1. TOP
  2. インタビュー
  3. アメリカから見たウェルビーイング、ESGトレンド——Amber Bridge Partners 奥本直子さん Vol.2
  • インタビュー

2021年09月27日

アメリカから見たウェルビーイング、ESGトレンド——Amber Bridge Partners 奥本直子さん Vol.2

Amber Bridge Partners
奥本 直子
Amber Bridge Partners代表、NIREMIA Collective ジェネラル・パートナー、ボストン大学大学院修士。 米マイクロソフト、米Yahoo!本社でのバイスプレジデントを経て2014年より、ベンチャーキャピタル WiL(World Innovatoin Lab)の創業に参画しパートナーを務めた。2017年に独立し、日米間のビジネス開発・投資のコンサルティング会社 Amber Bridge Partners を設立。 世界的広告代理店 WPP 創業者マーティン・ソレル卿が創業した英国上場企業 S4 Capital の社外取締役、孫泰蔵氏率いる Mistletoe の上級フェロー、ウェルビーイング・テクノロジーのエコシステムを運営する非営利団体 Transformative Technology のボードアドバイザー兼日本アジア支局代表ほか、米国企業数社のアドバイザーを務める。

Amber Bridge Partners(アンバー・ブリッジ・パートナーズ)の奥本直子さんに話を伺っています。前編では、奥本さんがウェルビーイングや ESG に関心を持たれた経緯、現在の活動などについて伺ってきました。この分野で世界の先頭を行くアメリカのリアルは、日本にいる我々にも役立つに違いありません。


後編では、大企業、中小企業、スタートアップなど会社の規模や形態を問わず、私たちがウェルビーイングや ESG の考え方を取り入れるべき理由、課題などについて語っていただきます。この分野を手がける企業に大きな可能性があることを再認識させられる機会となりました。(文中太字の質問は全てMUGENLABO Magazine 編集部、回答は奥本氏、文中敬称略)


 

ウェルビーイングはなぜ重要か?

企業にとって、ウェルビーイングは必要不可欠なものになっていくのでしょうか?

奥本:戦後の復興による経済成長に伴い、企業は社員を管理し、効率よくマネージメントしていく手法が主流となりました。戦後76年、人生100年時代に働き方は大きく変化し、働き方や会社に求められる役割も大きく変化しました。「社員が幸福で前向きに仕事をすることで生産性が上がり、会社の成長に繋がる」このようなポジティブなサイクルを生み出すためには、会社そのものが、社員が心理的に安全で前向きな気持で仕事に取り組むことが出来、可能性を十分に発揮出来るプラットフォーム的な役割を果たす時代が来ているのではないかと思います。

会社というプラットフォーム上でどれだけ「最高バージョンの自分」になってもらうか。生まれてきたからには自分の可能性を生かしたいと思っている人は多いですよね。社員のひとりひとりが仕事を通して「最高バージョンの自分」になることをサポートする、そういった観点でのプロダクトやサービスのデザインがこれからの時代大切になってきます。

社員のウェルビーイングを実現するために、米国の大手IT企業、GAFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)もさまざまな工夫をしています。これらの先進的なテクノロジー企業は、激しい競争を経て入社してきた才能の社員に、働きやすい環境を与えることにより、実力を思う存分発揮してもらいたいと思っています。それを実現するために、ウェルビーイング・テクノロジーを社員の福利厚生として提供する会社が増えてきています。このトレンドもあいまって、これまでウェルビーイング・テクノロジーはB2C向けだとみなされていたのですが、最近はB2B向けプロダクトやサービスが急増しています。


Amber Bridge Partners 奥本直子さん

ウェルビーイング・テクノロジーを企業に提供するスタートアップもあるのですか?

奥本:はい。例えば、 ウェルビーイングのB2Bソリューションを提供するHappifyというスタートアップがあります。この会社は、2012年にニューヨークにて創業され、今やユニコーン企業です。CEOの Oferさん(Ofer Leidner 氏)とは仲良くしていただいています。

Happify のサービスを通して、社員は心身の健康状態をインプットします。社員の心身の健康が低空飛行しているとき、アプリにAIボット「Anna」が現れて、科学的な研究を基にしたコミュニケーションをしてきます。例えば、「今日の調子はどう?」「あんまり根を詰めないで、ちょっと外を歩いてみましょう」とか、「水飲んでる?」「深呼吸してる?」みたいな、誰かが寄り添ってくれているような感覚にさせるようなコミュニケーションです。個人データをトラッキングし、それをもとにコーチングを提供、そのプロセスを経て行動変容を促すなど、科学的なリサーチやデータに基づいた予防策をAIで提供するのが特徴です。

