- インタビュー
2024年10月25日
アートの力で「障害」の概念を変えたいーーヘラルボニーCOOが語る、グローバル展開とソーシャルイノベーション
- 株式会社ヘラルボニー
忍岡 真理恵 - COO/HERALBONY EUROPE CEO
主に知的障害のあるアーティストの作品をライセンス化し、企業とのコラボレーションや自社ブランド展開を行うヘラルボニー。
同社COOの忍岡真理恵氏は経済産業省入省、留学を経てマッキンゼー・アンド・カンパニーやマネーフォワードでキャリアを積んだ人物です。マネーフォワードで同社のIR責任者を務めるかたわら、ESGやダイバーシティ活動を推進したのち、2023年にヘラルボニーに参画しました。そんな忍岡氏が、今年9月よりHERALBONY EUROPEのCEOに就任。「偶然見つけたヘラルボニーの名刺入れに魅了された」と同社との出会いを語る彼女に、フランスを起点としたグローバル展開や、アートを通じた社会変革への取り組みについて語っていただきました。
「障害」は社会が定義したものーーヘラルボニーの理念
ヘラルボニーは、主に知的障害のあるアーティストとライセンス契約を結び、その作品を企業とのコラボレーションや自社ブランドとして活用。アーティストたちにライセンスフィーという形で対価を支払う独自のビジネスモデルを展開しています。
同社の特徴的な点は、「障害」という言葉の使い方に表れています。一般的に「障がい」とひらがな表記することが多い中、ヘラルボニーはあえて漢字表記を用いています。というのも、障害は個人に内在するものではなく、社会が定義しているものと考えているためです。
視力の悪い人が眼鏡をかけて病気や障害と見なされることなく日常生活を送るように、社会が進歩すれば障害の捉えられ方も変わるはずです。ヘラルボニーは言葉を変えることを超えて、根本的な概念の転換を目指しています。
忍岡氏
この姿勢は、社会における多様性の尊重と、既存の概念に疑問を投げかける同社の理念を体現しています。「異彩を、放て。」というミッションのもと、アーティストたちの才能を最大限に引き出し、社会に新たな価値をもたらそうとしているのです。
芸術の都で、衝撃的な出会い。フランス進出の背景
左からヘラルボニーCo-CEO 松田崇弥氏、HERALBONY EUROPE CGO 小林恵氏、HERALBONY EUROPE CEO 忍岡真理恵氏(ヘラルボニー、フランス・パリに新たに子会社「HERALBONY EUROPE」を設立より)
ヘラルボニーが挑戦している障害概念の転換は、日本に限らず世界中で必要とされるものです。そのため、ヘラルボニーでは創業当初から国内市場に留まらず、グローバル展開を視野に入れていました。そんな中、ヘラルボニーはフランス・パリへの進出を決めました。
その背景には、3つの理由があるそうです。まず、パリがアートの中心地であり、日常生活にアートが浸透している点。つぎに、アール・ブリュット(正規の美術教育を受けていない人々の芸術)の概念が生まれた地でもあり、ヘラルボニーの事業との親和性が高いと判断したことでした。
そして決定的だったのは、フランス人ギャラリスト、クリスチャン・バースト氏との出会いです。バースト氏は20年以上にわたり、美術の中心地であるパリのマレ地区で、アール・ブリュットの第一人者です。2023年5月、経済産業省との海外視察の機会に恵まれ当時の経済産業大臣・西村康稔氏とフランスのエコシステムの一部である「ステーションF」を視察。フランス視察の際に日本貿易振興機構(ジェトロ)の紹介でバースト氏との衝撃的な出会いを果たしたといいます。
バースト氏がギャラリーで絵を売ることでアール・ブリュットの価値を広めてきた一方、ヘラルボニーはアートをブランドとしてライセンスビジネスに展開し、アートの定義を飛び越えて、作家と社会との接点を生み出してきました。ヘラルボニーのビジネスモデルそのものが彼にとっても衝撃だったようで、高く評価してくれていました。この出会いにより、パリでの展示会開催や現地でのネットワーク構築が加速したのです。
忍岡氏
実際、フランス進出の反響は非常に大きく、オープニングパーティには200名以上が来場し、ファッション関係者や福祉施設の方々など、多様な人々が交流する会になったそうです。展示会期間中には、日頃からギャラリーを訪問することが日常となっている現地の人々も訪れ、スカーフを熱心に見たり、原画の購入希望も寄せられました。この成功は、ヘラルボニーのビジネスモデルと理念が国境を越えて共感を得られることを示しています。アートを通じて障害の概念を変える取り組みが、グローバルな文脈においても強い訴求力を持つことが証明されたと言えるでしょう。
