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2024年12月09日

なぜスタートアップに海外戦略が必要なのか ーートリファ、ログラス、サグリ、NOT A HOTEL、ヘラルボニー、ダイニーが語る戦略と課題

トリファ、ログラス、サグリ、NOT A HOTEL、ヘラルボニー、ダイニー。これまでMUGENLABO Magazineで取材したスタートアップの共通点、それが「Go Global戦略」です。


今、スタートアップの成長戦略は岐路に立っています。生成AIをはじめとする新たなトレンドがありつつも、グロース市場における「上場組」スタートアップの投資家評価には厳しいものがあります。


その課題要因のひとつとされているのが経営戦略、特に海外との向き合い方についてです。先日開催されたスタートアップ経営者のカンファレンスにおいて、国内スタートアップの評価を上げるためには多面的なグローバル戦略が必要であることが指摘されていました。


世界戦略は何も事業に限ったことではありません。海外資本、海外人材組織、そして経営陣のメンタリティなど、未公開のスタートアップにとっても考えるべきポイントは多く存在しています。


この課題点を踏まえ、編集部では今年に入り「Go Global」の視点で事業展開するスタートアップ経営者を取材してきました。本稿ではその経過報告というべき、6社の特徴的な取り組みをまとめています。


各社の「Go Global」戦略と直面した課題、そして成功の鍵を各社インタビューからぜひキャッチアップしてみてください。


市場戦略とターゲティング

日本のスタートアップ企業が海外展開を進める際、市場選定とターゲット設定は成功を左右する重要な要素となっています。各社はそれぞれの強みを活かしながら、特徴的な市場戦略を展開しています。

「その国」を選んだ理由

eSIM通信サービスのトリファは次の展開としてグローバル市場を狙う

海外展開でアジア圏に注目しているのが、海外eSIMサービスを提供するトリファです。同社は世界の200を超える国や地域でインターネットを利用するためのeSIMを購入できる海外用データ通信アプリを展開しています。

従来はレンタルWi-Fiや現地SIMカードの購入が必要でしたが、同社のアプリを使えば手間なくスムーズに海外で通信が可能です。現在の事業の9割以上は日本人を対象としたアウトバウンド向けですが、今後は台湾、韓国、香港などの東アジア圏の旅行者向けにサービスを拡大する計画です。

その理由をトリファ 代表取締役 嘉名雅俊氏は次のようにインタビューで明かしてくれました。

具体的には、台湾や韓国、香港などの東アジア圏の旅行者向けにサービスを拡大する計画です。この地域の旅行者の半数以上が東アジア圏内を旅行先として選んでいるのですが、このような旅行パターンがトリファのサービスと非常に相性がいいと考えています。例えば、台湾の旅行者の半数以上は日本を訪れ、残りが韓国や東南アジアを選択しているという具合です。

嘉名氏

特に台湾市場においては、GoogleなどのSEO施策よりもインフルエンサーマーケティングが効果的という現地特性を踏まえ、台湾人インフルエンサーを起用したコミュニケーション戦略を展開していると嘉名氏は続けます。

また、各国のユーザーが安心して利用できるよう、日本向けには円建て、台湾向けには台湾ドル建てでサービスを提供するなど、きめ細かなローカライズにも注力しています。

一方、衛星データとAIを活用した農業支援サービスを提供する農業テック企業のサグリが選んだのは新興国です。彼らは衛星データなどのリモートセンシングデータをAIで解析し、農地の耕作状況や作付け状況、土壌分析、水管理の状況などを高精度で分析する技術を持っています。

この技術を活かせる市場として、農業生産基盤の確立や脱炭素化が課題となっている新興国を選定しました。ベトナム、インド、ペルー、ブラジルなどの国々では、労働人口の多くが農業分野に従事しており、国内産業における農業の重要性が高い一方で、生産性向上に課題を抱えているためです。

各地域での展開にあたっては、現地の農業に知見がある人材を採用し、英語を共通言語としながらも現地語でのコミュニケーションも重視する戦略を取っています。

段階的な海外戦略

段階的なステップで海外利用者の拡大を狙うNOT A HOTEL(写真:ノルウェー設立の建築デザイン事務所 「Snøhetta(スノヘッタ)」が手掛ける「NOT A HOTEL RUSUTSU」)

