- インタビュー
2023年07月06日
きっかけは自分の子供ーーCESイノベーションアワード選出のLOOVIC、提供するのは「安心できる道案内」デバイス
空間認知という言葉をご存知でしょうか?空間認知とは、物体の位置や方向、姿勢など、物体が三次元空間に占めている状態や関係を、すばやく正確に把握・認識する能力のことです。身近なシーンで言えば、地図を読んで目的地に向かう時に役立つ能力のひとつになります。
しかし社会にはさまざまな理由で空間認知に問題を抱えている人たちがいます。この課題にチャレンジしているのが今回ご紹介するLOOVICです。LOOVICは、空間認知を苦手とする方の課題を解決するためのデバイスで、ブレスレット型のデバイスに地図アプリを連動させ、行き先を設定するとそれ以降はスマホを見ることなく誘導してくれる、というものです。
2023年のCESではShowStoppers Omdia mobility部門でイノベーションアワードを受賞されました。本稿では折り畳みバイク「タタメルバイク」をCESに出展したICOMA社、ブレインテックのVIE STYLE社、腰痛をサポートするアルケリス社に続き、同社をご紹介いたします。2021年5月に設立された会社で昨年の7月にはクラウドファンディングも実施しています。
空間認知の問題を知ってほしい
冒頭に記載した通り、アルケリスの最大の特徴はやはり、電源を使わない機構にあります。藤澤さんにその特徴を改めて解説していただきました。
CESで高い評価を受けつつ、出展の理由を「この問題の存在を知ってほしかった」と語るLOOVIC代表取締役の山中享さん。100以上のメディアに掲載されるなど話題になったサービスのコンセプトについてこう解説してくれました。
LOOVICは「画面を見ないで目的地に到着できるナビサービス」です。空間認知が苦手な人たちは、自分の行き先を直接入力することや、スマホの画面を見ながら移動することに課題を感じていたんです。画面を見すぎることによる集中力の低下や、周囲の危険に気づけないなどの問題もあります。
そこでスマホの画面を見ずに移動するために、イヤホンなどのデバイスを用いてナビの指示を聞きながらまるで人が近くにいるかのような感覚で移動できる方法を考えました。それがLOOVICです。
山中氏
空間認知に課題を持つ方で特に悩みが深いとされているのが「視空間認知障害」を抱えている方々(LOOVIC社プレスリリースより)です。迷うというのは、景色が記憶に残りづらく、忘れやすい症状で、空間認知能力だけでいうと、人それぞれ症状にグラデーションの差があるそうです。ただ、山中さんは空間認知に課題を持つ方々よりもすこし広範囲の方に向けてサービスを作りたいとされています。
「空間認識が苦手だ」という方々は約5%いらっしゃいます。しかし実は、私たちのまわりにも地図に苦手意識を持っている人や方向音痴だと自認している方がおよそ4割いらっしゃいます。私たちは主にこのグループをターゲットにしています。
本当はもっと苦手な5%の方々を支援したいのですが、当事者の方々は自分たちだけの特別なサービスを受けることを好まない傾向があるんです。一般の方が利用するサービスをバリアフリーとして提供することで、当事者の方々も自然と使用したいと思えるようにサポートが広がっていくと考えています。
山中氏
まるで家族がそばにいる「安心感」を表現
LOOVICは首にかけて使うネックスピーカータイプのデバイスを使う(画面左の女性の首に装着・LOOVIC作成のイメージ動画より)
LOOVICの特徴はネックスピーカーのような形状をした骨伝導スピーカー部分にあります。イヤフォンなどの耳に押し込む方法ではなく、耳元にスピーカーを配置することで空間に声が届く仕組みはネックスピーカーなどの分類で一般家電でも商品化が進んでいるものです。山中さんはこの「声」の安心感こそが大切だと語ります。
空間上に声を置いて、ユーザーに最も身近な人がそばにいるような感覚を作り出すのが特徴です。例えば、おばあさんと娘さんのような関係にある場合、おばあさんが移動する際に不安を感じたとしても、娘さんがそばにいるかのような感覚を作り出せれば、安心感を与えることができますよね。私たちのサービスは、自分自身をよく知る家族のようなナビを提供することを目指しています。
