- インタビュー
2020年11月13日
「バーチャル渋谷」50社が連携した街づくりの物語:オープンイノベーションが街を変える Vol.3
- 渋谷未来デザイン
事務局次長 - 長田 新子
外出自粛を求める異例の対応となった今年のハロウィン。渋谷の街に集う人々をウィルスから遠ざけることはもちろん、ただそれだけでは渋谷の街に息づく活気が損なわれてしまう。渋谷カルチャーとソーシャルディスタンスという矛盾を解くため、「渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト」のメンバーは第2の渋谷、ミラーワールドを仮想空間に生み出す。
バーチャル渋谷というこのプロジェクトはスタートアップと大企業、そして街のコラボレーションによって形になった。本連載は初回のクラスター、2回目のKDDIに続いて、連載の最終回は渋谷という街からの視点でまとめとしたい。この共創に参加した渋谷未来デザインの事務局次長、長田新子さんとの一問一答をお送りする。(太字の質問はMUGENLABO Magazine編集部、回答は全て長田さん)
街とオープンイノベーション
連載ではデジタルツインとしての「バーチャル渋谷」が生まれた背景や、それを生み出すためのチームワークについてお伺いしてきました。改めて渋谷未来デザインの活動について教えていただけますか
長田:2018年4月に社団法人として設立されて今年で3年目です。渋谷区として行政だけだとなかなか色々な物事をスピードアップして進められないという課題があると思っていて、特にオープンイノベーションのように企業の方と一緒になって進めていくようなプロセスにおいては、行政側は企業と直接向き合うのが難しいケースがあるんです。
そこで私たちのような中間の組織が色々な方々の知見やリソースを一緒になって活用したり、コラボレーションすることで新しいものを生み出そうというのがミッションになっています。最終的には街に実装するところまでを目標にしていますが、こういった自治体が最初に資金を出して活動しているモデルケースとしては全国的にもユニークなパターンだと思っています。
特に私たちの場合は渋谷のカルチャーとライフスタイル、そして産業振興ですね。渋谷ならではの特性を生かしながら事業化できるものを作っていきたいと考えています。
街づくりにオープンイノベーションを掲げておられますが、どういったステークホルダーの方々とどのようなプロジェクトを推進されているのでしょうか
長田:まずやはり23万人の渋谷区民がいて、また渋谷駅だけでも1日に300万人ぐらいの訪問客を受け入れてます。ステークホルダーはこういった住民はもちろん、渋谷で学ぶ人、働く人、訪れる人、公的機関、そして企業です。事業としては20個ぐらいプロジェクトを抱えていて、(バーチャル渋谷を生み出した)5Gエンターテインメントのプロジェクトも文化創造とスマートシティというテーマを掛け合わせたようなものになっているかなと考えています。
あと、感染症拡大で3密の回避が言われていますが、例えば公園をどうするかとか、パブリックスペースのあり方みたいなのを考えたり、ダイバーシティ・インクルージョンのようなテーマで「ソーシャルイノベーションウィーク」というイベントを開催していて、そこで様々な方々が学びや出会いを体験できたり。こういうのを街を舞台にしてやるようになっています。
かなり多岐に渡る街の課題に取り組まれているんですね。ところでこのようなプロジェクトはどのようなプロセスで起案されるのでしょうか
長田:私たちのミッションに、渋谷区の基本構想を実現させるというものがあります。
ですのでまずは基本構想に基づいて判断をするというのが第一の軸です。基本構想は、渋谷区の持続的な発展に繋がるというものが大前提としてあって、さらにこういった構想を進めるのは1対1というよりはオープンイノベーション的なアプローチになるので、それぞれが持ち寄るものを掛け合わせること、またそこから生まれる価値を私たちとしては大事に考えています。
私も企業出身なので分かるのですが、企業メリットだけで進めようとすると難しくなるんですね。自分たちのやりたいことがありつつ、それを街や人に置き換えた時、それぞれについてどうなるのか、というのを調整し、お互いの価値を高めることが重要になってきます。
