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2025年06月10日

「サイレントファン」の本音を引き出し、スポーツ観戦のリピート促進へ──「ホンネPOST」はこぶんの挑戦

株式会社はこぶん
森木田 剛
代表取締役

はこぶんは、サイレントカスタマーの声を可視化するVOCソリューション(VOC:Voice of Customer/顧客の声)「ホンネPOST」を提供するスタートアップです。同社は、中日新聞社が愛知県と2024年6月に設立した「あいちスポーツイノベーションコンソーシアムAiSIA(アイシア)」の中核事業のひとつ、6競技13チーム横断のAiSIAアクセラレーションプログラムに採択され、プロスポーツチームの観戦者から本音を集めて熱量を可視化・リピート促進でファン化に繋げる実証実験を行いました。

スポーツ観戦者のVOC分析を起点に、初観戦で「また来たい」と感じた再訪意欲の高いサイレントファンを可視化し、チーム運営の新たな可能性を切り開くはこぶん。同社代表取締役の森木田剛氏に話を伺いました。


顧客の「小さな声」を引き出すホンネPOST

「ホンネPOST」サービスイメージ

2022年に設立されたはこぶんは、デジタル手紙型 VOC ツール「ホンネPOST」を運営する SaaS スタートアップです。店舗やイベント等のシーンで、利用者がスマートフォンから匿名で事業者に伝えたいことを「手紙」で投稿でき、投稿されたテキストデータは、独自の自然言語処理と感情分析 AI がニーズや不満を自動で分類し、運営者はダッシュボード上で確認・返信できます。行動経済学・心理学を応用し、普段声を出さない顧客(サイレントカスタマー)の声を可視化する設計知見と、解析エンジンにより、大量テキストから隠れたニーズ・ペインを自動抽出できる点が強みです。

世の中のあらゆるサービスでは、実質的なリピーターでありながら、SNS/口コミはやらない・ポイント会員になっていない隠れた固定客層=サイレントファンが多く存在します。ホンネPOSTでは、そういったユーザーと匿名のまま返事のやり取りが気軽にできることで、マーケティング施策が届きにくい層との新しいコミュニケーション接点を構築できるのが特徴です。

森木田氏

AiSIAは2024年7月に「集客力向上」をテーマにアクセラレーション・プログラムを公募し、採択企業の一社としてはこぶんが選定されました。このプログラムでは、採択プロジェクトに対して実証支援費と専門家メンタリングが提供されています。
初めてスポーツ観戦に来たけど一人では次に行きにくい、でもまたスポーツ観戦したいと思う──。AiSIAでの実証実験では、こうした「サイレントファン」の声を発掘し、リピートスポーツ観戦に結びつけることがテーマに設定されました。

無料招待でスポーツ観戦経験があるけど、有料での再来訪に至らないお客様は、愛知県内で年間20〜30万人くらいいます。この方々に、いかにして2回目、3回目と訪れるファンになってもらうか、取り組みました。

森木田氏

はこぶんは2025年1月から3月にかけて、愛知県内のスポーツチームから協力を得て6度の実証実験を実施しました。フットサルクラブ「名古屋オーシャンズ」にとって地元開催となった2月14〜16日のFリーグ2024-25ファイナルシーズンでは、入場口で配布したフライヤーのQRコード経由で投稿を収集し、AIが再訪意欲の高い「サイレントファン」を抽出。抽出結果は試合期間中に即時可視化され、チーム横断のリピート施策立案に活用されています。

そのほか、Bリーグのシーホース三河、名古屋ダイヤモンドドルフィンズ、Jリーグの名古屋グランパス、SVリーグ男子のジェイテクトSTINGS愛知、ハンドボール「リーグH」の大同特殊鋼 phenix TOKAIのホームゲームで、ホンネPOSTが導入されました。

実証では6チームから合計約1,000件の声を収集。ホンネPOSTに入力された平均文字数は100字を超え、中には1,000文字を超える熱量の高い投稿もあり、累計では11万字以上の生の声が集まりました。

各ゲームごとに異なるオリジナルデザインを作成

一般的なアンケートは、「事業者が聞きたいことを聞く」設問主導型の調査が基本で、深い内容は出てきません。ホンネPOSTは、「知りたいことを聞く(Asking)」のではなく、「知るべきことを、顧客の自由な声の中から見つける(Listening)」設計により、来場者自身の言葉で感想が届くので、表面的な満足度を超えた、文脈と温度感のある顧客インサイトを掴むことができます。