企業が、社員のウェルビーイングを全面的にサポートすることにコミットメントするという姿勢を通して、社員は辛いときに会社から守ってもらっているという心理的安全を得ることが出来、会社へのロイヤリティが増します。そして、心身の健康を取り戻した暁には、また前向きに頑張ることが出来るのです。

ウェルビーイングに対する捉え方は、世代によっての違いもあるのでしょうか。

奥本:今年1月にダボス会議がオンラインで開催され、そこでデロイトのグループCEOがウェルビーイングについてお話しされました。デロイトは、世界に30万人のプロフェッショナル社員を抱えていますが、その80%はミレニアルとZ世代です。デロイトのグループCEOは、これまで昇進とそれに伴う報酬の増加を目標に頑張っていらっしゃいました。ところが、社員に「あなたにとって一番大事なものはなんですか?」とアンケートをしたところ、「ウェルビーイング」が断トツ一番だったそうです。そこで「困った」と。これまで昇進と報酬を「飴(とムチ)」として組織を牽引してきたのに、ミレニアルとZ世代は「ウェルビーイングが大切」と言う。「企業としてのウェルビーイングとは一体何か」を探るべく、セールスフォース、ユニリーバ、HSBCなどの大手とタッグを組み、話し合い、その結果を内外に発表していくとのことです。

デロイトのグループCEOは、最初に変革すべきことは「メンタルで苦しんでいる社員に対する差別や偏見」だとおっしゃいました。CDC(米国連邦防疫センター)が昨年6月に発表した調査によると、「米国成人の40%がなんらかの精神疾患を患っている」という憂うべき結果がでました。これこそ、コロナ・パンデミックに劣らない「もうひとつのパンデミック」といえるでしょう。

もしかしたら、日本でも似たような結果が出るのかもしれません。メンタルヘルスとは、心の病気を指す言葉ではなく、「心の健康状態を問う言葉」です。世界保健機構(WHO)は「身体的にも、精神的にも、社会的にもウェルビーイングな状態にあること」が「心の健康」と定義づけています。会社におけるメンタルヘルスは、社員の心の健康にとどまらず、「社員のための健康な職場づくりの推進」を意味し、企業のウェルビーイングへの取り組みはますます重要性を増してくるのではないかと思います。

日本でも、ウェルビーイングに注目が集まりはじめています。しかしながら、多くの企業はウェルビーイングを理解し、咀嚼し、取り組みについて議論する段階で、実行に至っている企業はまだまだ限られているようにお見受けしています。

さまざまな企業からご相談を受けるのですが、そこでアドバイスさせていただいていることは、1) まず経営層がウェルビーイング経営に対する覚悟を決めること、2) 経営理念の根幹にウェルビーイングを据えること、3) ウェルビーイングはメンタルヘルス対策だけでなく、社員がやりがいを持って前向きに仕事が出来る観点から対策を講じていく、などです。

企業のウェルビーイングへの意識が高くなり、「会社のパフォーマンスは社員の幸福度で左右される」ということが多くの企業の間で共通認識となりつつあることは、とても喜ばしいことです。私にも何か貢献できることがあれば、是非お力になりたいと思っています。

企業にとってのウェルビーイング

ウェルビーイングと資本主義的な原理は結び付けて考えていかないといけないということですね。ウェルビーイングをちゃんとやっているところが投資家からもお金を集めやすく、やっていないところは淘汰されていくということを、日本の人々にどう分かりやすく伝えていきますか?

奥本:とてもいいご質問だと思います。

昨今、機関投資家が投資判断をする際の重要な指標としているのがESG です。ESGとは、Environment(環境)、Society(社会)、Governance(企業統治)の頭文字をとった言葉で、企業の長期的な成長のためには、この3つの観点から事業機会や事業リスクを把握する必要があるという考えが世界的に広まりつつあります。特に、欧米の機関投資家はESGを重視しており、「ESGに取り組んでいない企業には投資しない」と宣言している金融機関もあるほどです。ウェルビーイングはESG指標に含まれ、重要な評価基準になっています。

