- インタビュー
2021年09月10日
レストラン「軸をずらした」挑戦の意味ーーsio・鳥羽周作さん Vol.2
- sio / シズる株式会社
鳥羽 周作 - オーナーシェフ/代表取締役
(前回からのつづき)コロナ禍において大きな打撃を受けた飲食業界。その中にあって「朝ディナー」やソーシャルメディアを最大限活用したアイデアで、レストランビジネスに新たな一石を投じようとしているのがレストラン「sio」のオーナーシェフ、鳥羽周作氏です。
今年4月には博報堂ケトルと共同で食のワンストップクリエイティブカンパニー「シズる」を立ち上げ、飲食業界にかつてない嵐が吹き荒れる中、斜め上の体験の提供を武器にその苦境を乗り越えようとされています。
前半では突然始まった「朝ディナー」のアイデアからユーザーとの向き合い方についてお伺いしました。後半ではシズるがなぜ生まれたのか、その理由とビジョンに迫ります。(文中太字の質問は全てMUGENLABO Magazine 編集部、回答は鳥羽氏、文中敬称略)
「軸をずらした」挑戦の意味
食における「ワンストップクリエイティブカンパニー」シズる
シズるのお話に移りたいと思います。元々sioを作られた時から「レストラン3.0」を掲げ、「クリエイティビティ」や「共創」といった言葉を使われていました。改めてなぜこのタイミングだったのか、その辺のところを教えていただいてよろしいですか?
鳥羽:コロナが少なからず影響しているんですけど、レストラン3.0を目指してミシュランを取って、次のステップアップというかネクストステージに行くフェーズでもあったと思います。コロナで今後飲食ってどうあるべきか。たくさんのお店が閉まっていき、僕らもキツくなっていく中でこのままじゃ立ち行かないなって思ってることがまず一点。
あとは自分たちがネクストステージで何をすべきかというときに、自分が会社の社長なんで、トップダウンとは言わないですけどやっぱり決定権は自分にある。あえてもう一回自分にストレスを与えるべきだなと思った部分があります。誰かと一緒に何か一つの本質的なものを作る作業をやった方がいいんじゃないかと。
鳥羽さんがシズるを作った理由に「軸をずらす」という表現がありました。飲食店の今までのビジネスモデルだけだったらダメだよみたいな。もうちょっと具体的にこの「軸をずらす」という意図を教えてもらえますか?
鳥羽:例えば若い子が19歳ぐらいからレストランで働き始めて、10年くらいやると29歳ぐらいになって、そろそろきつい修業時代を経て独立しようと思うとします。その10年間に溜め込んだ思いから、生まれる前の赤子のように体の中で沸々とアイデアがあって、いよいよ独立となって爆発するみたいな話です。
それって実は本当の意味でのクリエイティブな部分の思いはあるけど、ビジネス的な部分での武器はあんまり持たずして世の中に出てしまって、結果、今回のコロナみたいなことがあると会社のダメージと店舗の売上とが直結しちゃう。要は、収入源がそこしかないので売上が悪くなれば当然会社が潰れてしまうんです。それが飲食界では当たり前になっています。
パトロンがいてお金を出してもらってるから好きな食材を使ってやれる、みたいなこともありますが、これもやっぱり誰かのお金でやらされてるからストレスがある。自分が好きなことを持続させるためには別の稼ぎ口が必要で、軸足はここじゃない部分にすることが必要だと。
生計が立ってるからこそ飲食店は利益ベースじゃない部分でやりたいことをやれる状況を作るみたいなことってのは、実はすごく大事だなと思います。レストランの立ち位置って、飲食っていう会社のプラットフォームにショールームとしてレストランがあるべきじゃないかな?っていう風に考えるようになったんです。
軸足を飲食店そのものじゃなくて飲食の会社としてやることで、例えばプロデュース、商品開発、B2C、B2Bみたいなところできちっと利益を出す。そうすれば、レストランで月の売上1,000万取らなきゃいけなかったから週6日働いていたのを、800万にすることで週休2日の休みが与えられて、差額の分は本体から賄うみたいなことができる。トータルで黒字にはなってるんだけど、店舗で利益が出なくても会社が回る状況を作れると、働き方だったり営業時間の問題だったりとかいろんなものが解決できる可能性があるんじゃないか。
そんなことをコロナで非常に感じました。超大げさに言えば、10年間修行して2年間マーケティングとビジネスを勉強してから独立するみたいな。
例えば「別事業で安定して稼ぎながらお店をスタートする」みたいになると運営資金がカツカツになることもなく、使いたい食材を使いながら持続できる。より本質的な部分でサステナブルなんじゃないか。重きを置く場所が変わってきてるっていうイメージです。
鳥羽さんがイメージされているものはありますか?
