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2025年06月12日

量子技術が切り拓くアロステリック創薬の新時代——AOI Biosciences×東芝が挑む5,000億円市場

AOI Biosciences 株式会社 
木村 圭一
取締役副社長COO

従来の創薬では「偶然の産物」とされてきたアロステリック薬。AOI Biosciences(旧Revorf)は東芝デジタルソリューションズの量子インスパイアード技術「SQBM+」を駆使し、タンパク質の「隠れた制御部位」を計算で予測する革新的アプローチを確立しました。

副作用を大幅に低減できる可能性を秘めたこの創薬手法は、2030年に5,000億円規模への拡大が見込まれる成長市場とされています。「薬が作れなかった標的」に新たな光を当てる両社の戦略を聞きました。


新たな可能性「アロステリック創薬」

従来の創薬では、なぜ深刻な副作用が避けられないのでしょうか。その根本原因は、薬が「狙った相手以外」にも作用してしまう構造的な問題にあります。
人間の体内では、タンパク質があらゆる生命活動を支えています。病気の多くは、特定のタンパク質が正常に機能しなくなることで引き起こされます。そこで従来の創薬では、問題となるタンパク質の「機能の中心部分」に薬をくっつけて、その働きを止める手法が主流でした。

タンパク質は非常に大きな分子ですが、実際に機能の中心を担うのは本当にごくわずかな一部分です。これまでの薬は、この一部を狙ってそこにくっついて動かないようにするアプローチでした。

木村氏

しかし、人体には似たような機能を持つタンパク質が数多く存在し、それらの「機能中心部分」は互いによく似た構造をしています。病気の原因となるAというタンパク質を狙った薬が、正常に働いているBというタンパク質にも誤って作用してしまうのです。

似たような機能を持つタンパク質が多数存在し、似た構造をしているため、狙ったタンパク質以外にも薬が作用してしまいます。これが副作用の原因となり、この影響で開発できなかった薬が多数ありました。

木村氏

この限界を突破する革新的手法が、アロステリック創薬です。従来のように機能の中心部分を直接攻撃するのではなく、「遠く離れた場所から間接的に制御する部位」を標的とします。分かりやすく例えるなら、従来の創薬が「エンジンを直接破壊して車を止める」手法だとすれば、アロステリック創薬は「アクセルペダルを操作して車をコントロールする」ようなアプローチです。

機能の中心部分とは違った場所、離れたところから間接的に制御する機構がタンパク質には備わっています。その離れた部分に薬剤を作用させてタンパク質の動きを制御しようというのが、アロステリック創薬のコンセプトです。

木村氏

アロステリック創薬の最大の利点は、極めて高い選択性にあります。アロステリックサイト(制御部位)は、似た機能を持つタンパク質同士でも、それぞれ大きく異なる場所に形成されます。

Aというタンパク質を狙ったが、Bにも作用してしまうという問題を、Aのアロステリックサイトを狙うことでBには影響しない薬剤ができれば、選択性が高くなって副作用の低減にもつながります。これが最大のアロステリック創薬の魅力です。

木村氏

つまり、各タンパク質に固有の「制御スイッチ」を操作することで、狙ったタンパク質だけをピンポイントで制御し、他のタンパク質への誤作用を回避できるのです。

量子技術が「偶然」を「必然」に変える

量子インスパイアード最適化ソリューション「SQBM+™」を活用した計算創薬への適用技術概要(同社リリースより)

アロステリック創薬の画期的な可能性は以前から認識されていましたが、大きな壁が立ちはだかりました。肝心の「アロステリックサイト」がタンパク質のどこに存在するのか、効率的に見つける方法がなかったのです。
これまでアロステリック薬が世に出る過程は、まさに「偶然の産物」でした。木村氏はその実態を明かします。

従来はアロステリックサイトを見つけるのが非常に困難で、偶然的に発見されてきたものしかありませんでした。実験すれば見つかることもありますが、膨大な時間と費用がかかります。製薬企業がよく用いる手法は、タンパク質に様々な化合物を試す方法です。数万個に1個という割合で、何らかの効果を持つ化合物が見つかることがあります。

木村氏

つまり、これまで承認されているアロステリック薬の多くは「このターゲットに対して薬を作ろうとしていたら、偶然アロステリック薬ができました」という類のものでした。極めて非効率で、運任せのアプローチだったのです。

この状況を根本的に変えるのが、東芝デジタルソリューションズの量子インスパイアード最適化ソリューション「SQBM+」です。AOI Biosciencesは、アロステリックサイトの予測を「組み合わせ最適化問題」として数学的に定式化することに成功しました。

タンパク質は比較的大きな分子なので、考えられる組み合わせが多数出てきます。従来のコンピューターで全パターン計算すると、時間がかかってしまいます。大規模な組み合わせ最適化問題に特化したSQBM+を用いることで、高精度な近似解を得ることができます。

