- イベント
2024年10月17日
BMWでは大幅な効率化もーースタートアップと大企業の新戦略「ベンチャークライアントモデル」
トップ画像:「各社報道および経済産業省、NEDO資料」から引用
10月2日、虎ノ門ヒルズビジネスタワー「ARCH」において、オープンイノベーション手法「ベンチャークライアントモデル(Venture Client Model・VCM)」に関する勉強会を開催いたしました。KDDIがARCHとの共催で実現したこのイベントには、∞Laboパートナー企業をはじめ、オープンイノベーションに係る企業担当者など50名の参加者が会場に集うなど、この手法に対する注目度の高さが感じられる一日となりました。
本イベントに登壇したのは、デロイトトーマツベンチャーサポートのCOOであり、パートナーである木村将之氏です。2007年からスタートアップ支援と大企業のイノベーション支援に特化してきた木村氏は、現在、Deloitte Asia Pacificのユニコーン支援セクターの代表も務める、この分野の第一人者です。本稿では木村氏の講演内容を共有させていただきます。
ベンチャークライアントモデルとは
この手法は2015年頃からシリコンバレーで注目され始め、2023年に木村氏がモデル考案者と会談したことをきっかけに日本への導入が始まったものです。最近では大手経済紙や民放などでも一般名詞として使用されるなど、特に政府や経済界での認知が広がりつつあります。
BMWのStartup Garageでベンチャークライアントモデルイメージ
VCMは、企業がスタートアップ企業と協力してイノベーションを推進するための戦略的な枠組みの一つです。このモデルでは、企業はスタートアップの「クライアント」として、スタートアップの製品や技術を早期に採用し、実際の業務に活用します。
これにより、スタートアップは市場での実証データやフィードバックを早く得ることができ、企業側も最先端の技術やアイデアを迅速に活用できるというメリットがあります。元々はBMWのイノベーション部門を率いたGregor Gimmy(グレゴール・ギミ)氏が2015年に提唱したものです。
BMWの中でスタートアップとの協力を効果的に進めるための手段として開発され、その後多くの大企業で導入が進められています。Gimmy氏はこのモデルを「初期段階からスタートアップの知財を要求するような開発を行うのではなく、まずは顧客として活用すること」によって、より迅速で柔軟なイノベーションを実現すると説明しています。Gimmy氏の手記によると、このモデルには次のような特徴があります。
- スタートアップの製品を早期に導入
企業がスタートアップの初期段階の製品やサービスを実際の業務で試用し、早期段階でのフィードバックを提供する。 - 契約関係に基づく協力
スタートアップとの関係は顧客契約を基盤とし、投資や株式取得を伴わないため、より迅速な協力が可能。 - 企業にとってのリスク軽減
投資ではなく、製品の購入・利用を通じた協力なので、失敗した場合のリスクが比較的小さい。 - スタートアップにとってのメリット
市場での実証データやフィードバックが得られ、将来的なスケールアップや他企業との契約の足掛かりになる。
会場の雰囲気
大幅なコスト削減を達成したBMWの事例
VCMの基本概念は、ベンチャーキャピタルがスタートアップに出資する主体であるのに対し、ベンチャークライアントはスタートアップの顧客となる主体です。このモデルは単なる顧客関係を超え、売上アップや費用削減、オペレーション改善などの明確な経済効果を目指します。また、スタートアップの知的財産権を尊重し、制限をかけないことも特徴です。
木村氏はVCMの特徴として、確実性、迅速性、コスト効率の高さを挙げます。確実性は戦略的に重要な課題を初めに特定するため成功確率が高く、迅速性は最小限の単位(MVP)で購入し迅速に導入検討ができ、コスト効率は小規模な購入から始められるため多くの技術を試せるという点です。
VCMの実施手順は、まず戦略的に重要な技術課題を特定し、世界中から最適なスタートアップを探します。次に最小限の単位(MVP)で技術を購入し試します(通常500万円以下)。その後、実際の環境で検証し、効果が確認できれば本格導入を検討するというプロセスです。具体的な成功事例として、BMWの自動車工場効率化や車内ゲーム体験向上、日本企業でのIoTプラットフォーム導入によるクレーン点検作業の効率化、電子部品実装会社での工場オペレーション遠隔監視システム導入などが紹介されました。具体的には次のような取り組みです。
- BMWの自動運転技術導入事例
BMWは自動運転車内でのエンターテインメントニーズに応えるため、スイスのスタートアップと提携し、車載ディスプレイでゲームを楽しめるシステムを導入。このスタートアップは元々タブレットやPCをリモコンとしてゲームをプレイする技術を持っていたため、車載環境への適応が早く、1年という短期間で量産車への搭載を実現。 - クレーン点検の効率化事例
日本のIoTプラットフォーム企業「MODE」が軌道クレーン会社と協力し、クレーンの点検作業を効率化。カメラ、振動センサー、インバーターを使用してクレーンの状態を遠隔で監視することで、従来約2時間かかっていた点検作業を約50%短縮に成功。 - 電子部品実装会社の遠隔監視事例
名古屋の電子部品実装会社である株式会社FUJIが、IoT技術を活用して工場のオペレーターが遠隔で機械の稼働状況を監視できるシステムを導入。これにより、グローバル化に対応した製造拠点の効率的な管理が可能になり、顧客満足度の向上に繋がった。
これらの事例は、ベンチャークライアントモデルを活用することで、大企業とスタートアップの協業が効果的に進み、短期間で具体的な成果を上げられることを示しています。また木村氏は、短期的な課題解決に強いVCMと、VCからの投資の両者を組み合わせることで効果的なイノベーションが可能になると述べました。
VCMの経済効果も大きなものがあります。導入企業の例では、コスト試算として数十億から数百億円の効果が出ているケースがあり、従来のオープンイノベーション手法と比較してもVCMは迅速な実施が可能なため、BMWでは毎年30件、ボッシュでは毎年20件、シーメンスでは1年半で17件の導入実績が発生しているそうです。
長年にわたるスタートアップと大企業のイノベーション支援経験から木村氏は、両者が協業したいにもかかわらず構造的な問題で実現できていない現状を指摘し、セッションの最後を次のメッセージで締めくくりました。
なぜこれをやりたいかというと、17年間スタートアップと大企業のイノベーション支援をやってまして、両方ともすごい熱意があるのにやれないという構造的な問題を抱えていたんですね。
スタートアップの資金調達額はここ10年で10倍に増えています。エコシステムを更に発展させ、多くのユニコーンを創出するためには大企業がスタートアップのソリューションを本格的に採用することが必須です。このベンチャークライアントモデルはWin-Winのモデルなので、これが進展することによって大企業がイノベーションを起こし、さらにスタートアップの売り上げがどんどん伸びる、そういう世界が来ることを願っています。
木村氏