鳥羽:イケアと丸亀製麺を足して2で割ったような会社にしたいってずっと思っています。イケアは世界で活躍しててデザインの民主化をした会社、要は家具にデザインを取り入れてそれをインフラに落とし込んだから、民主化して一つの文化になった。誰もが簡単に手に入れられる環境を作ったことは素晴らしい功績だなと思います。
丸亀製麺に関して言うと、セントラルキッチンを持たないで各店舗でクオリティを維持していく、要は店舗にイズムを浸透させた。民主化しているという面で、デザインとイズムを足して2で割った会社だったら、イズムを持っていながらもきちっとインフラに手を掛けられる。民主化できてるということは、つまりたくさんの分母に対して自分のやりたいことをアプローチできてるということで、ものすごく社会的価値が高いと思う。
レストランで究極の料理を作るのはもちろん素晴らしいことなんですけど、その反面、世の中で食べてる人が1%もいないっていう事実がある。それではなかなか世の中の課題解決するのは難しいなって思って。
トヨタみたいな話なんですかね。創業者はいないけどイズムは脈々と受け継がれて会社として残っていくみたいな、そういう会社にしていきたいです。
チームと応援する人たち
鳥羽周作のシズるチャンネルはクリエイティブのプロとの共創
お店が自分たちの工夫とか主義主張を自律的に作り、ソレが広がっていく。そういうネットワークが広がるみたいなイメージですかね?
鳥羽:そうですね。基本的なアウトプットの商品自体のトンマナを揃えるっていうよりは、そこにある本質の部分をきちっと守っていけば、表現の仕方は違っても必ずゴールに辿り着くと思っています。そこの指向とかイズムを共有していくことで、「この商品の盛り付けはこうじゃなきゃいけない」というよりは、「この商品はお客様をこう喜ばせるためにある商品だよね」っていうのを共有した上で作る。
管理してしまうと考える力は育たないんで、あくまでゴールやKPIだけ決めて、行き方は本人の考えに任せる。そのための手法やアプローチを教育していくっていう会社にしたいです。
自律的に動く組織を作るときにはよくビジョンや目指すべきところ、ゴールの設定がすごく大切だと言われますけれど、改めて鳥羽さんが目指すべきビジョンはどういう風に言語化されてますか?
鳥羽:まずミッションで言うと「幸せの分母を増やす」。幸せの裾野を「美味しい」でどれだけ広げられるかっていうこと。僕らにはそこが一番大きいっていうのがあります。
そして「美味しい」という手段で世の中の課題を解決していく。ものすごくシンプルなんで、それを判断基準に考えると、朝ディナーのときも「幸せが増える?」「増えますね」「じゃやりましょう」みたいな感じの会社です。
YouTubeやツイッターでレシピを公開する、共有するという手法を積極的に取られていますが、その辺りはどういう意図がありますか
鳥羽:すべての料理というジャンルにおいて「美味しい」っていうのは必ず存在する訳で、そこに優劣はないんです。5万円の料理の「美味しい」も当然あるし100円の料理の「美味しい」も当然ある。コロナ禍を経てシェフの可能性がレストランだけに留まらなくなった。
シズるという会社を作り軸足を移したことで、シェフの才能を発揮する場所が多岐に渡るようになったんです。対面式じゃなくSNSで「美味しさ」を届けていくっていうのは「幸せの分母を増やす」上で有効な手段です。かつ、よりたくさんの人にリーチできるおかげで、リモートでこれだけ美味しいごはんを作れる人がやってるお店だから行ってみたいよねっていう部分で、最終的にはショーケースであるレストランにも集まるトラフィックが生まれたりする。
360度「美味しい」からどこでも攻めれるってのは最強だと思ってます。その部分でのコンテンツの多種多様さは今後必要になってくると。
周りの方々で鳥羽さんたちの考え方に共感して集まってくる方々ってけっこう増えてきてません?