次に、ウェルビーイング&ウェルネスは400兆円の市場とされ、急成長しています。これを3つのカテゴリーに分けてみるとこのようになります。


Amber Bridge Partners資料より

1つ目は、メンタル的な症状を改善したり、治療したり、予防したりするテクノロジーのカテゴリー「精神と感情のウェルビーイング」は160兆円規模の市場です。

2つ目は、よりよい対人関係、人間そのものがもつ価値を向上させるためのウェルネスです。
コロナ禍で働き方が大きく変化した結果、職場でのコミュニケーションのあり方が大きく変化しました。また、AI時代において、様々な仕事がAIによって自動化されていくなかで、人間とAIが共存していくことが今後必須になります。そのなかで、人間としての独自の価値を「7つのC」と定義してみました。

1. Curiosity(好奇心)
2. Creativity(創造力)
3. Communication(コミュニケーション能力)
4. Collaboration(コラボレーション能力)
5. Critical thinking(論理的・客観的・合理的に思考を展開出来る力)
6. Cognitive(非言語のところで認知・認識出来る力)
7. Confidence & Conviction(自信と確信をもって人を巻き込んでいく力)

これら7つの価値を強化し、サポートするようなテクノロジー、人とのコミュニケーションやコラボレーションを円滑かつ効率的にするテクノロジーが、対人関係のウェルネス・テクノロジーのカテゴリーです。

3つ目は、自己実現とパフォーマンスの向上です。せっかく生まれてきたからには「最高バージョンの自分」になりたいですよね。そこで、パフォーマンスを上げるために外的環境はとても大切です。それには、人間中心の街づくりやパフォーマンスの向上を考慮した住環境やオフィスデザインなどが含まれます。また、Apple Watchに代表されるウェアラブルの発達により、個人の生体データが取れるようになりました。個人のデータをもとにパーソナライズされたプロダクトやサービスを使うことにより、パフォーマンスを上げることに貢献するテクノロジーもこのカテゴリーに含まれます。

対人関係のウェルネス・テクノロジーにはどのようなものがあるのですか。

奥本:例えば、エモーショナルAIです。Zoomで50人に対してプレゼンテーションをするとしましょう。多くの聴衆の方々はビデオも音声も消しています。シーンとしたなかでプレゼンテーションをするわけですが、話がウケているのかウケてないのか全くわからない(笑)。

でも、仮に、そこにエモーショナルAIが搭載されていて、聴衆の表情から興味をもって聴いているかどうかを指標にして、リアルタイムで知らせてくれるとしましょう。すると、プレゼンターは、興味指数が落ちているときに、上手くジョークを挟んだりして、聴衆とのエンゲージメントを取ることが出来るようになります。

ウェルビーイングから見た未来予想図

ウェルビーイング・スタートアップの将来は、どのようになると予想されていますか。

奥本:今現在、ウェルビーイング&ウェルネス・テクノロジーの市場規模は約400兆円です。ミレニアル、Z世代がウェルビーイングに高い関心をもっていることにプラスしてコロナ禍の影響もあり、心身の健康を社会的な課題とみなし、その解決策としてのプロダクトやサービスを手掛ける起業家が増加したため、ウェルビーイングのテクノロジー・スタートアップが急増しています。過去数年間で急成長した会社の例をあげると、Calmは5年前の評価額6億円から現在2,200億円、およそ367倍です。Noomも5年前の評価額100億円前後から現在4,000億円、40倍にも成長しています。今後もますます市場が拡大していくことが予想されます。


ウェルステクノロジー市場のカオスマップ(2020年第4四半期現在)
Image credit: Nfluence Partners

加えて、2年近くコロナ禍を経験して、心身の健康を「自分ごと」として捉える方が増えました。特に、メンタルヘルスに関する理解が深まったのではないかと思います。

さらに、欧米から始まったESGの概念が広まるなか、企業のウェルビーイングへの取り組みが投資判断の重要基準になっています。GAFAMに代表される欧米の先進企業は、福利厚生のひとつとしてウェルビーイング・テクノロジーを提供するようになりました。この動きを受けて、これまでB2Cとみなされていたウェルビーイング・テクノロジーは、B2Bの需要が増えることによりB2B2C型のビジネスとして拡大しています。

今後、ウェルビーイング・テクノロジーは重要性を増し、市場はますます拡大していくことでしょう。私は、ウェルビーイング分野こそ、日本が世界に情報発信をしたり、プロダクトで世界に打って出ることの出来る分野ではないかと思います。数年後には、日本発のウェルビーイング・テクノロジーが、GAFAMに採用され、人々の生活にウェルビーイングをもたらす一助となっている可能性にわくわくしています。