海外戦略を立案する際、資本・人材・事業の三つの視点が重要と言われています。資本や人材についてはイメージがつきやすいものの、事業についてはどのようにすればよいか手さぐりになるかもしれません。

そこで段階的に海外進出を考えているのがNOT A HOTELです。同社は、毎年10泊単位からのシェア購入や資産としての保有が可能という独自の所有形態の不動産開発を行うスタートアップです。

創業からわずか4年で累計の契約高が270億円超に達し、今期200億円の販売目標のうち、数十億円を海外からの売り上げで占める見込みです。同社は「3つのステップ」で構成される独自の海外展開戦略を実行しています。

第1ステップとして、NOT A HOTELの所有者が世界中の提携ホテルと宿泊権を交換できる「NOT A HOTEL ABROAD」を開始。第2ステップとして日本国内の不動産を海外に向けて販売し、第3ステップで海外現地での直接の不動産開発・運営を目指しています。

例えば第2ステップとして展開中の海外向け物件販売では、急成長中のブランド力を背景に、世界的に著名な建築家や建築事務所とのコラボレーションを実現。

北海道のルスツリゾートではSnøhetta(スノヘッタ)、東京ではNIGOがディレクションを手がける「NOT A HOTEL TOKYO」など、大きな影響力のあるクリエイターと提携することで海外での発言力を高めています。

この戦略は功を奏し、「NOT A HOTEL TOKYO」は発表後わずか2日間で1,400件もの海外からの問い合わせを記録しました。

日本「ならでは」でアジアを攻める

急成長中のダイニー「ダイニーモバイルオーダー」の利用者が2,000万ユーザーを突破(リリースより)

グローバル全体で見た時のポジショニングを意識しているのがダイニーです。飲食店向けクラウドサービスを展開する同社は、「ダイニーPOSレジ」「ダイニーモバイルオーダー」をはじめとした各種クラウドサービスを提供しています。

最近ではファイナンス領域に進出し飲食店向けキャッシュレス決済サービス「ダイニーキャッシュレス」や、HR事業「ダイニー勤怠」の展開も開始した飲食店の総合DX事業へと進化しています。

同社は北米企業と比較して日本企業はアジア市場により高い親和性を持つという認識のもと、日本の巨大な飲食市場を基盤としつつ、ノンバーバルなプラットフォーム事業のアジア市場への展開を見据えています。

さらに食と言えば、日本の食文化があります。同社は単なるソフトウェア提供を越えて、日本の飲食店の海外進出を総合プロデュースする事業の可能性も検討しており、日本の飲食文化の国際展開をサポートする包括的なプラットフォームの構築を目指しているそうです。

 

資金調達とグローバル投資家との関係構築

日本のスタートアップ企業が海外展開を加速させる最も手っ取り早い方法として「資金のグローバル化」があります。特に、世界的に著名な投資家からの出資は、単なる資金調達以上の意味を持っています。

グローバル・トップティアからの資金調達が持つ意味

Sequoia Heritageなどの海外投資家からも多額の資金調達を受けることに成功したログラス

ログラスのケースは、海外投資家からの資金調達における戦略的アプローチを示す好例です。同社は今年7月、シリーズBラウンドで国内外の投資家から総額70億円の調達を実現し、その中でSequoia Heritageが共同リード投資家として参画しました。

Sequoia Heritageは、世界的に著名なSequoia Capitalと同じブランドを冠する長期運用を目的とした機関投資家で、日本ではSmartHRに続いて2例目の投資先となりました。

この投資獲得に至るまで、ログラスは「セコイア決戦」と呼ばれる全社的な取り組みを展開したそうです。当時、同社は売上成長率の停滞という課題に直面しており、計画では四半期ごとに数十パーセントの売上増加が必要でした。

この状況を打開するため、会社全体を「戦時」体制に移行。長期的な成長のための投資や活動を一時停止し、短期的な目標達成に注力しました。メンバーの日々の行動量を徹底的にモニタリングし、営業チームの再編成を実施。成果を上げている営業担当者により多くの案件を任せる一方、経験の浅い担当者にはサポート業務を担当させるなど、徹底した体制の見直しを実施したのです。

同じくグローバルVCから資金調達に成功したのがダイニーです。同社は今年9月、海外VCのBessemer Venture PartnersとHillhouse Investment Managementを共同リードインベスターとして、総額74.6億円の資金調達を実現しました。海外名門のBessemer Venture Partnersにとって同社は日本のスタートアップへの初めての投資となりました。

