- 海外トレンドレポート
2024年12月11日
北欧最大のテックカンファレンスSlush 2024ーー海外トレンドレポート
このコーナーでは普段、KDDI Open Innovation Fundのサンフランシスコ拠点メンバーより、現地で発見した最新のテクノロジーやサービス、トレンドなどをお届けしております。今回は番外編として、日本拠点メンバーの畑より、11/20~21にフィンランドの首都ヘルシンキにて開催された北欧最大のテックカンファレンス「Slush 2024」(スラッシュ、以下Slush)の参加レポートをお届けいたします。
Slush概要
Slushは、フィンランドの首都ヘルシンキで毎年開催される、北欧最大のテックカンファレンスで、「地球上で最も起業家にフォーカスしたイベント」とも呼ばれています。2008年にヘルシンキの起業家数名により立ち上げられ、当時は250名ほどの起業家だけが集まるイベントでした。
その後、2011年にアアルト大学の「アントレプレナーシップ・ソサエティ」に所属する学生たちが主体となり運営を引継ぎ、現在では世界有数のイベントに成長しています。今年も100か国以上から数万人の参加者が集い、イノベーションの最前線を議論する場として、国際的な注目を集めています。
アレクサンダー・スタッブ大統領の講演の様子
この時期のフィンランドは、雪が降り積もり、気温もマイナスを記録し続けるような寒さです。今年は、Slush前の数日が異例の温かさだったことで雪が降らず、「このままでは本当のフィンランドを知ってもらえないところだった。」と、ヘルシンキ在住の皆さんが口をそろえておっしゃっていたのが印象的です。Slushの1日目からはしっかりと雪が降り、「本当のフィンランド」を体感することができました。
さて、今年のSlushのテーマは「metamorphosis(著しい変化)」です。新しいアイデアを生み出し、成長を加速させるためには創造性・コミットメント・行動を起こす意志に加え、時には衝突も必要であること、そして一人ひとりが未来を変える可能性を秘めていると強調されました。
一方で、オープニングで登場したフィンランドのアレクサンダー・スタッブ大統領は、テクノロジーが社会に与える影響は日々深まること、その設計次第で、「デジタル民主主義を強化する方向に向かうのか」それとも「損なう方向に進むのか」が決まると主張しました。最終的に、それを形作る力を持つのはテクノロジーを生み出す私たち自身であること、イノベーションによる影響を立ち止まって考えることの大切さについて問いを投げかけました。
Slushの新たな取り組み
今回のSlushではいくつかの新しい取り組みが行われました。
特に印象的だった以下2点についてピックアップしたいと思います。
- パートナーポッドの導入
- 1on1ミーティングブースの強化
今年から新たに、大企業・VC・アクセラ組織などが、個別セッションや小規模なイベントを開催できるブース(パートナーポッド)が導入されました。今回は東京都がパートナーポッドを1部屋貸し切り、日本の大企業と海外のスタートアップのコネクション創出・SusHi Tech Tokyoへの海外企業誘致等に向けた活動をしていました。大変ありがたいことにKDDIにも場所をご提供いただき、ネットワーキング拠点としての活用だけでなく、KDDI×海外スタートアップのMeetupイベントも開催させていただくことができました。
60人程度の来場予約があり、実際に30-40人程度がパートナーポッドを訪れて下さったことで、多くのスタートアップと接点を構築することができました。
左:東京都のパートナーポッド 右:Meetupイベントの様子
もう一つ印象的だったのが、1on1スペースの多さです。Slush公式によると、今回のミーティングエリアは過去最大規模で、2日間で25,000件以上の1on1ができる設計となっていたとのことです。事前にSlushプラットフォームで面会調整の上、テーブルごとに待ち合わせ、クイックにミーティングをすることができます。エリア内は迷子になるほどの広さで、沢山のテーブルは常にほぼ満席といった印象でした。
会場の様子
TELEPORT社によるアート
会場内には特大アートもありました。
TELEPORT社により、「未来をリハーサルする」ことをテーマとして制作されたものです。同社はアートとテクノロジーを掛け合わせた作品で没入型体験を創り出すことを掲げており、今回は来場者が近づくことで、画面上の粒子が反応し、元のアートを乱しながら新たなパターンを生みだす、変化のあるアートになっています。私たちの個々の影響力、それにより生みだされる未来が表現されています。
Selfly Storeによる無人販売ソリューション
会場内には食堂がありましたが、お昼時は大混雑。それを解消するために一役買っていたのがSelfly Storeによる無人販売ソリューションです。各商品にRFIDタグを付与することにより、無人販売・アイテムレベルでの検知・データ収集等が可能になっており、データを活用することによるダイナミックプライシングやプロモーションなども実現できます。
ご自身のクレジットカードをタッチして冷蔵庫から好きな商品を取り出すだけで、簡単に商品を購入することができます。
左:GoogleブースでのAIフォト体験 右:ヘッドフォンを活用した講演の様子
会場内はざわついているため、企業展示ブースでは、複数社がヘッドフォンを活用した講演を行っていました。また、Googleのブースでは、AIによる画像アレンジができるフォトブースも。AIをエンタメ×リアルに落とし込んだソリューションで、撮影を待つ人々で行列ができるなど、人気のコンテンツとなっていました。
イノベーションリーダーによる講演
Slushのメインステージでは、NVIDIAの創業者であるChris A. Malachowsky氏が、Twelve共同創業者であるEtosha Cave氏とともに、NVIDIAの成長過程や成功の秘訣について語りました。
NVIDIAは、過去に製品に関して方針転換を行ったことがありました。顧客のフィードバックを通じて、市場の需要に合わない製品であることが明らかになったと同時に、「自分たちの想いを実現するのではなく、顧客の成功に向け製品を近づけることが仕事である」という重要な教訓を得たとのことです。
