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2024年09月30日
宇宙産業はあらゆる事業領域に結びつく──JAXAの事例に見る、民間企業の共創可能性
KDDI∞Laboでは2024年度から、宇宙を活用して地球上の課題解決を目指す、スタートアップと大企業による共創プログラム「MUGENLABO UNIVERSE」を開始。2027年度に低軌道環境の活用、2030年度には月面を活用した共創の達成をマイルストーンに掲げています。
プログラムでは7月に開催したオリエンテーションに続き、9月の第1回イベントで、「宇宙分野における新規参入や異分野連携に向けて~JAXAにおけるスタートアップや異分野企業等との共創事例~」と題して、JAXA 新事業促進部 企画調整課 課長の菊池優太氏による講演が行われました。今回の記事では、その内容を抜粋してお届けします。
宇宙関連産業の市場規模が急拡大、2035年には約270兆円となる予測も
菊池優太氏の講演の様子
宇宙ビジネスは、近年急速に拡大している新たな産業分野です。従来、宇宙開発は主に国家主導で行われてきましたが、技術の進歩と民間企業の参入により、ビジネスとしての可能性が大きく広がっています。宇宙ビジネスの代表的な領域には、ロケットや人工衛星などのハードの開発・製造、衛星などが取得する宇宙ビッグデータを活用したサービス、そして宇宙旅行や月面開発などの宇宙探査活動があります。
世界的に見ると、宇宙関連企業は1万社を超え、リスクマネーの投資額も1.5兆円規模に達しています。日本国内でも、宇宙ビジネスに参入するスタートアップ企業が増加しており、その数は約100社に上ります。さらに、従来宇宙とは無関係だった大企業も、新たなビジネスチャンスを求めて宇宙分野に参入しています。
宇宙ビジネスが拡大している要因としては、技術の進歩による小型化・低コスト化が挙げられます。特に人工衛星の小型化と量産化が進み、製造コストが大幅に低下したことで、より多くの企業が宇宙ビジネスに参入しやすくなりました。また、衛星データの利用が進み、地上の様々な産業分野でその活用が広がっていることも、宇宙ビジネスの成長を後押ししています。こうした要因により、宇宙関連産業の市場規模は、今年世界経済フォーラムが発表したレポートによると、2035年には約270兆円規模に達すると予測されています。
宇宙技術の活用で進む、JAXAと民間企業の共創
これまでの宇宙ビジネスの事例として、宇宙開発から生まれた技術を地上で活用する「スピンオフ」があげられます。これらの宇宙利用を前提に生みだされた技術は、私たちの日常生活に深く浸透し、新たな製品やサービスを生み出しています。例えば、宇宙服の技術を応用した冷却下着は、猛暑時の作業現場で活用されています。宇宙飛行士が着用する船内服や下着も、匂いが残りにくいという特性を生かして一般向けに製品化されています。
衛星データの利用も、地上のビジネスに大きな変革をもたらしています。自動運転技術のサポートや高精度なナビゲーション、防災分野での活用、さらには株価予測や物流の最適化など、衛星データは様々な産業分野で活用されています。
JAXAは、宇宙ビジネスの発展を促進するため、2018年から企業とのパートナシップ型の取り組みを積極的に推進しています。それがJAXAと民間企業が協力して新たな価値を創造する研究開発プログラム「J-SPARC」です。このプログラムは、民間企業とJAXAとの「共創」を通じて、新規参入者の促進、新しいビジネスの創出、そしてイノベーションの加速を目指しています。
J-SPARCの特徴は、従来のJAXAの枠組みにとらわれず、幅広い分野の企業との協業を積極的に進めている点です。これまでの6年間で約50のプロジェクトが進行し、参加企業の約75%が非宇宙系企業というのも注目すべき点です。この取り組みにより、宇宙技術と異業種の知見を組み合わせた新たなビジネスモデルが次々と生まれています。
エンタメやデジタル領域での具体的な事例としては、ソニー(株)との共創による「宇宙感動体験事業」があります。この事業では、JAXAとソニーの双方の強みを組み合わせ、個人のスマートフォンからでも宇宙の写真を撮影できるサービスを実現しました。これは、宇宙ビジネスを一般消費者向けのB2Cモデルに展開した画期的な取り組みです。
また、(株)バスキュールとの協業による「宇宙メディア事業」も注目されています。この事業では、国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」を宇宙放送局として活用し、宇宙からの初日の出中継などユニークなコンテンツを提供し、大きな反響を呼びました。
宇宙の課題解決を地上に応用する「スペース・リバース・イノベーション」
JAXA 新事業促進部 企画調整課 課長 菊池優太氏
宇宙旅行は、かつて夢物語と思われていましたが、今や現実のものとなりつつあります。2021年には前澤友作氏が民間人として国際宇宙ステーション(ISS)に滞在するなど、宇宙旅行の商業化が急速に進んでいます。また、国の宇宙飛行士が民間のロケットに搭乗して宇宙に行くという新しい時代も始まっています。
宇宙での生活が現実のものになる中、注目されるのが宇宙での「衣食住」です。特に「食」の分野では、現在ISSで約300種類の食事メニューが用意されており、日本人宇宙飛行士向けには約50種類の「宇宙日本食」が提供されています。
一方、月面開発も新たな段階に入っています。NASAが主導する「アルテミス計画」では、2020年代後半に日本人宇宙飛行士の月面着陸を目指しています。また、JAXAはトヨタ自動車との連携により有人与圧ローバーの開発を進めています。このローバーは、月面で約1カ月間、2人の宇宙飛行士が生活できる移動型の居住施設となる予定です。
月面開発における大きな課題の一つは、物資の輸送コストです。月に1kgの物資を運ぶのに約1億円かかるとされており、これは月面での持続可能な活動を実現する上で大きな障壁となっています。
この課題に対応するため、月面での食料生産が注目されています。JAXAや民間ファンドが共同して立ち上げた「SPACE FOODSPHERE」では、宇宙の食の課題解決に向けて循環型の植物工場など、月面フードシステムの実現に向けた研究開発を進めています。さらに、宇宙での食事の質を向上させるため調理師専門学校との連携も進めており、限られた資源と厳しい環境の中でも、おいしく栄養価の高い食事を提供することが目標とされています。
こうした取り組みは、単に宇宙探査の範疇にとどまらず、地球上の様々な課題解決にも貢献する可能性を秘めています。例えば、極限環境での食料生産技術は、地球上の大規模災害や有事の食課題、食料不足問題の解決に応用できる可能性があります。
宇宙産業という考え方自体、ロケットをはじめとするハードの開発が中心だったところから、ソリューションベースであらゆる領域に広がっています。将来的には、地球と宇宙を一体化した循環型経済が訪れるのではないか、というビジョンを発表している団体もあります。宇宙だからということではなく、ぜひ皆さんが手がける事業の領域と掛け合わせることで何ができるだろうかと考えていただければと思います。