」「だって上司がいるから」とか「上司に聞かないと分かんない」からって言うんです。つまり責任を取りたくない。怖いので曖昧な答えで返すんです。
そこで長引くでしょ?そしたら先方は、なんか良い感じだったんだけど、「どうなったのかな?」「え、ダメなの?」って落胆する。待って待って、ようやく答えが返ってきて「ダメです」みたいなのがあると、嘘つきみたいに見えちゃうんですよね。そんな時は「いついつまでに、上司と話をして決めてお返事します」とかはっきりしないと進まないと思うんですね。
あと、すごく感じるのは何かやろうとした時にビビらないでほしい(笑。挑戦に対して勇気を持ってやる。いろんなものに教育や上司や世間体、いろんなことがあって縛られちゃう日本人がいると思うんですけど、改革をしていくためには大胆に、価値観も踏まえてやらなくちゃいけないんだっていう時に、みんな潰れていっちゃうんですよね。
今のキャスティングの仕事をしていたり、業界を見ていたりすると、すごくそう思うことがあります。私はラッキーなのは、外国とやっていけるでしょ。今もやっていることですけど、私がいろいろ紹介しても監督は誰が有名とか分かんないんですよ。「この人は良い、この人はこの役に合っている。」「じゃあやっていきましょう」ということになるわけです。
だけど今の日本は、有名で視聴率が取れるからこの人を使って何か作ろうかみたいな。逆のアプローチじゃないですか? 作っていく、新しく開拓していくためには、すごく良い企画があって、その企画に応じてどういう役者がいいかを探す、ということではないでしょうか。
たとえば『ラストサムライ』の時、あの当時、渡辺さん(渡辺謙氏)は、NHKには立派に出ていたんですけど、そんなに映画の主演では出ていなかった。だけど、彼がスター性を持っていたからすぐノミネートされちゃったんですよね。
渡辺さんは、最初に監督(エドワード・ズウィック氏)に紹介したんです、監督が飛行機から降りて、京都に着いたそのホテルで紹介したんだけど、時差とか色々あったからか、監督はどうやらそのことを忘れていた様子で、最後に「(いいキャストが)いないじゃないか!」みたいなことを言われ、もう一回会ってくれませんかとお願いし決まったんですよ。
たとえば『バベル』の場合は、100人くらい大勢の女性のオーディションをやったんですけど、凛子さん(菊地凛子さん)は飛び抜けて自分というものを持っていた。でも彼女は全然有名じゃなかった。なので、日本の作品だったら知られていないからダメって言われてたと思うんですね。
だけどアメリカだったから、そこで彼女も一気にノミネートされて、今はアメリカのトップのエージェントがついてるんです。そのトップのエージェントは、ケイト・ウィンスレットとか、ナオミ・ハリスとか、ケイト・ブランシェットとかのマネージメントをやっています。だから、アメリカでは、「あっこの人だ!」と思ったら有名かどうかは関係ないんですよ。売れてるか売れてないは関係ない。この人だと思ったらそこにポンと行っちゃうんですよね。
作品とキャストの組み合わせがどう面白くなるかは、奈良橋さんがキャスティングされる段階で確信を持てるものですか? スタートアップが持つ技術と大企業の課題のマッチングの場合は、うまく行くものもあるが、失敗するものがほとんどと言われています。
奈良橋:一番最初に「あ、これをやるなら、この方かな」と思ったのは大当たりなんですよ。やはり国際的に通用するような演技の仕方の方じゃないとなかなか難しい。たとえば、演技っていうのは自分を離れて見せるもんだと思っちゃうと、ちょっと違うと思うんです。リアリティは非常に大事な部分だけど、それがビジネスパーソンと通じる部分だと思う。
自分の持っているものを大事にするっていうこと。このベンチャーはどうかなっていう時に、いろいろ調べていたら、自分の感覚、自分の中で「これ!」と思ったらそこに賭けていく勇気を持っていいんじゃないかな。そういう感性を小さいところからでも少しずつ磨いていく。その時に勇気が必要ですよね。失敗しちゃったなっていうのは絶対にあると思うんですけど、ここはやっぱりこれだよ!と思った時、確信を持って行動する。一種の賭けですよね。
私の場合は、そればっかし(笑。安全牌はなかなかないですよ。いつも凝り固まりたくないので、いつも違うアイデアとか、「え?」っていうの、私はすごく好きです。Always something new. 枠を破っていくっていうのが好きなんですよ。みんながやっているんだったらつまんない。
奈良橋さんが代表を務める「アップスアカデミー」
NetFlix や Amazon Prime など、今までと全然違う作品の作られ方が出てきてますね。製作委員会の形ではなく、1社の単独の意思でシナリオを制作したり、巨額の制作費を投じられたりします。また、日本で作られた作品が全世界に一気に配信されるようにもなりました。今後どういう変化が起きるでしょう?