鳥羽:そうですね。ビジネス的な要素で言えば当然、影響力が出てきて、あの人が宣伝すれば売れるだろうっていう話とかもあるだろうと思っていて、それは全然悪いことじゃないと思ってます。僕らもやっぱり、そういうところと仕事することでよりたくさんの人に知ってもらえる機会がある。
ただ僕らがやりたいのってあくまでも、自分たちの存在価値を示していくっていう承認欲求の話じゃなくて、「美味しい」というツールで世の中の人に良いものを知ってもらいたい、届けたいっていう部分に重きを置いてるんです。
自分たちの存在は飲食におけるプラットフォームというか。シズるは新しい食のワンストップクリエイティブカンパニーとして、たくさんの人のプラットフォームになれるような会社に成長していきたいなという風に思ってます。使命感の方がやっぱり強いんですよね。
コンテンツも何かちょっと違うなっていう風に思う部分があって、それがたぶんケトルさんの存在だなって思うんですよ
鳥羽:まさにおっしゃる通りで、今まで料理家だったり一シェフが何かやるとなると、どうしても「届け切る」ということに関してのクオリティーは自分のやれる範囲の中で、自前のもので作っていきましょうみたいになっていました。
最大化っていうことを考えると、餅は餅屋じゃないですけど、やっぱりそれぞれの専門職のプロがいた方がそこに対してきちっと解像度もありますし、どこまで本気で目指すかっていう覚悟の度量に応じてチーム作りのトンマナも揃ってくるのかなと思います。
当然、世の中の人にたくさん届けていくのであれば、広告というクリエイティブの中で多くの人を感動させて伝えているメンバーを引き込み、それなりのメンバーを集めなきゃいけないだろうし。自分がどこまでやりたいかの基準に照らし合わせてメンバーを選んでいくっていう考え方は持ってますね。
今後、どういうプロセスでシズるは発展し、そしてどういう人たちのどのような課題を解決してお金をいただくような形になっていくのでしょうか
鳥羽:現在もう進行しているプロジェクトで、僕が埼玉県戸田市出身ということもあって戸田市でたくさんの飲食店を経営しているロットさんっていう地元の飲食業の会社さんと連携しています。ロットさんの店舗をシズるでプロデュース、リブランディングして、戸田の街を食で盛り上げていくことでわざわざ戸田に行くとか、戸田の人がハッピーになってお金を落としていくみたいな。
地域活性化の一つのビジネスモデルとして、シズるとその地方の飲食店で何かやっていったり、食べ物を通した街づくりをしたりっていうことも始めています。あとはワンストップクリエイティブカンパニーってことで最終的なアウトプットも、自分の店舗の中で持ってるって部分では、一貫した会社があるようでない。
僕が今現役でミシュランシェフやらせていただいてて、ケトルさんっていう現役のトップランナー同士でそこまで純度の高いチーム作りは意外とできているようでできていなかったりするんです。
例えば外食で出されてるサラダの野菜のカットを変えるだけなんだけど、ミシュランシェフが入ってくることで美味しくなる。普通の基準値を上げていく作業を食品メーカーとか外食産業とシズるでやっていくことで全体的な食のリテラシーが上がっていく。その掛け算で幸福度が上がっていくみたいなことはやれるんじゃないかなと思っています。
新しいアイデアのゆくえ「朝ディナーの今後」
朝ディナーの一皿(撮影/編集部)
外食のあり方が変わりそうです
鳥羽:そうですね。外食チェーンが僕も好きだし子どもともいくんですけど、ただもっともっと良くできることはたくさんあって、課題解決するには彼らの力を借りなきゃ絶対いけない部分もある。
今彼らがやってることプラスアルファで、例えばお米をもっとおいしく炊くことで実はもっと美味しさが伝わることだってたくさんあると思うし、この味付けをもうちょっとこういう風にやることで全然違う美味しさの世界が見えたりとか。そういう部分の変革はまだ余白としてあるなと思います。
一緒になって僕が伴走することで、もっともっと違う景色を見れることってまだまだあるなと。シズるは4月に作った会社ですけど、現在たくさんのナショナルクライアントさんとお仕事していく中で、めちゃくちゃ手応えを感じています。
上と下を自在に行ったり来たりできるのがシズるのいいとこだと思ってて、5万円のレストランのプロデュースもできれば100円のカップラーメンのプロデュースもできる。どっちも「美味しさ」があるっていうのは間違いなくて、シズるはその「美味しさ」の種類を満遍なく美味しくして世の中を幸せにする会社なんだと思うんです。
ありがとうございます。ところで私も先日お店で朝ディナーを体験させていただきました。この取材というコンテキストまで含めて、しっかりお金を払う価値があったし、レストランに行って美味しいごはんを食べるのとは全然違ったものだったなっていうのを感じています。
これが鳥羽さんたちがプロデュースしたいものなんですよね
鳥羽:そうなんですよ。単純に美味しいもの食べたくてラーメン屋行ってラーメン食べて帰ってるって話じゃなくて、やっぱり、わざわざ行く価値。食べ終わった後の価値で、行って良かったっていう、その前と後ろと間っていう部分をトータルでプロデュースしていくことで、よりお金をいただく価値もあると思ってます。
「美味しい」の数値化は難しいし「美味しい」の定義もすごく難しい。それぞれ多種多様化している。その中で「美味しい」を届ける側の思いをどれだけきちっと丁寧に細かくやり続けられるかが体験価値を大きく左右してきちゃう。そこを丁寧に掘り下げていくことが一番大事なのかなっていう風に思ってます。
sioでやった朝ディナーっていうのは8月でいったん終わりにして、アップデートしてより持続できる形、より本質的な形で次は3部営業を最初から視野に入れたレストランを10月にオープンするんで、またそこで新しいアプローチをできたらいいなと思ってます。
毎日の中で飲食に絶望することも多々あって、このままだとやっぱり難しいなとか、自分も苦しい中で変えていくって作業に心折れそうになりながらも、お客様と未来の若者の方を見るとまだ希望は残ってんじゃないかな?ってなんとか踏みとどまりながら毎日やってるって感じです。