瞑想アプリの「Calm」は、昨年、日本市場向けコンテンツをローンチした。
Image credit: Calm

コロナ禍の今、アメリカの GAFAM をはじめ多くの IT 企業が在宅勤務ですよね。テクノロジーでウェルビーイングを高めるというような活動は、すでに徹底されていたりするんでしょうか。

奥本:GAFAMをはじめ多くの企業が、少なくとも今年中は原則在宅勤務としています。社員の心身の健康を測定し、重症化する前に介入するようなサービスが急成長しているほかに、先にお話させていただきましたSlackなどのコラボレーション・プラットフォーム上でのメンタリング・サービス、バーチャル水飲み場、バーチャル・チームビルディング活動など、在宅勤務を余儀なくされた社員が孤独になることを防ぎ、チーム内外の連携が自然に取れるような工夫が講じられています。

ただし、そのようなサービスには限界があり、やはりヒューマン・タッチ、ヒューマン・コネクションに勝るものはないのでしょうね。今後は在宅とオフィス勤務の選択的ハイブリッド型が一般的になってくるのではないかと思います。

特にテレワークだけに依存するのは、新入社員にとってはかなりキツイですよね?

奥本:私の息子は、今年から米国セールスフォース本社に勤務しています。しかしながら、入社してから一度もオフィスに行ったことがない、上司やチームメンバーにも直接会ったことがない、新入社員オリエンテーションや研修はすべてオンライン。もちろん、仕事もオンラインということで、相当大変な思いをしているようです。

仕事を円滑に進めていく上で信頼関係は欠かせません。新入社員ということもあり、どのように上司やチームメンバーと信頼関係を結ぶかということに悩み、常にオンラインでいなければいけない、すぐさま返事をしないといけないという焦りを感じ、きっちり結果を出していかないといけないというプレッシャーと戦う、いろいろな意味で大変そうです。

社会は人と人との繋がりで成り立っています。コロナ禍で働き方が大きく変化し、ストレスを感じる方が増えました。シリコンバレー・日本間の事業開発・投資という仕事柄、常に日本側とリモートでコミュニケーションしている私にとっても、この一年半は大変なストレスでした。ストレス解消のために、唯一コロナ禍で許されるスポーツがゴルフだったので、大手を振って人と会うためにゴルフを始めました。今では、すっかりライフスタイルの一部として定着しましたが、なかなか100を切ることが出来ません。100切りは目下の目標となっています。

ウェルビーイングの分野は、日本が持つ強み、日本が持つ歴史が生きる分野なんですか?

奥本:そうです。絶対そうだと思います。ただ、0→1のところにこだわる必要はなく、海外からのテクノロジーを採用し、それを日本が得意とする洗練されたデザイン、使い勝手、データの倫理観などの強みを生かして、よりよいプロダクトに改善していくことにより、1→100に成長させていくというアプローチでもいいと思います。とにかく、考えるよりも、アクションを起こすことが大切です。

日本政府もウェルビーイングに対して取り組みを始められました。最近、政府から「予防・健康増進のためのヘルスケアサービスの取り組み」や「健康経営」に関する発表がありました。2025年に開催される万博でも「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマのもと、ウェルビーイングが主題になっています。このようなイニシアチブを通して「いま我々にとってのウェルビーイングってなんだっけ」ということを、国、地方自治体、企業、個人がそれぞれの立場で考えるまたとない機会になるのではないかと思います。

奇しくも、コロナ禍はウェルビーイングを「自分ごと」として考えるきっかけを与えてくれました。ウェルビーイングは新しい分野でもあり、様々な意見や疑問が行き交います。それでいいと思うのです。混沌とした中で、思考し、実行して失敗し、それを繰り返すことではじめて「解」を見出すことが出来る。そして「解」はひとつではありません。まずは、取り組むことが大事。小さなことでもいいのでアクションを起こすことが大事だと思います。失敗から学ぶ、そして諦めないで成功するまで続ければ、それは失敗にならないのですから。

私自身、「ウェルビーイング・マーケット・インテリジェンス・プログラム」やウェルビーイングに特化したVCファンドの活動を通して、ウェルビーイングな世の中になるよう尽力していきたいと思っています。みなさんとウェルビーイングな社会を共創していくことを楽しみにしています!

ありがとうございました。

関連記事

インタビューの記事

すべての記事を見る記事一覧を見る

Contactお問い合わせ

掲載記事および、
KDDI Open Innovation Program
に関する お問い合わせはこちらを
ご覧ください。