興味深かったのはダイニー代表取締役の山田真央氏が取ったアプローチ方法です。彼は海外VCへのアプローチ方法として、LinkedInの積極的な活用を挙げていました。

まず300社ほどの投資機関をリストアップし、比較的知名度の低いVC約10社との対話からスタート。ピッチの質を高めた後に、約40社の有力VCとコミュニケーションを取るという段階的なアプローチを取りました。

投資家との対話において山田氏が重視したのは、市場規模の大きさと、その市場で勝てることの証明です。

興味深いのは、海外投資家と日本の投資家との質問の傾向の違いです。海外の投資家は市場規模や勝算といった大局的な視点から質問する一方、日本の投資家はマネタイズ戦略や会社の運営面など、より細かい点に注目する傾向がありました。

このようなソーシャルメディアを使った投資家コミュニケーションは、実は国内でも一般的になっているものです。しかし海外投資家ともなると国内だけで閉じていた経営者にはやや腰が重くなるのも事実です。

帰国子女でもある山田氏はこうした「マインドセット」にこそ課題があることを指摘していました。

組織のグローバル化への取り組み

日本発のスタートアップ企業が海外展開を進める中で、組織自体のグローバル化は避けては通れない課題となっています。各社は人材採用、チームマネジメント、バックオフィス業務など、様々な側面での国際化に取り組んでいます。

現地での知見を武器に

農業テックで組織をグローバル化させるサグリ

農業テックのサグリは、早期からグローバル人材の採用と多国籍チームの構築を推進してきました。同社は特にベトナムやインド、ペルー、ブラジルなどの国々で、現地の農業に知見がある人材を積極的に採用しています。

農業分野では現地語の重要性も高いため、英語を共通言語としながらも、各地域の言語でのコミュニケーションを重視しているのが特徴です。

採用にあたっては「Snaphunt」というプラットフォームを活用し、世界中の人材にアクセスできる環境を整えつつ、まずパートタイムで採用し、適性を見極めた上でフルタイムに移行するケースが多いといいます。

特に開発部門では海外人材を積極的に採用しており、例えばインドのように人口も多い国でエンジニアを採用するほうが、農業テックに関する衛星やAIに知見のある人材の確保が容易だと判断しているそうです。

一方で、グローバル人材の採用には独自の課題も存在します。特に大きな課題として浮上しているのがバックオフィス業務の国際化です。財務、人事、経理などの管理部門において、英語と日本語の両方に堪能な人材が極めて不足しているのです。

具体的な場面としては、英語の契約書のレビューや、グローバル子会社との会計統合時に言語の壁が顕著になります。

この課題に対してサグリでは、契約書や会計書類の日英両言語での作成を、必要に応じて外部専門家に依頼するなど、段階的なアプローチで対応していると教えてくれました。

「目的」単位での組織グローバル化

スタートアップによっては「目的」単位でのグローバル化を進めているケースもあります。例えばNOT A HOTELの場合、建築チームの国際化が特徴的です。

現在、海外富裕層へのアプローチを進める同社ですが、現在約30名で構成される建築チームのうち数名が海外のメンバーなのだそうです。興味深いのは彼らがもともと日本在住だったわけではなく、NOT A HOTELで働くために移住してきた点です。

同社では特別なリクルーティング活動を行っているわけではなく、世界的に著名な建築家とのコラボレーションや独自のビジネスモデルに魅力を感じた優秀な人材が自ら応募してくるといいます。

このように、各社は自社の事業特性や進出先市場の状況に応じて、独自のグローバル化戦略を展開しています。

その過程では人材採用や組織マネジメント、バックオフィス業務など、様々な面での課題に直面していますが、外部リソースの活用や段階的なアプローチによって、着実に解決を図っています。

自社ではどのようなステップが理想か仮説を立てながら、先行するスタートアップ、グロース企業の事例を参考に戦略を立てることが重要ではないでしょうか。

差別化とブランディング戦略

初の海外パリ展示会「Artistes et HERALBONY」会場の様子(提供:ヘラルボニー)

海外市場で日本発のスタートアップが成功を収めるには、独自の価値提供と明確な差別化戦略が不可欠です。各社は自社の強みを活かしながら、特徴的なブランディング戦略を展開しています。