また、企業だけじゃなくてアーティストやアスリートなどといった方たちもいますし、場合によっては本当に地元の商店会の方々や、学校ですね。こういった多くの方々と一緒に活動をしています。
理想的な活動ですが、一方で多種多様なステークホルダーが集まると思惑も交錯しますよね。プロジェクトの推進に必要な視点は
長田:まずひとつは街の課題を解決するという視点が大事ですので、話題になっているものについて考え、メリットや解決策を考えるというのがありますよね。一方、このアプローチはマイナスだったものを0.5から1に変えるような方法なので、全く違った視点で新しい可能性について考える、ということもやっています。ただ、このようにアイデアをゼロから考えることももちろんですが、やはり調整が多いですね。本当の仕事の半分ぐらいはそれかもしれません。
バーチャル渋谷が教えてくれたもの
数あるプロジェクトの中でもミラーワールド「バーチャル渋谷」は特に変わっています。本連載でも経緯について触れてきましたが、渋谷サイドとしてどのような課題、背景でこの仮想空間が生まれたのかお話いただけますか
長田:渋谷の課題には一極集中というものがありました。ハチ公前広場やスクランブル交差点がそれです。いらっしゃってる方の中には来ただけで満足してしまって、意外と滞在時間って少なかったりしていました。
なので、もっと街を回遊することで魅力を伝えたり、体験したりすることで消費に繋げたいのですが、なかなかそこに気づいてもらえなくって。今はもう公園通りやパルコも生まれ変わっていますから、渋谷のもう少し奥側にも足を運んでもらえる仕組みを作りたいとずっと考えていました。
もしこれが実現できればもう少し広く、例えば恵比寿や代官山、広尾、さらには笹塚、幡ヶ谷あたりまで広げて色々なことが考えられるんじゃないかと。じゃあそれをテクノロジーを活用して実現していこうじゃないか、というのがコトの始まりです。
そこに感染症拡大がやってきた
長田:そうです。ただ、ではこれで何か活動を止めるっていうのもどうなんだろう?という考えもあって。そこでデジタルツインのような構想を渋谷に持ってきて、例えばアイデアとしてその場にいなくても楽しめる空間を作って実験をするのはどうだろうか、という方向性で生まれたのがバーチャル渋谷です。
意外だったのは区外、海外からも反響があったことですね。そもそもこういうことがなければ、まさかバーチャル空間に人を集めようとか、イベントをするという考え方はなかったと思うんです。結果的に頭を切り替えることでプロジェクトは逆に加速しました。私だってまさかバーチャル空間で遊ぶとは思ってませんでしたし、多くの方も同じじゃないでしょうか。
一気に街をデジタル化、それもかなり深いレベルでやってしまったわけですが、実際に取り組んでみてどのようなことを感じましたか
長田:やはりテクノロジーをそこまで意識せずに遊べてるというのが一番かなと思っていて。確かにまだ難しい世代の方もいらっしゃるかもしれませんが、私について言えば、普通にここに行って自然にコンテンツを楽しむことができています。
ウェブとはまたちょっと違った、一歩踏み込んだ体験ですよね。その内、みんなが意識せずにバーチャル渋谷に行こうよとか、そういうアイデアが出てくること自体画期的だなと思ってます。確かにキャパシティの問題とか同時接続数とかの課題が出てくるので、テクノロジーの限界やチャレンジがあることは承知しています。
やったらやったで次のリクエストがでてきた
長田:やり始めると面白いことに「リアル体験」と同じことをしたくなるんですね。バーチャル渋谷の中のお店で買い物したいとなった時に「買い物できるんですか?」とか。だからコロナ禍というネガティブな要素をどこかでポジティブに捉えて進めたことはよかったと思っています。逆境であることは間違いないですからね。チームで技術に詳しい方々、街について詳しい私たち、それぞれがアイデアを持ち寄ってコラボレーションできたことが大切でした。