海外でブランドと信頼を築く「2つの戦略」
初の海外パリ展示会「Artistes et HERALBONY」会場の様子(提供:ヘラルボニー)
一方、忍岡氏は海外展開において課題も感じています。特に大きいのが現地におけるブランドの確立や信頼の獲得です。これらの課題の解決策として、同社は2つの戦略を掲げています。まずは、現地のアーティストとの連携強化です。既にフランスやベルギー、ドイツの福祉施設と契約を締結し、現地アーティストの作品を取り扱える体制を整えています。これは、ヘラルボニーが単なる日本企業の海外進出ではなく、真にグローバルな事業展開を目指していることを示す意味でも大切です。
もうひとつが日本企業との協力によるブランディング戦略です。ヘラルボニーは、ヨーロッパ展開に力を入れている日本企業とのコラボレーションを積極的に推進しています。グローバルな日本企業との連携は、海外におけるヘラルボニーのブランド認知度向上とビジネス拡大に向けた重要な施策のひとつになっているのです。
海外展開の成功には独自性と圧倒的なクオリティが不可欠だと考えています。現地の人々がわざわざ日本から来た会社を選ぶ理由を明確に示す必要があるためです。そのためには現地の障害のあるアーティストとの連携やグローバルな日本企業との連携を、一つ一つ丁寧に形にしていくことが重要だと考えています。
忍岡氏
従来の価格帯から脱却し、障害のあるアーティストが創り出すアート作品をラグジュアリーな市場にも展開
ヘラルボニーは初のコラボレーション「ニコン Z fc」プレミアムエクステリアモデル「Nikon | HERALBONY Z fc」を、10月9日より数量限定で販売(同社リリースより)
ヘラルボニーは、独自のブランド戦略とプロダクト展開を通じて、障害のあるアーティストの作品の価値を最大化し、社会の認識を変えることを目指しています。同社のブランド戦略の核心は、「価値のあるものに正当な価格をつける」戦略です。これまで障害のある方々の作品は、低価格帯で販売されることが多かったのに対し、ヘラルボニーは高品質で美しい商品作りにこだわっています。この戦略について「憧れを作る」ことが重要だと説明しています。
具体的な例として、同社の名刺入れやシャツなどの自社ブランド商品があります。特に「ISAI」シリーズは、10万円のシャツを販売するなど、高級路線を貫いています。フランスでも注目を集めており、ラグジュアリー路線のブランド戦略は、海外展開においても重要な役割を果たしています。
また、ヘラルボニーの象徴的な展開と言えば、他社とのコラボレーションです。日本航空(JAL)のファーストクラス用ポーチや、株式会社ニコンとの国内外の市場向け商品開発など、大手企業との提携を通じて、ブランドの認知度向上と市場拡大を図っています。
さらに、ヘラルボニーの新たなブランド戦略として、本社を置く岩手県盛岡市と芸術の中心地であるフランス・パリの文化的な架け橋になる構想を掲げています。同社は来春、盛岡市にカフェを併設した大規模な旗艦店をオープンする予定です。ヘラルボニーの世界観を体現する拠点を盛岡にオープンすることで、パリとの架け橋になることを目指しているのです。
ビジネスと社会性の両立を、世界で成し遂げる
ヘラルボニーの取り組みから、単なるビジネスモデルを超えて、社会全体の変革を目指す壮大なビジョンが見えてきます。同社の「異彩を、放て。」というミッションは、障害に対する固定観念を覆すだけでなく、社会におけるあらゆる多様性の尊重につながる考え方です。現在の世界情勢において、分断や対立が深刻化する中、ダイバーシティの重要性はこれまで以上に高まっています。忍岡氏は、このような時代だからこそ、ヘラルボニーの取り組みが社会に与える影響は大きいと確信しています。
アートを通じた障害概念の変革が、より広範なダイバーシティと社会変革につながる可能性を強く信じています。また、ヘラルボニーの取り組みは障害者だけでなく、ジェンダーやその他のマイノリティの課題にも適用できると考えています。
忍岡氏
しかし、こうした社会変革は一企業だけで成し遂げられるものではありません。そのため、ヘラルボニーは様々な企業や個人、団体と連携することで、社会変革の輪を広げていくことを目指しています。
これからもヘラルボニーの活動に興味を持っていただける方々と共に、より包摂的で多様性に富む社会の実現に取り組んでいきたいです。フランス進出を機に障害のある人々の才能を世界に発信しながら、ビジネスの成功と社会的価値の創造を両立させる新しいモデルとして、着実に社会に変革を起こしていきたいと思います。
忍岡氏