NOT A HOTELは、高級路線を基軸としたブランド戦略を展開しています。世界的に著名な建築家や建築事務所との協業を実現し、瀬戸内や北海道のルスツリゾートでの不動産開発にはビャルケ・インゲルス氏やSnøhetta(スノヘッタ)といった建築家を起用。

さらにクリエイティブディレクターのNIGO氏がディレクションを手がける「NOT A HOTEL TOKYO」など、ハイエンドな物件開発を進めています。同社は英語版サイトを通じて海外富裕層向けの展開を加速させており、この戦略は大きな成果を上げています。

Instagramの公式アカウントのフォロワーは昨年のおよそ3万人から現在14万人超へと急増し、積極的なマーケティング活動を行わずとも、口コミとSNSでの情報拡散により、海外からの需要が急速に拡大しています。

ヘラルボニーは、アートと社会性を融合させた独自のブランド戦略を展開しています。同社は知的障害のあるアーティストの作品をライセンス化し、企業とのコラボレーションや自社ブランド展開を行っていますが、その際の特徴的な点は「価値のあるものに正当な価格をつける」という戦略です。

これまで障害のある方々の作品は低価格帯で販売されることが多かったのに対し、同社は高品質で美しい商品作りにこだわり、「ISAI」シリーズでは10万円のシャツを展開するなど、高級路線を貫いています。

この戦略はフランスでも注目を集めており、特にパリのマレ地区で20年以上にわたりアール・ブリュットの第一人者として活動するギャラリスト、クリスチャン・バースト氏からも高い評価を得ています。

Day1からグローバルに向けて

これまで日本では、市場に内需があることから海外展開はある程度の規模感になってからの「次のチャレンジ」として語られることが多い戦略でした。しかし、これらの未公開スタートアップたちがとっているグローバル戦略は、まさに「Day1からグローバル」を意識した動きです。

冒頭でも言及した通り、特にグロース市場に上場を果たしたスタートアップ企業の評価に厳しい目が向けられる中、海外投資家を含めたコミュニケーションは急務と言えるでしょう。

ここまで各社の事例をまとめてきましたが、それに加えて各社へのインタビューから見えてきたキーワードを追記して、ここでの共有を終わりにしたいと思います。

マインドセットの変革

ダイニーの山田CEOは、日本のスタートアップがグローバル市場で成功するために最も重要なのは、マインドセットの変革だと指摘していました。「日本のスタートアップ」という枠組みで考えるのではなく、最初から「グローバルスタートアップ」として自社を位置づけ、海外の投資家と対等な立場でコミュニケーションを取ることが重要だと説きます。

山田氏自身、世界一周の経験から、欧米人に対する憧れや恐れ、気後れといった感覚を持たず、これが海外VCからの大型調達成功につながった一因とされています。

提携かM&Aか

海外展開での事業は支社の設立以外にも、M&A・提携が方法としてあります。NOT A HOTELは、日本をベースとしたビジネス展開に重点を置きながらも、将来的なM&A(合併・買収)を通じた海外展開を視野に入れています。

既に現地で事業基盤を持つ企業を買収し、そこにNOT A HOTELのビジネスモデルを導入することで、より効率的かつ効果的な海外展開が可能になると考えています。

実際に、同社と同様のビジネスを展開したいと考える海外企業から頻繁にアドバイスを求められており、将来的な買収の可能性を視野に入れながら、積極的に情報を共有する姿勢を見せています。

一方のヘラルボニーは、フランス・パリを起点としたヨーロッパ展開において、現地のアーティストとの連携強化を進めています。

既にフランスやベルギー、ドイツの福祉施設と契約を締結し、現地アーティストの作品を取り扱える体制を整え、また、ヨーロッパ展開に力を入れている日本企業とのコラボレーションを積極的に推進するなど、グローバルな日本企業との連携も重要な施策として位置づけています。

為替リスクに代表される「グローバル化リスク」

為替リスクは海外展開における特徴的な課題のひとつと言えるでしょう。

トリファのビジネスモデルは海外の通信会社から仕入れて販売するという形態を取っているため、為替の変動が直接的に収益に影響を与える可能性があるそうです。こうした「国内市場のみの内需では考えることが少ないリスク」がグローバル化には待ち構えていると考える必要があります。

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