奈良橋:日本自体の良さというものは素晴らしいと思います。アメリカと比べたら何千の歴史じゃないですか。日本が培ったグルメからいろんなセンスって素晴らしいと思うんですよ。今、いろんなものを日本で撮影したいというのもすごく出てきているんです。(外国の方は)日本に対しての興味は絶対にあるんです。
同時に、島国だからこそ改革していかないといけない部分もある。アートやコミュニケーションっていうのはインターナショナルなので、日本だけで済むものじゃない。なので、大胆になる、挑戦する、もっとはっきり言うということがコミュニケーションを広げていく上で必要だと思います。
たとえば、韓国はすごく政府が応援して、10年も15年も前から若い人たちを送り込んで来てるんですよ。映画もできている。BLACKPINKとかすごいじゃないですか?国際的になってて。で、BLACKPINKを一遍見るとセンスが分かるんです。日本はそれを理解しないといけないと思う。どういうことを日本から送り出すのかというのを考えていく必要があると思います。
ハリウッドから見れば、日本もいろいろある選択肢の一つだと思うんですけど、日本人のこういうところが良いから選ばれるっていうケースはありますか?
奈良橋:信用できる。きちんとしてる。そういうのは非常にあると思います。たとえば、『ラストサムライ』で、エキストラの方が大勢出てるじゃないですか。エキストラの人たちは、まるで整理整頓できない。衣裳の人たちが言うんですよ、日本人の役者さんと仕事して、「私たちは贅沢だった」って(編注:くだんのラストサムライのロケは、ニュージーランドで行われた)。
「日本人のキャストと関わり合って衣裳をできたから。皆さん本当にいい人たちで、親切で、きちんとしてる」って。日本がなんでこんなに綺麗な国なのか。そういうところはすごく、素晴らしいじゃないですか。躾をされているんですよね。
アメリカは弁護士の世界ですよ。弁護士が一番儲かってるじゃないですか。日本ってまだ全然ダメ。だって、契約書必要ないでしょ?契約書を出したら「俺のこと信じてないの?」みたいになっちゃう(笑。素晴らしいところはあるから、ちゃんと自覚してそれを伸ばしていく。来年も日本で撮影がありますよ。
日本のビジネスパーソンが、世界で活躍するには?
先ほどの BLACKPINK の話もそうですが、スタートアップ業界でも、アジアでは内需の大きい日本に比べ、国内市場が小さい韓国や台湾のスタートアップは積極的に外へ出ようとします。日本の起業家が海外に出ていくようモチベートするには、どうすればいいでしょう?
奈良橋:モチベーションね。日本は世界から見たら小さな国じゃないですか。だからこそすごいなと思いますよ。どういう風にモチベーションを刺激するかだと思うんですけど、日本人って言っても地球人。みんな地球人なので、「アフリカで起きてることはどうでもいいや」じゃないと思うんです。世界でどうぞ勝手にやってください、日本は日本でってなっちゃうのを壊すのを、若い人たちがもっと出てやってほしいんですけど、最近は出て行かないですもんね。
本当にコンサバティブ。特にコンピューターで全ての世界に行けるじゃないですか?私はやっぱりアイデアだと思いますけどね。たとえば地球温暖化もそうですけど、日本だけの問題じゃなくて、世界の問題じゃないですか。日本もそれに対してどうやって貢献するか。教育の影響もあるかもしれません。扉が開かないと、こんな世界があったんだって知ることがないので。
確かに、自己満足で、別に外国と関係しなくても十分幸せに生きていけるから、英語も別に知らなくても十分。ただ、そういう考え方をしたら、私から見れば、人生のいろいろな旅をしていろんな人を知って、本当にすごいなっていう快感や味わいを体験してほしい。
ちょっとでも皆さん、ローマのコロシアムを、エジプトのピラミッドを、一度そばで見てくださいと。ただ写真で見るのとは違うんですよね。ただ見物するだけじゃなくて、空気感とか、インド人のあの目つきというのか。私たちよりもっと古い文明かもしれませんよね。彼らが持っている目つきってすごいですよ。
外国人は結構多くの人が日本に入って来ています。彼らは積極的なので、そんな機会に知り合っていくこともできますね。そうして刺激を受けて、仕事を面白くして、国際的な交流がある仕事を考えていくというのがいいんじゃないですかね。
多くの日本人はこれまで枠を破る経験がなくて、枠を破っていく楽しさみたいなものを知らない人が多いのかもしれません。そういった状況を打開するにはどうしたらいいと思われますか?
奈良橋:毎日1個、やったことのないことをやるとか。みんな、毎日やったことを毎回やるんですよね。だけど、1日に1回でもいいから、やったことのないことをやってみる。楽しいことでいいと思うんですよ。
今日のインタビュー自体が新しいことです。大変勉強になりました。お時間が来てしまいました。本当にありがとうございました。
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