今回、コロナ禍もあって一気にプロジェクトは動いたわけですが、多種多様なステークホルダーがいるなか、複雑なコラボレーションの実際はどのようなものでしたか
長田:KDDIチームとは毎週ミーティングをするのですが、すごく感じたのはKDDIサイドが専門の分野であるテクノロジー軸で街のことを考えてくれている、ということでした。渋谷のことを徐々に理解して、渋谷はこういう風だからこうしたらいいよね、という自分ゴトの視点を持って頂けるようになったのが強かったです。
お互いに視野が広がるというか、本当にひとつのチーム、会社でバーチャル渋谷に取り組むことで、ここで体験する人たちのことを一番に考えることができる。オープンイノベーションって一方的にこれ大事だよね、ということを押し付けるのではなく一緒に真剣に考えて実現することじゃないですか。
推進にあたって必要なチームメンバーの要素はどこにあるとお考えですか
長田:企業同士が集まるだけでは、なかなかイノベーションにはならないんですよ。最終的には自分自身とか企業を背負って何かをやろうという意思がある人同士が一緒に進められると思ってます。どこかの誰かから何か仕事をもらえる、ではなくて個人が目的を持って参加する。さらに参加しただけではなくてちゃんと自分もそこの一員として活動するっていうことが本当に大事なんです。
だから実際の現場では、提案が自然と持ち込まれてきて「こんなことできるんでしたっけ?いや、こうやったら実現できます」っていうものがどんどん組み込まれていきました。だからこそ、会社のどのようなミッションを背負った方が参加するか、というのも大事なんです。
そういう意味でスタートアップの方って何かを具体的に実現したいからいらっしゃるわけじゃないですか。強いですよね。
街の課題を解決する、という大義名分がある一方、各社には自分たちで参加するメリットを考える必要があるわけなのでなかなかハードルが高そうです。参加の呼びかけが肝になりそうですが、どのような視点を大切にされていますか
長田:確かに「街づくり一緒にやりましょう」というボヤッとした呼びかけでは動かないです。この点について私たちは2つの視点で企業とのコミュニケーションをしています。
一つは企業として今、何を推進していきたいのか。例えば単にモノを売る、ということだったら私たちと一緒にやらなくてもよいですよね。私たちの持っているアセットは渋谷区や街、あとは街のネットワークや企業のネットワークです。こういうものをアセットとして考えて、自分たちのやりたいものをどう実現したいのか、という視点です。
それも企業として「儲ける」っていうことだけじゃなくて、例えば今、サステナビリティやダイバーシティーインクルージョンを会社の中で推進したいっていう方もいらっしゃいますから、活動の視野という面でも幅は広いかもしれません。
もう一つが試すという視点です。例えばテクノロジーを持っていて街の中でリアルに実験をしたいとか、そういう場合には私たちとして一緒に場作りをしていきますし、他の企業がそこに参加してまた新しいものが生み出される。もちろんテクノロジーだけじゃなく、私たちの周囲にはブランド企業も多くいますから、街の人たちに試してもらって、生活者の視点から本当に受け入れられるのかどうかを試す。なので私たちは企業のみなさんプロジェクトに入ってもらうため、その会社のビジョンについてはすごく訊いたりしますね。
逆に私たちから提案する場合もあります。例えばデータやテクノロジーを使って街としてサービスを作りたいっていう時にこういう方々に入ってもらいたい、というアプローチですね。
ありがとうございました。
----ということで3回に渡り、渋谷を仮想化するというチャレンジに取り組んできたキーパーソンの話題をお送りしてきた。企業や人、行政、それぞれの思惑が複雑に入り乱れる中、それでもプロジェクトを前に進めるための「燃料」となるもの、それは課題であり、登るべき山の明確なビジョンだったりする。3人の話を聞きながらふと共創という活動に必要な何かを見つけたような気がした。次回は番外編として、仮想空間の未来について3人の言葉をまとめてみたい。
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