成功のための人材配置・文化形成に向けては「バスケットボール選手のマイケル・ジョーダンやステフィン・カリーのような人を探していた」と語ったことが印象的でした。これは決してスーパースターを探していたわけではなく、「重要な場面で頼っても大丈夫だと思える人」を指しており、「試合のラスト2分でボールを持てる」「全てが自分の肩にかかっても恐れない」「自信を持ち、自己肯定感を持ち、自分自身を信じている」ような人と説明しました。
市場に合わせて製品を転換しながらも、企業文化を維持・徹底し、技術力で圧倒することの重要性を語りました。
Julius KoehlerとHarry Nailsによる講演の様子
また、デジタル貨物プラットフォームとして急成長したSennder創業者のJulius Koehler は、VCのAccelのHarry Nelisとともにヨーロッパのスタートアップ・VC業界におけるエコシステムについて語りました。
2000年代初頭のヨーロッパにおけるVC投資は未成熟で、特にドイツやフランスでは法的課題が多くあったことで、ユニコーンに至る企業は少ない傾向にありました。しかし現在では、大規模な成功事例が都市ごとにエコシステムを形成し、約250社のユニコーン企業と1,500社以上の新興企業が誕生しました。ルーマニアやバルセロナといった新興市場からも成功事例が誕生し、Accelも現在は16都市以上に投資拠点を構えるなど、投資環境が大きく進化しています。また、成功した創業者が次世代を支援する良い循環も形成されているとのことで、現在ヨーロッパのエコシステムは米国の約3分の1規模にまで到達、今後も成長を続けていくだろうと期待を述べました。
日本のイノベーションを世界へ
大盛況の会場の様子
サイドイベントでのパネルディスカッションの様子
東京都主催にて、日本のイノベーションに関する取り組みや、大企業とスタートアップのオープンイノベーションの事例を発信するサイドイベントも実施されました。冒頭は東京都スタートアップ国際金融都市戦略室長の吉村氏、インキュベーション施設「Maria01」のCEOであるSarita氏が登壇。日本と北欧の連携可能性や親和性について語ったのち、コンテンツの1つであるパネルディスカッションでは、他2社の日本企業と共にKDDIも登壇させていただきました。
サイドイベント会場はメイン会場とは別のエリアに設置されていた中、100名の座席は満席で、かつ立ち見のオーディエンスも数十名と、大盛況のイベントとなりました。親日家が多いと言われるフィンランドですが、北欧・ヨーロッパ各国からの日本に対する関心の高さも体感することができました。
目玉イベント「Slush100」
Slush100では、スタートアップ1,000社以上の応募のうち20社がセミファイナリストとしてDay1にピッチを実施し、その中から3社がファイナリストに選出されます。ファイナルのピッチはSlush締めくくりのメインステージにて行われること、優勝者は100万ユーロ(約1.6億円)の投資を獲得することができることもあり、最も人気のあるイベントになっています。
Slush100が開始したメインステージ
引き続き「AI」は注目の領域ですが、今年のファイナリストはAI×医療、AI×バイオテック、AI×サステナブルなどの分野が多く見られたことも特徴的です。
Day1のセミファイナルを経て、見事ファイナリストに選ばれた3社は以下の通りです。
- OASYS NOW
- DevAlly
- Mohana
患者それぞれが自身の健康データを管理することができ、適切な臨床試験を見つけられるプラットフォームを提供しています。医療研究の進展と臨床試験プロセスの効率化が期待できます。
ウェブサイトやデジタル製品の「アクセシビリティ」を改善するためのサービスを提供しています。アクセシビリティとは、高齢者や障がいを持つ人を含む、すべての人が問題なく製品を使える状態を指します。チェックを自動化することで、法律・規則遵守に向けた確認フローの効率化を目指します。
女性の中年期における健康問題、特に更年期の課題解決を目指すフェムテック企業です。ユーザーの生体情報・症状・医療履歴に基づいて治療プランをカスタマイズ・提案できるサービスを提供しており、身体的な健康を改善するだけでなく、キャリアや家庭生活に与える影響を軽減することも目指しています。
そんな注目の3社のうち優勝は・・・
「OASYS NOW」でした!
臨床試験業界の大きな課題である「患者特定とマッチング」をプラットフォームにより解決し、プロセスの効率とスピードを飛躍的に向上させることが期待されています。これにより、製薬会社は試験の遅延によるコストを数百万ドル削減することができ、さらに、新しい治療法をより早く患者に届けることも可能になるかもしれません。
現在は心臓病や慢性疾患に注力していますが、今後は領域の拡大も期待されます。
優勝企業 OASYS NOWの表彰の様子
最後に
フィンランドの人口が約550万人、ヘルシンキの人口が約68万人という背景を踏まえると、数万人規模の来場者を集めるSlushは、単なるテックイベントを超えて、国全体を巻き込んだ経済波及効果を持つ重要な存在であると感じました。Slush広告や入場バッジの受取場所が空港や市内の至る所にある点からも地域の一大イベントであることを体感しました。
また、北欧・ヨーロッパのスタートアップが日本市場参入への関心が高い点が非常に印象的でした。日本は比較的大きな市場を有する一方で、言語や文化の壁が参入障壁として存在していることも明らかなため、大企業や自治体を中心に、双方向の交流と協力が必要になってくると感じます。
今年のSlushでは、東京都によるブース設置やサイドイベントの開催があるなど、国際的な舞台でも日本のプレゼンスを高めるための取り組みが増えています。Slushに限らず、海外のテックカンファレンスは日本のスタートアップや大企業にとって海外進出の扉を開く貴重な機会であり、このチャンスをいかに効果的に活用するかが、今後の日本企業のグローバル展開の成否を左右すると考えます。
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