- インタビュー
2025年01月08日
シリコンバレー発「ソロVC」の挑戦 ーーYC卒、福山太郎氏の投資哲学
- Rice Capital
福山 太郎
米国で福利厚生クラウド「Fond」を提供するFond Technologies, Inc.を創業しY Combinatorを経てエグジットを果たした福山太郎氏が、新たに1,500万ドル規模のVCファンドを立ち上げました。
1人でGPを務め、日米のスタートアップに投資を行う異色のVCは、自身の経験をどのように次世代の起業家たちに還元しようとしているのか。日本のスタートアップエコシステムの未来について、シリコンバレーからの視点を交えて語っていただきました。
「ソロVC」という選択 ー 経験を次世代に還元する新しい投資スタイル
福山さんがFond(スタートアップした際のサービス名はAnyPerk)を創業したストーリーは福山氏の手記に詳細が掲載されていますが、2011年にサンフランシスコで創業。
Y Combinator、Andressen Horowitz, DCM Venturesなどの錚々たる投資家の支援を受け、2023年にヨーロッパの福利厚生SaaS大手「Edenred」に売却。その後はロサンゼルス拠点のエンジェル投資家として活動されていました。
そして2024年7月、新たなベンチャーキャピタルファンド「Rice Capital」を立ち上げたのです。
「人のマネジメント以外のところにエネルギーを使いたい」と考えた福山氏は現在、このファンドを1人で運営されているそうです。投資案件の発掘から意思決定、投資実行後のフォローアップまで、すべてを福山氏1人で担う「ソロVC」として活動されています。
この独特の運営スタイルには、福山氏自身の起業経験が色濃く反映されています。
起業経験のある投資家が日本にはまだ少ないという課題意識、そしてグローバル展開の経験を持つ投資家も限られているという現状を踏まえ、「起業経験とグローバルの経験という2つを武器に、業界にとって価値のあることができるのではないか」と考えたことが、ファンド設立の大きなきっかけとなりました。
このファンドの出資者には、Y Combinator創業者のPaul Graham氏やSaaStr創業者のJason Lemkin氏など、著名な投資家や起業家が名を連ねています。
Fond時代の株主さんも多いですし、Y Combinator卒業生も10人ほど投資してくれました。10年ほど活動してきた中で築いた関係性があってこその資金調達でした。
福山氏
ファンドからはすでに約30社への投資を実行しており、その投資対象は多岐にわたります。米国ではY Combinatorの卒業生が中心で、日本ではSaaSやマーケットプレイスの企業を主な投資先としています。投資ステージも、シード期からシリーズBまでと幅広く、新規株式の発行だけでなくセカンダリー投資も手がけています。
特に日本の投資先には、資金調達や顧客獲得など、あらゆる面でアドバイスを求められれば答えられる立場にいます。
福山氏
毎日のように投資先企業とオンラインコールでやり取りを行い、密接なコミュニケーションを保っているといいます。
投資戦略にみる日米の違い ー 市場特性を踏まえた独自のアプローチ
福山氏のファンドは、日本と米国で異なる投資戦略を採用しています。この違いは、両国の市場環境や成功確率の違いを熟知した上での判断です。
「米国では100社に投資して1社が100億ドルから1,000億ドルになればファンドとして大きなリターンが出るという投資スタイルをとっています」と福山氏は説明します。これは、シリコンバレーの伝統的な「パワーロー戦略」とも呼ばれる手法です。大きな市場規模と、急成長を可能にする環境があってこその戦略といえます。
一方、日本市場では異なるアプローチを取っています。
日本ではエグジット時に100億ドルから1,000億ドルというのはなかなか難しい市場なので、15社程度に集中投資して高い確率でエグジットするモデルを採用しています。
福山氏
特に日本企業への投資では、プロダクトマーケットフィットを重視しています。「日本は良くも悪くも競争環境がアメリカと比べてそこまで激しくないので、良いカテゴリーで良いプロダクトを作り、良い起業家がいれば比較的高い確率で成功する」という見方を示します。
具体的には、米国で100億ドル以上の市場規模がある領域で、まだ日本で主要プレイヤーが不在の市場を探し、そこで良好な初期トラクションを見せている企業を見つけ出す戦略です。
投資ステージについても、市場特性に応じた使い分けを行っています。米国ではシードステージが中心である一方、日本では創業期から投資する場合もあれば、最近ではシリーズBの企業への投資も手がけています。
ポートフォリオについては、米国の投資先は全て公開している一方、日本では現時点で1社のみの開示にとどめています。それがSmartHRのコーポレート部門で活躍された時田知典氏が創業した、企業のディスクロージャーを扱うスタートアップ「FormX」です。
「創業初期のタイミングから投資させてもらいました」と福山氏は語ります。
福山氏は出資先に求めるものとして特に、競争戦略の重要性を強調します。「どの市場でも大きな競合がいるので、競合に勝つためにはいいプロダクトを作るだけでなく、どういうところで差別化するかがすごく大事になってくる」と指摘します。
さらに、「全てのお客さんに選ばれるのは不可能なので、どこで選ばれて、どこで選ばれないかを意図的にリソース配分できるかで、だいぶ差が出る」と、戦略的な市場ポジショニングの重要性も説いていました。
起業家としての経験を投資に活かす ー 共感と実践に基づくサポート