木村氏

この手法は、近年注目を集める機械学習アプローチとは根本的に異なります。

機械学習などでは、既存のアロステリックサイトが発見されているもの、つまり教師データに非常に依存してしまいます。既知のところはうまくいきますが、アロステリックサイトはタンパク質に非常に固有なものであるため、既知データからの類推には限界があります。

木村氏

一方、AOI Biosciencesのアプローチは「分子生物学に基づいた物理メカニズムに基づいた数理モデルベースで計算を実行」しています。既知のデータに依存せず、タンパク質の物理的性質から直接予測する手法です。

その精度は既に実証されています。既存のアロステリック薬が作用している部位を正確に予測できるかを検証し、「酵素と呼ばれるような種類のタンパク質で、8割程度の正解率」を達成しました。

かなり高い精度だったので、これを使えば実際に薬が作れるのではないかということで、アロステリック薬が開発されていないタンパク質に対して、私たちの計算でアロステリックサイトを予測することを昨年1年間実施してきました。さらに、予測したアロステリックサイトに作用する化合物を探索し、実際にタンパク質機能を阻害する活性を持っているものが見つかってきています。

木村氏

5,000億円市場への3層戦略

木村氏によると、アロステリック創薬市場は2030年に5,000億円に達する見込みだといいます。現在約3,000億円の市場規模から約7割の拡大を予測し、成長の確実性を強調します。

ここ10年ほどでいくつかアロステリック作用機序の薬が実際に承認されており、大きな製薬会社も非常に注目している。

木村氏

同社の市場攻略は、木村氏の説明によると3段階で構成されます。まず第1段階は製薬企業向けの予測サービスです。従来は膨大な実験と時間を要していたアロステリックサイトの発見を、計算により大幅に短縮することができます。製薬企業にとっては創薬プロセス初期段階でのコスト削減と時間短縮という明確な価値があります。

第2段階では予測にとどまらず、実際の「薬の種」発見まで踏み込みます。同社は計算技術に加え、独自のバイオ実験技術も保有していると木村氏は説明します。計算予測から実験検証まで一貫したサービスを提供し、製薬企業との関係を深化させる戦略です。

そして第3段階について、木村氏は以下のようにコメントします。

将来的に、製薬企業になっていきたいという目標があります。SQBM+を活用したアロステリックサイト探索という基盤技術を用いて、自社での創薬開発を狙っています。

木村氏

短期的収益から長期的企業価値最大化まで、バランスの取れた成長戦略。しかし、AOI Biosciencesの野望はビジネス成功だけではありません。

アロステリック薬は、製造面でも革新性を持つと木村氏は説明します。近年注目の抗体医薬品は治療効果が高い反面、製造コストが非常に高く、限られた患者への治療にとどまりがちです。一方、アロステリック薬は従来の低分子薬と同様の製造が可能で、「患者の治療コストを下げることができる」といいます。

計算技術の確立により「これまで作れなかった薬」への道筋が見えた今、問題は技術の社会実装スピードです。木村氏によると、基盤技術は既に完成しているといいます。実用化への競争は既に始まっています。技術開発から実用化へ。AOI Biosciencesと東芝デジタルソリューションズの共同開発は新たなフェーズに入りました。

基盤技術の部分は、東芝デジタルソリューションズと作り終えています。今後はそれを使って実際に薬を作っていけるのか、本当に薬を作れるのかが現在の課題です。

木村氏

研究段階から事業化段階への移行。しかし、両社の野望はそこにとどまりません。木村氏は、基盤技術を様々なタンパク質に適用できるよう拡張する取り組みも同時に進めているといいます。
アロステリック薬による副作用の低減と治療アクセスの改善。この二重の社会的価値の実現に向けて、日本発の技術革新が世界の創薬地図を塗り替えようとしています。

東芝デジタルソリューションズ株式会社 担当者コメント

弊社は、東芝が開発した「シミュレーテッド分岐アルゴリズム」に基づいた量子インスパイアード最適化ソリューション「SQBM+」を提供し、AOI Biosciencesの研究開発を支援しています。創薬のための分子設計や金融取引の最適化など、社会や産業における多くの課題は、膨大な選択肢から最適なものを選び出す組合せ最適化に帰着します。既存の手法では高速に解くことが困難な複雑で大規模な組合せ最適化に対し、SQBM+は高精度な近似解(良解)を短時間で得ることを可能にします。

SQBM+の高速な計算能力により、大規模なバイオデータの解析を迅速に行うことで、創薬プロセスの効率化に寄与し、より効果的な医薬品の開発を支援します。AOI Biosciencesの先進的なバイオテクノロジーと弊社の量子インスパイアード最適化技術の融合により、医療やバイオ分野における新たな可能性が広がることを期待しています。

今後も、AOI Biosciencesとの協力を通じて、革新的な技術を活用し、社会に貢献してまいります。

東芝デジタルソリューションズ株式会社
ICTソリューション事業部 データ事業推進部 新規事業開発担当 高畠和輝氏

 

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