私は空間認知が弱い人たちのUXや困りごとを誰よりも理解し、技術開発していることが強みです。というのも私自身、子供が空間認知の課題を抱えているため、そのような人たちの特性について長年研究してきました。当事者には常にワーキングメモリの課題があります。
例えば当事者にはひとりになって不安になりやすいことだけでなく、同時の作業が苦手であるために、スマホの画面を見ながら歩くことだけでなく、さらにはそのスマホ内の情報や環境の情報が多すぎると、情報オーバーロードとなり、景色が記憶として残りにくく忘れやすい傾向になります。
私たちは空間認知症の方々の目線でUXを考え、アプローチできる仕様まで作り上げています。そういった彼らの課題に対処するサービスを提供している点が最初のポイントです。さらに、我々は体の向きに応じたランドマークを作成し、それを特許技術として出願しています。また、首にかけるデバイスを開発しているんですが、これは高齢者などが右左を直感的に理解できない場合でも、トントンと肩を叩く振動で方向性を理解できるような仕組みも用意しています。
山中氏
日々の移動は通勤や通学、買い物など日常生活に欠かせないものです。障害認定を受けることでガイドヘルプサービスというサポートを受けることも可能であるものの、そこには担い手不足などのハードルもあり、一筋縄ではいかないようです。さらに当事者の自立にも影響がでてきます。家族がそばにいるような安心感があればこの課題もクリアできる、山中さんの開発ストーリーにはそのような想いも込められているように感じました。
リリースまでの道のりと企業連携
現在、デバイスの開発が一定レベルまで進んだため、アプリーケーションの開発で体験の精度を上げている状況というLOOVIC。山中さんはテスト段階で利用してもらったユーザーから、安心してルート案内を任せられる、振動によって案内に集中できるというフィードバックをもらっていることを教えてくれました。その上で、今後の目標を次のように語ります。
画面を見ずに移動することが当たり前になるような世界をつくりたいですね。新しい場所に行った場合、私たちは知らず知らずのうちに視野や手をスマートフォンに奪われてしまい、目を見ている時間が勿体ないことに気づく時が来るはずです。同時に、景色が綺麗だったことを思い出すと、スマートフォンの画面を見ながら歩きでのナビを使うことの不自然さや違和感が増してくるんです。
さらには普段の音声案内のナビなどでも同じで、この声や音にも過集中が発生します。右や左などの自動案内では、その聞こえてくる情報だけに集中した移動となってしまい、周りに配慮しながら移動できず、さらには景色を覚えることができなくなってしまいます。
これには景色を目で確認し、考えながら歩くナビにより、画面を見ないことで周りに配慮しつつも景色を楽しみながら歩くことができるナビができあがります。まずは、皆さんがお持ちの手持ちのイヤホンで利用が開始できるサービスを本年度中のリリースを目指しています。
山中氏
現在は実証実験の場や、出資も含めて事業を共創してくれる企業の声も求めているそうです。山中さんによると、無人ナビとしてのウォーカブルまちづくり観光ガイドや、シニアの継続的な外出機会創出へのヘルスケア連携など、LOOVICが活用できるシーンに近い事業を手がける企業からのアプローチもあるのだとか。インタビューの最後、山中さんはLOOVICを通じて作りたい社会について次のようにコメントをくれました。
人間として得意な部分と苦手な部分があると思います。私たちが本当に助けたい人たちは、苦手なことを苦手すぎるほどに感じてしまう人たちなんですね。
私たちは、テクノロジーが得意な人だけが使うものではないと考えています。苦手な人も得意な人も使って、そしてアウトプットを使った成果は、同じように誰もが享受できるものであり、それを体験できることがとても重要だと考えています。
テクノロジーを利用する人々に差別がないようにすることで、当たり前にテクノロジーを使う社会ができあがり、争いもなく、戦争もなくなり、平和な社会ができあがると私たちは考えています。
山中氏