Y Combinatorの卒業生として日本人で唯一、シリコンバレーでの起業からエグジットまでを経験した福山氏。その経験は、投資家としての視点にも大きな影響を与えています。
会社を経営していた時、いろんな方にサポートしてもらいましたが、つらい時に一番支えてもらったのは、自分で起業していた方々でした。
本当につらい時に相談しやすかったり、同じ状況の時にどうしたのかを聞きやすかったりする。そういった起業経験のある投資家が日本にはまだあまりいないと感じています。
福山氏
特に、投資先企業のKPI設定や課題発見において、その経験が活きているといいます。「SaaSの分野では、どういうKPIをどう見るべきかという知見は最近ではGoogle検索でも出てくるようになりました。
しかし、自分たちの状況を見て、何をどうすべきかを判断するのは、Excelを見ているだけでは難しい。そこで具体的な課題を見つけ、『こういう時はこうやって成功している会社がある』と伝えることができます。
興味深いのは、福山氏の課題発見アプローチです。
経営者から『これが課題です』と相談されることも多いのですが、全ての情報を聞いた上で、『実はここが本当の課題なのではないでしょうか』と指摘することが多いんです
福山氏
特にスタートアップ初期は重要なKPIが多岐にわたるため、実際に何が重要かを見極めるのは容易ではありません。「私も同じ景色を見てきたからこそ、伝えられることがある」と福山氏は強調します。
日本発グローバル企業への展望 ー Y Combinatorが示す可能性
Fuse
Y Combinatorと日本人起業家の関係に、新しい動きが生まれています。これまでY Combinatorの卒業生は累計約1万人に達しますが、そのうち日本人創業者はわずか6人。しかし、最近の変化に福山氏は注目しています。
直近のバッチに日本人創業者の会社が2社入ったんです。1社が「Outerport」という元NVIDIAにいた瀧川永遠希氏が創業した会社で、もう1社が杉原氏が創業した「Fuse」という会社です。同じバッチに2社の日本人創業者が採択されたのは、これまでなかったことです。
福山氏
Outerport
一方で、福山氏は海外展開について現実的な視点も示します。「『日本とアメリカ、どちらで起業した方がいいですか』と相談されたら、私は日本でやった方がいいと答える立場です」と語ります。
その理由として以下のように指摘しました。
文化も言語もわからず、知り合いもいない中で、他の国に行ってお客さんの課題を感じ取り、競合より良いプロダクトを作るために人を採用して経営するというのは、一般的に難易度が高い。
福山氏
ただし、これは可能性を否定するものではありません。
「確率論でいえば日本の方が成功確率は高いという話であって、『人生一回だから、俺はアメリカに行くんだ』という強い意志がある人の背中を押したい」と福山氏は付け加えます。
さらに、グローバル展開の成功パターンも少しずつ見えてきています。例えば前述した2社は、直近まで日本国外で働いていた経験があるそうです。福山氏はそういったスタイルの起業家が増えてくるのではないかと期待も語っていました。
課題のひとつは言語の壁です。
「他の国から挑戦してくる起業家は、アフリカや韓国、インドなど、英語環境で育っている方が多い。そこが一つの違い」と分析する一方、より本質的な課題は市場理解にあると福山氏は指摘します。
プロダクトマーケットフィットにたどり着くためには、アメリカ市場のカスタマーインサイト、どういうところに課題があって何をしたらお金を払ってくれるのかという理解が必要です。ずっと日本にいて遠くから見ていた市場にいきなり参入するのは難しい。そういう意味では、現地で働いた経験がある人たちが起業するケースが増えてくるのではないでしょうか
福山氏
エピローグ:次世代のスタートアップエコシステムへ
日本のスタートアップエコシステムを語る上で、避けて通れない話題がユニコーン企業の創出です。多くの企業が東京証券取引所での上場を果たしているものの、時価総額100億円前後に留まるケースが多く、ユニコーン企業からは距離があるのが現状です。
ただ、この状況について福山氏は異なる視点を示します。
僕は100億円で上場される方々も素晴らしいと思っているタイプなんです。そこまでに行けない会社の方がほとんど。
福山氏
一方で、より大きな成長への期待も込めて、「グローバルには、もっとアメリカで挑戦してほしい」と語ります。
Y Combinatorの1万人の卒業生の中で、一時は海外からの起業家が半分を占めたこともあった。それなのに日本人創業者の会社は6社しかないというのは寂しいです。
福山氏
このギャップを埋めるヒントはやはり「人」です。
前述のFuseやOuterportなど、グローバル企業での経験を持つ人材が起業するケースが増えているといいます。「こういった方々が、次の世代の日本の起業家を引っ張っていく可能性がある」と期待を寄せます。
3ヶ月に1回は日本に帰国し、スタートアップコミュニティとの接点も大切にしているという福山氏。
Twitter(現・X)でのDMでの連絡も多く、日本では4件ほどTwitterがきっかけになった投資もあります。必ず目を通していますので、遠慮なく連絡していただければと思います。
福山氏
その活動からは、グローバルな視点と地に足のついた現実的なアプローチの両立が見えてきます。ソロVCという新しいスタイルで、彼が描く未来図が実現に向かうのか。日本のスタートアップエコシステムの新たな展開が始まっています。
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