森木田氏

この実証実験を成功させるにあたり、森木田氏は各チームとの連携についての工夫を重視しました。

具体的には、各チームのアリーナやスタジアムまでの導線や「入場時の配布」「ビジョンスクリーンでの案内」など、チームごとに異なる環境に合わせたオペレーション設計を行いました。はこぶんでは「アンケート」という言葉を一切使わないポリシーがあり、各チームに合わせたオリジナルデザインをカスタマイズ。

これまでの形式的なアンケートでは出てこない、立ち話で聞くようなリアルな生の声が手軽に広く聞ける点を評価いただけたと森木田氏は語ります。

シーホース三河からのフィードバック

また、別のスタートアップが行うAiSIAの実証とのコラボにも挑んでいます。名古屋グランパスが在住外国人のファンづくりで行う無料招待企画に合わせ、外国人労働者向け生活支援サービスを提供するスタートアップ実証を行う中、それら外国人観戦者のホンネを拾う提案をし、ポルトガル語など多言語での VOC 収集を実施しました。

これまでにも外国人からのVOC収集には多くの実績がありましたが、今回は初めてフライヤーや問いかけ文までを多言語で展開しました。その結果、実際に寄せられた声からはグランパスへの想いや観戦体験のリアルな満足度が明らかになり、外国人視点で重視される要素も具体的に把握することができました。

さらに、「どこでクラブを知り、なぜ来場したのか」といった経路の傾向も見えてきました。たとえば、ブラジル人にとってはFacebookが主要な情報源となっており、それを受けて次の回でSNSでの情報発信を強化したところ、実際に来場者数の増加にもつながりました。

森木田氏

多言語対応フライヤーイメージ

スポーツビジネスから店舗展開への還元

今後の展開について、森木田氏は次のように語ります。

2025年度は各チームの VOC の分析結果をデータベース化し、チーム間で全体公開・ノウハウを相互共有します。あるチームの評価の高い点や、逆に離脱リスクとなるポイントを俯瞰的に把握できたことで、愛知県全体のスポーツ観戦体験の底上げにつなげていきます。また、サイレントファンの存在も可視化できたため、彼らの再来場を促す施策を本格的に展開していきます。

森木田氏

実証を通じて得られた収集データと分析レポートは、プログラムに参加する全チームに共有される予定です。KPI の改善度合いによっては、2025年度シーズン以降、県内チーム横断型のホンネPOST が稼働する可能性もあります。中日新聞社は報道機能を生かし、地方スポーツビジネスの DX 事例として成果を発信。都道府県単位で行うスポーツ興行全体の集客底上げモデルとして、横展開を狙います。

AiSIAでは、VOC分析を起点に各チームの集客向上が第一のミッションですが、最終的にはマルチスポーツファンを増やし、観戦文化の広がりを生むことを目指しています。愛知県内でさまざまなスポーツに関心を持つ人たちが、競技を越えていろいろな試合を楽しむきっかけや機会を提供することで、県全体をスポーツで盛り上げていきたいと考えています。

森木田氏

「ホンネPOST」はもともと店舗向けのサービスとして開発されましたが、スポーツビジネスへの応用で新たな可能性が拓けました。はこぶんはトップリーグ公式戦での大規模運用実績を得て、スタジアム・アリーナ市場への本格進出を視野に入れています。

プロスポーツは、いわば“ファンビジネスの最前線”。ファンの心をいかにつかむかが成功の鍵であり、事業収益の大半もファンによって支えられています。この領域でしっかりと成果とオペレーションの実績を築くことができれば、店舗ビジネスへの知見の還元にもつながると考えています。

森木田氏

スポーツも店舗も共通するのは「サイレントファン」と「サイレントロス(静かな離脱)」の存在です。今回のスポーツビジネスでの成功体験を、「小さな声をビジネスの大きな力に」というミッションのもと、様々な業界に展開していく計画です。

新聞社がハブとなり自治体・スポーツチーム・スタートアップを結ぶ本モデルは、スポーツ観戦体験と地域経済を同時に底上げする新しい官民連携のかたちとして注目されます。

導入チームからのコメント

「ホンネPOST」により、外国人のお客様の見える化の一歩を踏み出すことができました。再訪意欲やスタジアムの安心感をくみ、次の観戦体験につなげます。

株式会社名古屋グランパスエイト マーケティング部ファンディベロップメントグループ 田中 葵衣氏

「ホンネPOST」は、来場者の本音(つぶやき)を聞ける点が素晴らしいです。実証のふりかえりではスポーツ業界の課題を自分ごととして捉えてられていました。今後より多くの声を確実に拾えるよう更なる改良を期待したいです。

株式会社ジェイテクト 社会貢献推進部 
スポーツリレーション推進室 スポーツビジネス推進課 寺嶋 大樹氏

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